2話
三国志
それは、広大な中国大陸が、三つの国に分裂して天下の覇権を争った歴史。
分裂した国をそれぞれ、魏、呉、蜀、という。
さて、その分裂する前はどうであったか。
高祖「劉邦」が楚漢戦争で「項羽」を打ち破り、漢王朝を樹立。
四百年もの長きに渡って、この大陸を統治した。
しかし、四百年の内に衰弱した為、三国志の乱世へ突入していくのだ。
漢王朝の衰退の歴史は「外戚」「宦官」の、権力闘争の歴史と言える。
外戚は、皇后の一族を始めとした、皇帝の親戚である。
漢王朝末期では若くして崩御する皇帝が続き、実権は皇帝から外戚へ移ったのだ。
やがて政治は、外戚の一族に牛耳られていく事となる。
実権を奪い返したい皇帝は、身近な存在である「宦官」に、権力を与えた。
宦官とは、男根を切除された男性の事。
皇帝の身辺の世話役に過ぎない身分の者達だ。
だからこそ皇帝も、彼らを信頼しきっていた。
権力闘争の末、宦官が勝利し、外戚は排除された。
自分の手に実権が戻ってくるものだと、皇帝は信じて疑わなかった。
だが、これは皇帝の操縦者が変わっただけの事。
実権はやがて宦官が全て掌握する事になっていく。
つまり結果として、王朝を疲弊させただけの闘争であった。
こうやって漢王朝は、衰退の道を転がり落ちていく。
☆
今、俺が居るこの時代は、宦官に権力が集中している時代。
さっき媚びへつらっていたジジイ「張譲」は、その宦官の最たる者のはず。
何皇太后に媚び、外戚の勢力を懐柔。
つまり今、政敵が居ないのだ。その権力基盤は絶大だと思って良いだろう。
「殿下、お気分は如何ですか」
そしてこの大男もまた、有力な宦官の一人。名を「蹇碩」という。
彼は張譲とは異なり、外戚と対立する意思を見せている。
また、董太皇太后と共に、俺の後ろ盾にもなってるとか。
なんかの本で読みました。ちょこっとだけ。
今、軍の頂点である「大将軍」には、何皇太后の兄である「何進」が就任中。
蹇碩は、そんな何進の抑え役だったかな?
「西園八校尉」という、皇帝直下の軍を束ねる職務を担っていたはずだ。
対して何進は、全ての将兵の頂点にある存在。
全軍だけでなく、近衛兵の指揮権も握っている。
簡単に言ってしまえばこうだ。
劉弁の後ろ盾である勢力と、俺の後ろ盾である勢力が争ってる。
マジで迷惑な話だよな。
大人たちがいい年こいて、何やってんだよ。
劉弁。良い青年じゃないか。あれを支えるのが皆の仕事だろうに。
「おぉ、協や。随分顔色も良くなっている様じゃな。良かった良かった。ほれ、これを呑みなさい」
婆さんから渡されたのは、水だ。
うっわ、ナニコレ。くっそ甘い。え、ナニコレ? 蜂蜜溶かしてんの?
「あの、もっと、普通の水が……」
「あれま、嫌いじゃったか?」
いや、嫌いとか、そういうんじゃなくて、悪酔いしてる人にこれは無いべ?
渋い顔をしてると、今度は蹇碩が普通の水を渡してくれた。
ふー、やっと、一息ついた心地がする。
「何か、あの肉屋の娘にされなかったかえ? 他に具合の悪い所は?」
「だ、大丈夫。それに、あんなに人がいる手前、変なことも出来ないだろ。ただの嫌がらせだ」
「……ホントにこの子は賢いねぇ。皇帝の器は、やはりお前じゃろう。のう、蹇碩」
「まことに」
俺の頭を何度もワシワシと撫でる婆さん。
なんだろ、悪い気はしないな。えへへ。
「されど、殿下。ご安静になさって下さい。寝所に従者を付けます故、ゆっくりお休みくだされ」
「いや、別にもう大丈夫だけど」
一応落ち着いてはいるが、頭の中はまだ混乱してるぞ。
急な転生? まぁ、まだこの現実をあんまり受け入れ切れていない。
そんなうちにまたひと眠りかませるほど、俺は図太かねぇんだわ。
もう少し、人と話したりして、この現実を確かめないといけない。
元の世界に戻ろうとは思わないけど、生きて行けるかどうかもまだ、分からないんだから。
だって、乱世ですよ?
「殿下の御身が心配なのです」
「眠くないっつってんじゃん。それよりも色々、話を聞きたい。王として、あらゆることを知らないといけない立場にある、みたいな」
「ほんとに、目が覚めてからの殿下は、見違えたようであられます」
そりゃぁ中身は、二十代前半だしな。
最底辺みたいな人間っていうイレギュラーは勘弁。
「ん? 協や、首を見せてみよ。なにやら痣がある様じゃが」
「え、あ、うん」
そんな時にふと、婆さんは眉をひそめて、俺の首元に視線をやった。
何だろう? 別に乱暴された覚えは無いんだけど。
俺は衣服を緩め、その首元を露出する。
「な……なんと」
「殿下はやはり、天に選ばれた御方……」
婆さんも蹇碩も、口をあんぐりと開けて固まった。
自分の首元は勿論自分の目で見れないから、なんか、恥ずかしい。
俺は慌てて近くにあった銅鏡の傍まで走り、自分の姿を確認してみた。
顔立ちは、元の俺の顔に似ても似つかない、端正なイケメンボーイ。まさに皇族。
ただ、その眼つきは見慣れたもので、前の世界の面影をどこか残している。
簡単に言うと、眼つきがワリぃなオイ。
そしてその首元だ。
前の俺が残していた刺青が何故か、鏡のショタにも引き継がれていた。
精巧な「昇り龍」の文様。
確かにこの時代に、こんな文様を描けるほどの技術力はありえない。
「皇帝の血が、目覚めたのじゃ! 王朝の危機があれば、劉の血が天の意志を受け、英雄を誕生させる。光武帝、劉秀様のように。それが、協なのじゃ。天もまさに、それをお認めになられた!」
「これほど喜ばしき事は御座いません。これからは陛下と、呼ばせていただきたく思います」
あれあれ? 話が変な方向に。
やめて、皇位継承の争いとか、そんな不毛なものに巻き込まないでくれ。
王の地位にあるんだから、出来れば、ゆったりと豪勢に暮らしたい。
このまま劉弁が皇帝でも良いと思うんだけど。
衰退したとは言え、変なことしなきゃ、まだ、ギリギリこの王朝耐えれるから。
たぶん。
「では、陛下にもお知らせしたき計画が御座います」
「もう準備は出来たのか? 蹇碩」
「八、九ほどは。後は日程を定めるのみです」
蹇碩の険しき瞳に、暗い光が宿った。
思わず俺は、背筋に冷えたものを感じる。
どうしたんだろ。
「── 大将軍『何進』の、暗殺計画で御座います」
人を殺す事を覚悟した人間の目ほど、恐ろしいものは無いな。
俺は普通に贅沢したいだけなんだけど、無理なの? そういう運命なの?
・外戚
皇后の親族の勢力。
皇帝が未成年の場合、皇后やその親族が代わりに政権を握った。
後漢末期では幼くして崩御する皇帝が続いた為、外戚が権力を独占するようになる。
・宦官
皇帝や皇后の身辺に侍る身分の者。皇后や側室と子を成さない為に男根が落とされている。
外戚の権力独占に対抗するべく、皇帝は身辺の宦官に権力を与えて、外戚の勢力を追放した。
しかし今度は宦官が汚職を横行させた為に、漢王朝は大いに権威を失った。
・西園八校尉
皇帝直属の軍である「西園軍」を率いる八人の校尉の総称。
ケン碩を筆頭として、若き頃の袁紹や曹操、淳于瓊が含まれる。
その権限は大将軍より大きかったと言われており、外戚に対抗する意図があったとか。