32話
いつもコメント、誤字脱字報告、本当にありがとうございます。
読者様の声に、自分も勉強させていただいてます。
作品をより良いものにするべく頑張っていきますので、これからもよろしくお願いします!
「将軍、董卓軍の将、及び兵力が分かりました」
「聞こう」
「敵将は徐栄。兵力は総勢で四万。うち五千が涼州騎馬隊です」
「分かった。何かあれば直接私の下に来い。些細な事でも良いから報告に来るのだ」
「御意」
斥候は再び馬に乗り、駆けだした。
やはり来たか。それも、一番厄介なのが。
孫堅は難敵の名前を聞き、高ぶる気持ちを抑えきれず、思わず笑ってしまう。
良かった、それで良い。
簡単に倒れてくれるなよ、董卓。
何よりも戦が好きだった。
戦場には、人生の全てが詰まっている。
本当に自分は生きているのだと、全身でその喜びを実感できる唯一の場所だった。
率いる軍の総勢は、二万。およそ、敵の半数だ。
ただ、互いの内訳を見れば、あまり悲観するような兵力差ではなかった。
敵の主力は間違いなく、涼州兵だ。
ただその数はあまり多くはなく、徐栄軍の大多数は近衛兵で占められている。
孫堅軍は、二万の内の半数が袁術の兵である。
この袁術の兵は正直、練度が高くなく、戦場でも精々敵へ圧力をかける程度の働きしか期待できない。
そう考えると、今回の戦は主力の一万でのぶつかり合いになると見ることも出来る。
だったらいくらでもやりようはあった。
「程普、黄蓋、祖茂を呼べ」
孫堅の旗揚げ当時より付き従ってきた、三人の勇将である。
自分が意図した通りに兵を動かせるのも、この三人の力があってこそだった。
「程普は右翼を、黄蓋は左翼を指揮せよ。祖茂を先鋒として、俺が中軍を率いる」
「敵軍の動きは、どうなっておりますか」
静かに声を挙げたのは程普である。
この三将の中でも、最も兵の統率に長けた男だった。
「徐栄の戦は、軍を前後に分けて、前方の騎馬隊で突き崩し、歩兵で飲み込んでいくものだ。今回もきっとそうだろう。数も倍あるからな、奇策を取る必要が無い」
「涼州騎馬隊の勢いは凄まじいものだと聞いています。これでは中央の殿が危険です」
「俺は餌で構わん。敵が攻めかかり、間延びしたところを程普と黄蓋で分断しろ。敵の主力を囲い込んで殺す」
「御意」
「祖茂よ、お前が一番危険な役目だが、敢えて勝とうとするな。弓兵を使って牽制し、最悪突破されても良い。中軍には馬止の柵がある」
「承知しました」
程普は統率に優れ、黄蓋は武勇に秀で、祖茂は忠義に厚い。
徐栄。董卓軍で最も勇猛で兵の扱いに長けたこの将をどう攻略するか、孫堅はまだ見ぬ戦場に思いを馳せた。
☆
孫堅の思い描いた通り、徐栄は前に一万、後方に三万を分け、あくまで前軍の一万で勝負をつけようとしていた。
「──突撃!」
剣を抜く。太鼓が鳴り、兵が一斉に怒号を上げ、地を揺らす。
祖茂の軍が突出し、敵軍の騎馬兵が押し寄せた。
「……まずいっ、祖茂を呼び戻せ! 程普と黄蓋に、すぐに左右から攻めさせろ! 一旦退却して立て直すっ!」
孫堅は慌てて指示を飛ばす。
しかし、遅い。
弓矢が届く前に騎馬隊は前方へ駆け抜け、何重にも重ねていたはずの盾兵が一瞬で蹴散らされた。
僅かに、祖茂の旗印の周囲だけが陣形をまとめて抗っているものの、先鋒は既に再起不能の状態である。
程普と黄蓋が左右から攻めかかり、何とか後方三万の兵の進軍を抑えていた。
それでも、涼州兵の勢いは止まらない。
あまりに強すぎる。想像を遥かに超えた精強さであった。
これが、西方の雄として、百戦百勝の董卓を支えた涼州騎馬隊の力。
思わず歯噛みをし、孫堅も前に出た。
「祖茂を救うぞっ、続け!!」
☆
「……兵の被害はどれほどだ」
「祖茂将軍が自ら陣頭で兵を庇ったので、それ程損害は大きくありません。むしろ敵兵は前面にのみ集中していたので、損害はこちらの倍はあります」
「しかし、我が軍は、祖茂を失った」
今、孫堅軍も徐栄軍も一時撤退し、陣を構えての睨み合いが続いていた。
闇夜の中、篝火に照らされる、祖茂の遺体。首は無かった。
孫堅も、救いに行ったのに、逆に祖茂に救われた形となった。
涼州軍は孫堅を引き出す為に、わざと祖茂を生かしていたのかもしれない。
祖茂は孫堅を救う為、孫堅から赤い頭巾を奪い、単騎で包囲の外へと駆け出した。
自らの命と引き換えに、孫堅と、全軍の命を救ったのだ。
「殿、報告によれば、兵糧も残りわずかと」
「なんだと? 袁術様より供給される手筈であろう」
「それが滞っておいでです。董卓軍の襲撃を警戒しているので、どうしても遅くなると」
「馬鹿なっ、その董卓軍とは、今我々が戦っているではないか!?」
黄蓋は報告をしながら、目を赤くして怒りを堪えている。
袁術とはあまり折り合いが良くない、というのは前々から感じていたことだ。
孫堅は軍閥でもって袁術を利用しようと考え、袁術もまた、同じように思っていたはず。
しかしその確執を今、戦に持ち込むべきではないだろう。
敵を利するのみである。
「黄蓋、お前が直接、奪ってこい。袁術の従者を数人斬っても構わん」
「直ちに向かいます。されど、敵軍を如何するおつもりで」
「徐栄の狙いは最初から俺の首だった。しかし、それは叶わなかった、犠牲も大きいだろう。あとは馬止の柵を前面に進めば、騎馬は出てこない。歩兵の練度はこちらが上だ。時間はかかるが、もう負けは無い。奴もそれくらいは分かるだろう」
「安心しました」
黄蓋は額に血管を浮かべ、駆けだしていく。
本当は兵糧があれば、敵を蹴散らせたはずだ。
騎馬隊の動きはもう分かった。これ以上の負けはあり得ない。
柵を持って前進し、歩兵の乱戦に持ち込む。
乱戦では当然騎馬は動けない。それに、孫堅軍の歩兵の強さは天下に知れていた。
勝てる戦なのだ、これは。
ただ、兵糧が無ければ決戦にも持ち込めない。
じりじりと睨み合いながら距離を詰め、敵は時間を稼いだ後に悠々と退くだろう。
時間が経てば経つほど、董卓は戦の準備を固められる。
一気に洛陽を急襲。その作戦はもう、成らない。
「洛陽さえ、抑えれば。天下に号令を掛けれたものを」
祖茂の遺体を眺め、夢と消えていく野心に、涙を流した。
・斥候
敵の情報を探る為に、本軍に先駆けて活動を行う兵士。
基本的に、偵察・戦闘・追跡の役割を持つ。
・祖茂 ※(そぼう とも読む)
孫堅配下の武将。董卓軍との戦の際、孫堅を逃がす為に赤い頭巾を奪い、敵の目を引いて逃げた。
その後、頭巾を案山子に被せて自分は隠れ、窮地を脱したという話がある。
演義では華雄に斬り殺されている。