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38話


 前回の婚姻の話が、ゴタゴタっと終わってしまったから、今度は俺から出向こうと思います。


 でもさぁ、俺はまだ八歳だぜ?

 いくら何でも気が早すぎるんじゃないかなぁ。


 カポカポと馬に揺られ、周りは複数人の兵士に囲まれ。

 仰々しいな。


 小規模な戦争でもしに行くんか?


「どうやら不服なようですね」


「兵の数が多すぎるんだよ、賈詡」


「皇帝の護衛なのです。当たり前でしょう。それに、陛下が何者かに襲われれば、一番困るのは董卓様です」


「ハッ、どーだか。むしろ望んでるだろ、アイツは」


 今日は蔡邕の屋敷に向かうよりも前に、久しぶりに、劉弁に会いに行こうかと思っていたのだ。

 この兵数も、董承じゃなく賈詡を付けたのも、全てそれを警戒してるってこった。


「流石に屋敷の中まで入れるなよ」


「勿論、外に待機させます。屋敷の中に入れれば、今度は蔡邕様に面目が立ちませんので」


 そう言って、大きな欠伸を一つ。

 最近また色々と忙しそうだ。

 いつも忙しそうだけど、いままでよりもずっと、って意味ね。


 連合軍も停滞してるのに、なんでだろ?


「さぁ、陛下。着きました」


 蔡邕の所有地の中、ずいぶんとこじんまりとした屋敷であった。

 数人の従者が入り口を掃き清め、劉弁と唐姫が、入り口で頭を下げていた。


 賈詡が手を挙げると兵は広範囲に散る。

 それでも十人ほどの兵士が、俺の後ろに付き従っていた。


 もう、いろいろ言ったところでしょうがない。


 諦めて馬から降り、屋敷の出迎えを受けた。


「陛下、粗末な屋敷で申し訳ありません」


「何を言ってるんだ兄上。あんたの前では、劉協でいさせてくれ」


「はははっ、そういうわけにもいきますまい。ささっ、どうぞ」



 何だろう、不思議な気分だった。


 昔だったら、こんな風に物々しく武装した兵士を前にすれば、怯えてしまっていたのに。

 今の劉弁は、どこか伸びやかで、晴れやかな表情をしていた。


「大したもてなしも出来ませんが、書室にてお待ちください。妻が茶をご用意しますので」


「賈詡、流石に兵は書室にまでは入ってこないだろうな? いい加減にしろよ?」


「目の敵の様に……陛下をお守りする兵ですのに。まぁ、流石にこれほどの人数は入れませんし、私一人が同行します」


「あーあ、お役所仕事ご苦労さん」


「恐れ入ります」


 通された書室では、俺と劉弁が向かい合うように座り、俺の後ろに賈詡が座る。

 座った瞬間にうとうとし始めたぞコイツ。


「兄上、環境の変化には慣れたか?」


「中々楽しいですよ。自分がいかに、色々なものに固執していたか、それを見つめなおすきっかけになりました。いかに、自分一人の力というのが、小さいのかも含め」


「なんだか、大人びたように思う」


「そういう陛下は、全く変わりませんな。きっといつまでも、変わらないようにも思う」


 顔を合わせて、笑った。


 やっぱり、劉弁は人の上に立つ器だ。

 俺は自分が固執するようなものは、絶対に見つめなおそうなんて思わないもんね。


 無理でも押し通す。これが俺のやり方だ。

 そんな奴が全てを統べる立場になんてなれるわっきゃないさ。


「俺が寄越した宦官連中も、よく働いてるか?」


「助かっています。何ぶん、従僕の童や、侍女の出来ない力仕事までやってくれるので」


「そうか」


「私自身も、助かっています。とても」


 僅かな目配せを、俺に向ける。


 何かを伝えようとしていた。

 力仕事、というのは裏における戦闘か何かを指してるのだろう。


 蔡邕の庇護下だといっても、董卓は手の内を探る様に、暗殺の手を向けてるに違いない。


 宗越を付けておいてほんとに良かった。

 とはいえ、気は抜けない。


 蔡邕の庇護下だから大きなことはできない。

 それでも、暗殺を狙うほどには、劉弁の命を狙っている。


 いつ、史実通りの事が起きてもおかしくはない。


「宗越に、よろしく言っといてくれ」


「わかりました。それでは、茶でもどうぞ」


 何か手を打たないと。


 まずは、李儒りじゅ

 ヤツの尻尾を掴まない事には始まらないな。



「そういえば、蔡邕が俺に、蔡文姫を娶れって言ってきたんだが……どうすりゃいい? まだ俺は八歳だぜ?」


「それはめでたい。彼女は器量も良い、教養も高い。何より恐らく、陛下を好いている。これ以上ない相手では?」


「……兄上が、面白がってるってことだけは分かったよ」





 劉弁との会見が終わると、あれほどいた兵士の大半は帰還していった。


「俺の身を守る兵士じゃなかったのか?」


「はて? 何の事でしょう」


 賈詡はとぼけながら、よく寝たと言わんばかりの大あくび。

 まぁ、別に良いんだが。


「さて、では私もこの辺で」


「帰るの?」


「色々と忙しいのです。はぁ……董卓様は無茶ばかりを言うし、牛輔様は全部の命令を聞くから、しわ寄せが私に」


 ぶつぶつと言いながら、賈詡もまたカポカポと帰還していく。

 死ぬんでねぇか? 過労で。


 とはいえこれから先は蔡邕のとこだし、そんなに兵が居てもしょうがないってことね。

 蔡邕がそれくらい信用されてるって証拠かな。



「蔡文姫に何て言おっかなぁ……」





「事態は、あまり好転せんなぁ、董旻よ」


「兄貴、これでも性急な方です。とはいえ確かに、細い綱渡りではありますな」


 董卓は大きく溜息をついた。


 確かに劉協の即位で、権力基盤は揺ぎ無いものとなり、内部からの打撃はほとんど考えられなくなった。

 もしあるとすれば劉弁の挙兵くらいだが、劉協と同じく実権は皆無。まず無理な話である。


 ただこうして董卓が強権を握れているのも、太皇太后の後ろ盾があってこそだった。


 大義名分。

 とても大きな力である。


 これをかざせば、好きに兵を動かしたとて、諸侯は声を大にして反論は出来ない。


「あの老婆の命数は」


「厳しいでしょう……もう、歳も歳ですし」


「何のために、あの小僧を皇帝にしたのだ」


「まぁ、劉弁はもう成人します。実権を手に入れる名分が立ちます。そう考えればまだ、劉協の方が扱いやすい」


 少し肥えたせいか、重くなった腰を上げて、董卓は外に出る。

 鯉は元気に、静かに泳いでいた。


「大義名分が使えぬなら、もう、力しかあるまいな」


「何をお考えで」


「洛陽に、留まる必要もあるまい。力で諸侯をねじ伏せるのなら、な」



 相変わらず、無機質な瞳が、水面を映していた。





・洛陽


 後漢王朝の都。

 四方を平原に囲まれた土地にあり、交通の要衝でもある。



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