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18話


 それは突然の出来事であり、事態はまるで予想されていたかの様に、迅速に収束した。


 公式的な発表はこうだ。

 『何皇太后は、かねてより患っていた病によって、病没された』と。


 歴史を知っていたとしても、それが訪れる瞬間というのは分かりゃしない。

 俺が転生したことで色々と微細に変わることもあるだろうから、猶更だ。


 葬儀は婆さん主導に行われ、皇太后という身分に関わらず、極めて簡素に済まされた。

 性格のキツイ何皇太后は敵も多かったし、婆さんはその筆頭だ。

 これも仕方ない結果だと、そう言ってしまえば楽なのだが。


 何より最初に浮かんだのは、劉弁の顔だった。

 親孝行者で、優しい、誇り高くも弱き皇帝。


「殿下の推察通り、皇太后様の死は毒殺と見て間違い御座いません。顔色が黒く変色していたと聞いております」


「やっぱりな。誰がやったかは分かるか?」


 宗越は難しげに唸り、目を伏せる。


「用いられた毒は、暗殺に良く使われるものです。催眠の薬と混ぜて痛覚を麻痺させ臓腑ぞうふを犯す猛毒。私と同じような人間が、他にも居るのかと。それも、相当な手練れが」


「つまり尻尾も掴めてないと」


「申し訳ございません」


「最悪の事態は、劉弁にその手が及ぶことだからな。それは忘れんなよ」


「命に代えましても」


 確か、劉弁や何皇后の毒殺を実行したのは、李儒りじゅといわれる文官だったはずだ。

 演義では董卓の参謀みたいに描かれてるけど、実際のところは謎が多い。


 史実での記述は、二人を毒殺したって記述と、李確りかくらが長安を掌握した時に文官として昇進したという事ぐらい。

 他の資料では有名な学者だったとか何とか。まぁ、よく分からん不気味なヤツだ。


「なぁ、汚鼠おそ


「はい」


李儒りじゅという文官が居るはずだ。それを調べてみろ」


「それは何故、でしょうか」


「黙って言うこと聞いてりゃいい。たぶん、尻尾くらいは掴める、と思うけど」


「承知しました。殿下もお気をつけを」


「行け」


 庭園を足音なく歩き、宗越は外へ出る。

 俺はそれを見届けてから、足元の棒切れをリハビリがてらに何度も振るった。


 やっぱ、未来から来ました、なんて言えねぇわ。

 今度こそほんとに狂ってると思われる。





「よほど好かれてなかったらしい。悲しい女だ」


「野心に生きたのです。野心で消えるなら本望でしょう」


 若い女を組み敷いて、その巨大な体躯を揺らす董卓。


 ねやの外。董卓と言葉を交わすのは、細く地味な老人が一人。

 獣の様な喘ぎ声が、二人の会話の裏で響く。


「あの女が戻ってきたら厄介だった。それに、劉弁も間もなく成人する」


 董卓の政権基盤は、袁家の力で何とか保っているに過ぎず、未だ不安定であった。

 だからこそ丁原の様に対抗する者が出てくるし、文官の多くも心から従っているわけではない。


 これでは政治どころではなかった。

 誰もまともに指示を聞こうとしない。


 そんな中、あの野心の強い何皇后が政治に戻り、成人した劉弁を操り出したら、董卓の敵は更に増えるだろう。


「されど董卓様。これでよろしいのでしょうか」


「どういうことだ」


陳留王ちんりゅうおう劉協りゅうきょうです。劉弁を廃するという事は、彼を擁立するということ。あまりにも癖が強すぎる気がしますので」


「まさか呂布に真っ向から挑むとは思わなんだ」


 あまりに激しかったのか、女は幸せに顔を歪ませ、意識を飛ばす。

 反応が無くただ呼吸を繰り返す女を寝かせたまま、董卓はねやから出た。


「だが、八つだ。実権も無い。太皇太后は俺の手の内だ。問題ない」


「実は、かねてより調査していた丁原の裏で動く隠者ですが、恐らく裏では、劉協が糸を引いております」


「……そんなことまでやっているのか。ふむ」


 水を飲み、汗を拭きながら、椅子にどかりと座る。

 あまりに分厚い筋肉が、まるで溶岩の様に熱を持ち、動いている。


李儒りじゅよ、いっそ殺すか」


 清々しく、ためらいもなく、董卓は呟く。


「董卓様がそう仰せとあらば。されど相手にも隠者が居りますので、刺し違いになるかと」


「いや、止めておこう。弟のヤツが何と言うか分からん。既に劉弁の廃立で話は動いているのだ」


「御意」


 それでも、劉協の厳重な管理は必要になるだろう。

 末恐ろしい若さだが、若い内に矯正は可能だ。


 あの規格外の狂人には誰を当てるか。

 並の人間なら逆にガキになびいてしまうかもしれなかった。


牛輔ぎゅうほを呼んでくれ。奴の配下の人間を使って、ガキのお守に付ける。殺しはしないが、監視と矯正が必要だ」


「誰を用いるので?」


クと、そうだな、董承とうしょうだろう」


「なっ……」


 予想外だったのか、李儒りじゅと呼ばれた老人は、そのしわに埋もれた目を見開いた。

 対する董卓はさも当然の様に笑っている。


「あのガキだ、大抵の人間じゃ飲まれるぞ。これくらいが丁度良い」


「彼らは董卓様に心から忠誠を誓っている様な者達では無いように思います。本当に、宜しいのですか?」


「能力はある。それに、俺に歯向かう人間は大歓迎だ。死ななければ、の話だがな」


 汗を浮かべ、李儒りじゅはその命令を伝える為に、部屋を足早に退出した。


 自分の理想の国家を形作るまで、まだまだ障害は多い。

 大きな手のひらを握りしめる。


 この力がどこまで天に届くだろうか。


 必ず、叩き潰す。

 全力でもって、歴史ごと中華を砕く。


 皇帝も王族も関係ない、実力だけで頂点に立てる、そんな国を作るのだ。

 そうすれば常に、覇王が全ての頂に立つ。


 絶対に負けない、滅びない国。



 最初に君臨する男こそ、この董卓だ。



李儒りじゅ


 劉弁に郎中令として仕えていた文官。

 後に董卓に命じられて、廃立された劉弁を毒殺した。

 三国志演義では董卓の軍師として描かれることが多い。

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