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19話


「急に、どうしたんだよ」


 後宮の代わりとなっている張譲ちょうじょうの元屋敷の前に、数十騎の兵らが止まったのは今朝の事。


 何事だろうと思っていると、董卓が俺への面会を申し出に来たらしい。


「おぉ、殿下。怪我の具合はどうですかな?」


「別に、大したことない。それよりも婆さんに、俺が馬に乗る許可を貰って来てくれ。毎日棒切れを振ってたんじゃ退屈だ」


「皆、殿下の御身を思っての事です。お気持ちは分かりますがな、戦は軍人の役目ですぞ」


 まるで戦にでも行くのだろうかというような重厚な鎧を着て、大刀まで腰に下げている。

 普通は取り上げられるもんなんだが、丁原の目が離れたことで、強権的な行動が増えてるように思う。


 つまり、調子乗ってるってこと。


「それで、用事があるんだろ?」


 俺は腰掛にどかりと座り、近くの文机に足を乗せた。


 これが張譲であったら、俺の態度を見ながら血管をこれでもかと浮かせて来るんだが。

 ふーむ、どうにも董卓は食えない男だ。変わらず大らかに、ニコニコと笑顔を浮かべている。


「殿下の側近となるべき人物を、選んできました故にご紹介を、と」


「側近? 聞いてないが」


「急な事でしたので。しかし、殿下は先の戦で呂布相手に単騎で向かって行かれる御気性。それは兵士の蛮勇であり、王たる殿下の役目ではありません。故に、側近をと」


「まーた婆さんの差し金か? 勘弁してくれ。監視役は宦官にもたくさん居るのに、まだ増えるんか」


「汚いねずみが、殿下の側を嗅ぎまわっておられるようですし、用心も兼ねてで御座います」


「……っ」


 どこまで気づいているのだろうか。

 ただ、俺が間者を用いて、色々嗅ぎまわっているのはバレてるらしい。


 そういうことか。だから、自分の息が掛かった者を傍に付けて、俺の行動を制限したい、と。


 え、殺されないよね? 大丈夫だよね?


「では私はこれで失礼します。後ほどその者達が殿下を訪ねますので、詳しくは彼らに」


「お、おう」


「お体をご自愛くださいませ」


 っぶねー、殺されずに済んだらしい。怖かったぁ。





 現れたのは、如何にも不健康そうに、眼の下にクマをつくっている細身の大人が一人。

 そして、目を溌溂はつらつとさせ、全身に傷跡の刻まれた筋肉質なおじさんが一人。


 見れば見る程、対照的な二人である。


「ハァ……殿下に、賈ク(かく)が拝謁いたします」


「殿下に、董承とうしょうが拝謁いたします!」


 温度差がすごいな。

 いや、しかし、大物が一気に現れたことに、ひどく興奮してます。


 董承とうしょうといえば献帝けんていの忠臣であり、後に娘を側室にやる事で外戚がいせきにまで上り詰めた軍人だ。

 ただ、どうにかして実権を曹操そうそうから奪い返す為に色々と企んだせいで、娘共々処刑されるんだけどね。


 そして何よりも、この不健康そうな方。こいつの登場を俺はずっと待っていたと言っても良い。


 己が智謀一つで幾人もの君主を渡り、曹操を殺す一歩手前まで迫る策を編み、後にその曹操の参謀となる男。

 この乱世でちゃんと寿命を全うした稀有けうな人物で、三国志随一の頭脳を誇る。


 戦い、勝ち続けなければ、天下になんて手は届かない。

 喉から手が出るほど、味方になって欲しい人材だ。


 よぉうし、董卓め。俺の監視か何かは知らないが、これはチャンスだ。

 二人は確実に俺の味方にしないとな。


 人間は先ず何より、第一印象が大事だ。

 友好的にニコニコと、明るく振る舞ってみよう!


「えっと、うん、顔を上げてくれ。これから長い付き合いになるだろうし、よろしくね!」


「ふーむ」


 曇りない目で俺を見据え、感心気に頷くのは、董承とうしょうだ。

 クはそんな隣人を迷惑そうに眺め、眉をしかめている。


「殿下が、あの、呂布と一騎打ちをした命知らずの」


「まぁ、なんて周りから言われてるかは知らないけど、それで合ってる」


「なるほどなるほど。確かに、御歳もまだ八歳であらせられるとか。相当な胆力たんりょくでございますなぁ」


「え? そうか? へへっ」


 なんだか真正面から褒められると嬉しいもんだな。


 ほら、曹操とかいう野郎は、俺が王族でまだ子供だってのに全く容赦しなかったからさ。

 ちょっとはちやほやされたいお年頃。


 呂布と一騎打ちして、結構持ち上げられたりするのかなー、なんて思ってたけど、現実は普通にヤバイ奴みたいなレッテル貼られただけっていう。悲しいな。


「さて、では殿下は、この董承とうしょうを召し抱えるにいかほどの俸禄ほうろくをご用意ですかな?」


「え? 俸禄ほうろく?」


 給料とか地位とか、そういうあれの事か?


「左様。これより殿下にお仕え致すのですから、相応のものを用意していただかねば」


「董卓からそういうの貰ってるんじゃないの?」


「いただいております。ゆえに今は董卓様の家臣。されど俸禄ほうろく次第では、殿下にお仕え致しますぞ」


 コイツ、なんて太い野郎だ。


 聞くところによると確か、身分は軍の部隊長だとか。

 しかも「死兵」と呼ばれる、最初から死ぬために動かされる奴隷部隊の隊長らしい。


 最初、その詳細聞いた時マジかと思ったよ。

 だってさ、後々、国の重臣になるんだよ? それが奴隷まがいの、切り捨て要員だったとは。

 しかも、死兵を率いてるくせに必ず生き残るらしい。タフネス。


 驚いたことに、そんな身分であるにもかかわらず、今まさに俺と董卓を天秤にかけてやがる。


 宗越と同じく報酬主義の人間らしい。

 だが、宗越よりももっと、忠義や保身に関しての興味が薄い。


 そして、宗越以上に、報酬に固執しているタイプ。


 サイコ野郎だ。

 利益の為なら人を殺す事も躊躇ちゅうちょ無い、って目をしてるもん。


「いや、実権が無いのに、俸禄ほうろくとかは無理だ。董卓から俺の側近として派遣されたんだろ? だったらその仕事をこなしてくれるだけでいい」


「なるほど。では、話は早いですな」


「へ?」


 董承とうしょうは懐から短刀を抜き、俺に向かって真っすぐに飛び掛かってくる。


 ほとんど反射に近かった。

 俺は倒れこむように床を転がり、刃を寸での所で躱す。


 ただ、それでも董承とうしょうはまた、あの曇り無き眼で短刀を振るう。

 体勢は最悪。これはかわせない。それを覚悟した瞬間である。


「そこまでだ、董承とうしょう


「何故、止めるのですか? ク様」


 同じように短刀を抜き、董承とうしょうの刃はクのそれとかち合った。

 それでも切っ先はカチカチと震えている。董承とうしょうは力を全くゆるめていないらしい。


 俺はそのまま這いずって二人から距離を取る。


「董卓様より仰せつかったのは、殿下の『側仕え』だ。命令を違えるな」


「されど、出世も望めないガキのお守をしていては、時間の無駄かと。それに陳留王は好きに動き過ぎました、芽は早く摘むべきでしょう。董卓様の真意もそこにあるのでは?」


「勝手に主君の心中を推し量るべきでは無いな。身分を弁えろ」


「このままでは、いずれ私は死ぬのでね。最短で駆け上がらねばならないのですよ、軍師殿」



 何を話してるか知らねぇが、俺を全く無視してるってのは分かった。

 俺は都合の良い飾りでも、ましてやボンボンのお子様ってわけでもねぇ。


 上等じゃねぇか畜生。舐めるなよ。

 売られた喧嘩は、必ず買うんだよ、俺は。



「──死ねやぁあ! このサイコ野郎がよおおぉぉ!?」


 近くに置いてある、花の活けてある陶器を手に持って、董承とうしょうひたいに至近距離で投げつけた。


 陶器は砕け、水が弾け、董承とうしょうはその勢いで後方にぶっ倒れる。

 ひたいからは血が溢れ、沢山の花が悲しく赤に濡れた。


 あれ、死んだか? これ。

 勢いあまって相当重たい花瓶を投げつけたんだけど、今考えれば、これは普通に人が死ぬヤツだ。


 でもさ、俺も殺されそうになったし。これでイーブンでしょ。


「うっ……ぐ」


 頭を抑え、董承とうしょうは上半身だけをかろうじて起き上がらせる。

 ひたいの肉はパックリと開いていて、あまりに痛々しい。


 おいおいマジかよ。タフすぎる。


「ま、まだ来るか? 先に喧嘩吹っ掛けてきたのはそっちだからな。生憎、俺はタイマンの喧嘩で負けたことはねぇんだよ」


「噂以上の……狂人、で……」


 溌溂はつらつとしていた黒目が、ぐるりと上を向き、白目に変身。

 バッシャァンと、董承とうしょうはその厚い体を投げだして、意識を失った。


「ハァ……面倒なことになりましたね」


 クが心底、面倒そうに大きな溜息をかます。


 どうやら董承とうしょうは気を失っているだけで、傷も比較浅いんだとか。

 そういや「死兵」として、戦場をいくつも駆け巡って来た奴だったな。



 あれ? 味方作ろうとしただけなのに、どうしてこんなことになってんだろ、俺。





・賈ク(かく)


 董卓、李カク、段煨、張繍、曹操と主君を転々と変えた謀士。

 張繍の下に居た頃、曹操への反乱を計画し、あと一歩で討ち取る所まで迫った。

 その後は曹操の参謀として智謀を発揮。後に曹丕から三公に任じられた。



董承とうしょう


 董太后の親族であったと言われるが、定かではない。娘は献帝の側室である董貴妃。

 李カクらから逃げ出す際に献帝に付き従い、無事に洛陽への帰還を果たす。

 その後、曹操に献帝は保護されるが、曹操の専横を憎んで反乱を企てた為に一族諸共処刑された。


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