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21話


 瞬く間に、政権を手中に収めた、地方勢力の田舎将軍。董卓。

 自分の政権に対抗する人間は、ことごとく迅速に叩き潰し、勢力を急速に拡大させた。


 董卓に意見する文官や武官は牢に押し込められるか、爵位の全てをはく奪。

 更には旗下の涼州軍に洛陽内での略奪をたまに許す事で、臣下に恐怖心を植え付ける。


 力の使い方を良く分かっている。憎いほどにね。


 歯向かう人間には恐怖を。

 靡く人間には、寛大な態度と褒章を。


 潰す為の力ではなく、取り込むために力を使うのだ。


 だけど、みんながみんな靡くわけじゃない。

 むしろ一層に、そんな董卓へ敵愾心てきがいしんを募らせる人間も多くいた。


 内側と外側に。

 クは、俺にそう教えてくれる。


 例えば内側というのは、丁原を筆頭とした執金吾しつきんごの軍。

 そして外側が、各地を実効支配する群雄達だ。


 これから董卓軍は嫌でも、そういった諸侯しょこうと戦わなければならない時が来る。

 その準備期間が今、という事。


 歴史準拠で考えるなら、内側を整理するところから始めるはずだ。

 何皇太后の暗殺は、その一手に過ぎない。


「……次に狙われるなら、丁原か、劉弁か」


 行動が制限されている今、大きく動く事は出来ない。

 動けたとしても、扱える力もない。


 どちらを失う事が、最悪か。

 今は出来る範囲で。常に最悪を想定しながら、考えを練るしかなかった。





 涼州兵の好き放題が、目に余るようになってきた。

 民への略奪を度々行い、執金吾しつきんごの兵に対する軽視も酷くなっている。


 やはり先の戦で、董卓を討てなかったのが痛い。


「呂布様、また、奴らの一人二人を殺した方が良いのでは」


 最近、将として取り立てた若武者の張遼ちょうりょうである。

 戦に関して、類稀たぐいまれな才能を持っていた。


「父上に止められている。また、董卓と戦になる」


「奴らの態度は、我慢なりません」


「ならば堂々としていろ。奴らは、強く見える者に手は出さん」


 口ではそう言いながら、呂布もそろそろ我慢の限界だった。


 確かに先の戦の発端となったのも、自分が涼州兵を数人を打ち殺したことにある。

 しかし、それで執金吾しつきんごの兵を侮る様な涼州兵は減ったのも事実だ。


 戦が再び起きても、別に負けるとは思わない。

 ただ、丁原の態度は煮え切らなかった。


 再び戦になっても、また太皇太后の勅命で和睦を結ばされれば、不利な立場になるのはこっちだ。


 勅命が、なんだというのだ。

 皇室がどれほどの力を持っているというのか。

 そのような命令は無視すればいい。


 いくら呂布がそう言ったところで、丁原は機嫌を悪くするだけであった。



「呂布様。客人がいらしています」


「客だと? 俺に?」


 洛陽内の見回りを終え、陣営に呂布が戻ると、従者の一人がそう告げる。

 自分を訪ねてくる者などいるのだろうか。

 呂布は兵を張遼ちょうりょうに預けて、幕舎ばくしゃへと急いだ。


「久しいな、奉先ほうせん


「おぉ、李粛りしゅくではないか!」


 呂布に比べればいくらか小柄ではあるが、それでも屈強な戦士の風貌をした男であった。

 しかしその穏やかな表情は、喧噪けんそうに似つかわしくないほどにほがらかである。


 名を李粛りしゅく。呂布と同郷の幼馴染であり、昔は最も仲の良い友人だった。


「あの『泣き虫』李粛りしゅくが、今や将軍か」


「あぁ、董卓様に良くしてもらっているんだ。とはいえ、前線で華々しく戦うのではなく、あくまで後方支援が主だがな」


「その方がお前には向いている」


「僕も奉先ほうせんの様に、戦場を駆けてみたいのだがな」


 困ったように李粛りしゅくは笑った。



「しかし、どうして訪ねてきたのだ? 親父と董卓殿の仲は知ってるだろう。いや、別にお前に会いたくない訳ではないのだ」


「ん? 確かに戦にはなったが、和睦を交わしただろう。だったらそこにはもう遺恨は無い、と董卓様は考えておいでだが」


「まさか」


「本当さ。だからこそ僕が奉先ほうせんに会いに行くことを許可してくれたし、土産もある」


 李粛りしゅくに手を引かれるままに幕舎を出て、少し歩いた先に、一頭の馬が策に繋いであった。


 燃えるような赤き毛並みと、隆々(りゅうりゅう)とした筋肉。

 今まで見てきたどの馬よりも大きく、気高く、美しい。


 思わず呂布は言葉を失い、見惚れていた。

 手を伸ばすと、鼻息を荒くして呂布を睨む。その目つきに痺れる様な快感が走った。


奉先ほうせん。この馬は名を『赤兎せきと』という。名馬の中の名馬だが、今まで乗りこなせた者は居ない」


「の、乗ってもいいのか?」


「あぁ、乗りこなせるなら譲ると、董卓様も言っておられた。そして僕は、奉先ほうせんなら乗りこなせると思ってる。赤兎せきとは、お前の夢にはなくてはならない名馬だ」


 首筋に触れる。熱く鼓動する血潮。

 筋肉の張りが、呂布の手を弾き返さんとしている。


 手綱も何もついていない。きっと嫌がるのだろう。それ程気高いのだ。


 呂布は地面を蹴って、ひらりと赤兎せきとに跨った。


「うおっ」


 赤兎せきとは激しく抵抗し、呂布を落とさんと暴れまわる。

 絶対に落ちるものか。

 たてがみを握り、股の内側を締め上げ、赤兎せきとの体にしがみついた。


 ここで負ければ一生、赤兎せきとは俺を乗せる事はないだろう。


 お前は、俺の馬だ。

 共に、戦場で夢を駆けるのだ。



 数多の戦場を駆け巡り、天下を叩き潰し、龍を喰らう猛虎となる。



 赤兎と共であれば、そんな途方もない夢にもきっと手が届くだろう。

 俺と一緒に、駆けてはくれないか?

 心の中で何度もそう問いかけながら、股で締め上げ続ける。


 すると、赤兎せきとは観念したように落ち着いて、呂布を許した。


「流石だ、奉先ほうせん。本当に赤兎せきとは誰にも乗りこなせなかったのに、たったの一度で」


赤兎せきとが俺を許してくれた。もしこいつが本気だったら、俺はとっくに落ちていた」


「約束通りそいつはお前の馬だ。董卓様もまさか、乗りこなされるとは思っていまい。きっと驚くぞ」


「呂布が礼を言っていたと伝えてくれ。感謝の念に堪えないと」


「お前の姿を見て、丁原殿も喜ばれると良いのだが。私も、小さな頃お世話になった」


「さぁ、どうだろうか。親父は、俺が文官になることを望んでいるからな。戦は上手いのに、平穏を望むのだ」


「昔から勤王の心が強い、丁原殿らしいな」


 呂布が不満げにそう漏らすと、李粛りしゅくも合わせて、困ったように微笑んだ。

 既に赤兎せきとは落ち着いて、その場の道草を食んでいる。


「董卓様と丁原殿が手を組まれれば、敵は無いのだが。奉先ほうせんが小さな頃から語ってくれた『夢』を、僕も近くで見てみたいしな」


「龍を喰らう猛虎となる。今もそれは忘れてない」


「きっとなれるさ、お前と赤兎せきとなら。あとは、お前の望む乱世が訪れるかどうか」


 呂布と李粛りしゅくは、曇天どんてんを見上げた。

 雲の流れが速い。すこし、一雨降りそうだ。


「雨が降る前に、僕は帰るよ。また会おう、奉先ほうせん。その時は酒でも飲もう」


「あぁ、俺も雨が降る前に、コイツと駆けてみるよ。董卓殿にはよろしく伝えてくれ」



 呂布は挨拶もそこそこに、逸る気持ちを抑えきれず、赤兎せきとと共に駆けだした。


 まるで子供の様だと、李粛りしゅくは笑った。




張遼ちょうりょう


 呂布に仕え、後に曹操に仕えた名将。

 合肥の戦いでは、十万の呉軍に八百の兵で出撃。これを打ち破った。

 孫権を討つ一歩手前まで迫る武勇を見せ、大いに恐れられた。



李粛りしゅく


 董卓に仕えた将軍、呂布とは同郷であり、親しかったとされる。

 呂布によって董卓が討たれた際、李粛は呂布に降伏。

 その後、牛輔軍を攻めるが大敗。その責任を呂布に問われ、処刑された。


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