27話
今日は珍しく董承が居なかった。
董承が居ない、ということは戦が近いという事でもある。
ヤツの軍内の地位は、死兵と呼ばれる、死ぬことを前提として編成された部隊の長だ。
今はその死兵の選抜や、訓練で忙しいらしい。
董承の部隊に兵として引き抜かれた囚人は、すべからく絶望するのだとか。
というのも、死兵にも関わらず生き残ってきたその功績から、董承の投じられる戦地は常に過酷な場所になっているとか。
戦が終われば、董承以外の兵は、全滅なんてよくある事らしい。
ほんと、聞けば聞くほど恐ろしい奴だ。
今度からちょっと優しくしてやろうかな、なんて思ったり。
「いつに増して眠そうだけど、大丈夫?」
「良いのです……むしろ、これくらい追い込まれた方が、頭は冴えますよ」
不気味に笑う賈詡。
ダメだ、こいつ。疲労が一周回って変になってら。
「呂布殿の軍がそのまま編入されたので、牛輔軍の負担も、いくらか減ります。それまでの辛抱です」
「董承も居ないし、戦が近いのか?」
「緊張度は、日に日に高くなっているでしょう。西園八校尉の者達を懐柔しようとしたのが、こうもまぁ、裏目に出るとは」
袁紹と袁術、そして曹操が何かやっているのか。
ということはつまり「反董卓連合」の結成、旗揚げが近いということ。
三国志では、諸侯が集まったは良いが、誰もが日和見を決め込んだ為に董卓を叩けず、解散する事になる。
元々そうやって先行きは厳しいのに、今回の董卓は、太皇太后という強力な後ろ盾もある。
これでは連合に参加する諸侯の足並みも更に悪くなってしまうだろう。
ただ正直、俺個人としてはどうでも良い。
劉弁を助ける為にもっと忙しいだろうからさ。
あんまり、董卓を刺激しないでくれ。頼むから。
「それで、各地の勢力図ってのは、今どうなってるの? 簡単にでも良いから教えてほしいんだけど」
「殿下が知るべきことでは無いように思いますが……」
「袁紹や曹操は知り合いだ。今、何やってるかぐらい知っときたいの。それに中華は漢の土地、王である俺が把握しておきたいと思うのは当然だろ」
「またそれっぽいことを……言っておきますが、絶対に殿下を戦場に出す事は、もう二度とありえませんので」
えぇ、戦場に出ないと成り上がれないのですがぁ?
お飾りのボンボンなんかになるつもりは、毛頭無いってんのに。
「普通は戦場に立ちたくないのが人間です。どうして殿下が残念がられてるのか、全く分かりません」
生きてるだけで頂点に立てるならそうしたいわ。
でも、そうならない世の中だからこそ、戦場に立たないと。
それに、分かりやすくて、俺の性にもあっている。
まぁ、口には出さないけど。
これ以上、賈詡の心労を増やしたら死んでしまうかもしれんし。
「さて、そういえば各地の勢力でしたね。現在は群雄が力を持ち、残念ながら漢室に従わぬ者達は多いです。まず挙げるとすれば、南方」
気だるげに、壁に掛けてある簡易的な中華全土の地図を指さした。
「急速に勢力を広げているのが、孫堅と袁術です」
孫堅。三国志の最たる英雄の一人だ。
魏、呉、蜀の三国のうち、呉の礎を築いた男。
南方にて長沙郡の太守になった孫堅は、その類稀な軍才を生かして南方の賊軍を殲滅。
更には董卓の様に、独自の軍閥を形成し、強力な軍事力を持つようになった。
そこに洛陽から出奔した袁術が訪れ、賊軍の消えた南陽郡に腰を据えたらしい。
袁家の名声は高く、孫堅もそれを無視できずに袁術の傘下として軍を率いる事となった。
力と名声を併せ持った袁術は、荊州を抑える形でその勢力を着実に伸ばしている。
「董卓様に正面から異議を唱える群雄の筆頭は、袁術になるでしょう」
「兵力的にもやっぱり、袁術が強いのか?」
「いえ、単純に兵数や強さで見れば、幽州の劉虞、公孫瓉でしょう。北方と西方は、馬の質が違いますので」
幽州牧の劉虞は皇室の出自で、光武帝の系統だとか。
そして、公孫瓉は幽州の豪族であり、強力な騎馬軍を率いている。
この二人が手を組めば、強い。
恐らく董卓の対抗勢力の筆頭に、一瞬で躍り出るだろう。
ただ、生憎のところ二人の仲は険悪だ。史実と同様に。
やがて公孫瓚が劉虞を力で叩き潰し、民心を失うことになる。
この二人が互いに争っている間は、董卓を相手にすることはないだろう。
「あとは、益州牧の劉焉ですが、よく分かりません」
「分からない?」
「はい。情報が遮断されています。というのも益州へ進むには漢中郡を通るしかないのですが、ここは今、五斗米道という宗教組織が占拠しており、通過が出来ないのです」
ここも、史実通りか。
まぁ、劉焉は恐らく五斗米道と協力関係にあり、益州を中華から切り離した独立国家にしようとしてたんじゃないかなーって、個人的には思ってる。
ここで賈詡は一息ついて、腰を下ろした。
あれ? もう終わり?
「大事な二人を聞けてないんだが」
「え? あぁ、殿下のお知り合いの」
「曹操と袁紹だ」
史実では、曹操は実家の私財を使って私兵を編成し、陳留太守の張邈と連合を画策しているはずだ。
そして袁紹は冀州の渤海太守として兵を集め、連合の盟主になる。
賈詡は難しげに唸り、頭を掻く。
「それがですなぁ……曹操が陳留に居る事は分かっているのですが、兵を持っていません。そして袁紹は、分かりません」
「渤海太守じゃないのか?」
「そうなのですが、臨時的に赴任しているのは袁紹の協力者と思わしき別人です。当の本人は、不気味なほどに足跡を消してるのです」
曹操は兵を集めず、袁紹は行方不明。
一体、あの英傑達は何を考えているんだろうか。
少し考えてみたが、さっぱりすっぱり。考え事は苦手だぃ。
「……ぐぅ」
「力尽きたか」
目の下を黒く染め、それはそれは穏やかに、いつの間にか賈詡は眠っていた。
「おい起きろ! 袁紹が何を考えているのかの予想を教えてくれぃ!」
「……もう、今日は、お終いです」
・軍閥
国家や群雄が有する、独自の軍。派閥。
漢王朝に与するのではなく、董卓、孫堅が自由に動かせる軍。
・反董卓連合
袁紹を盟主として、董卓の排除を行うべく群雄が兵を挙げた連合軍の通称。
当初は孫堅の奮戦もあって優勢であったが、孫堅、曹操以外の軍が動かなかった為に解散。
結局、董卓の排除はならなかった。