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三国志の「劉協」になったけど、漢は滅亡寸前でした ~献帝が狂武帝と諡されるまで~  作者: 久保カズヤ@試験に出る三国志
第二章 董卓という奸雄

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13話


 宗越そうえつが手土産に持ってきた情報は、爆弾みたいな情報だった。

 いや、三国志読んでるから知ってる話なんだけど、にしても重いな。


 ───皇帝「劉弁りゅうべん」の廃立。そして「劉協りゅうきょう」の擁立を、董卓とうたくが画策している、と。


 こんなに早く話が出るものなのか。


 しかし、思い返してみれば確かにそうだった。

 劉弁りゅうべんが皇帝に在位できた年月は、半年にも満たなかったはず。


 どうにかして阻止しなければならない。


 劉弁りゅうべんが廃され、自分が擁立されたら、その瞬間に漢王朝は実質的な終わりを迎えるのだ。


 一介の将軍に過ぎない身分の董卓とうたくが皇位を好きに操れば、皇位に対する権威は地の底に落ちる。

 そこからの復興は、極めて難しいと言わざるを得ない。


汚鼠おそ、早速だが会ってきてほしい者が居る」


「仰せのままに」


 今、董卓を直接抑える事が出来る人間は、アイツだけだ。


 最強の猛将を従える、あの男だけ。





 その日は、盛大な宴席が設けられた。

 行きたくはなかったが、婆さんの前でそんなわがままが通用するわけもなく。


 老人のしょぼん、ってした顔に弱い。

 董卓とうたくの都合の良い存在になっているとも知らず、純粋に俺に良かれと思っている、そんな婆さんの笑顔が酷く悲しい。


 宴席とは言えど、これは実質的に、董卓とうたくの権勢を周囲に知らしめる為のものであった。


 何進かしんが招集をかけていた各地の武官が揃ったこの場で、自分の支持者を集めたいのだ。


 董卓とうたくは「運」を掴みこそしたが、その家柄や兵力では、全ての頂点に立つことは難しい。

 だからこそ袁家えんけや婆さんに擦り寄り、盛大に宴会を催して、支持層を固めていく。


 手のつけようも無い暴君というイメージだったけど、董卓とうたくはどこまでも狡猾で、賢しい人間であるらしい。


 自分の置かれる立場を理解し、有効な一手を積んでいく。

 今のところ残虐な一面が表に出ていない事だけが、救いなのかもしれない。


 ただ、それもいつまで続くかはわからない。


 現に、劉弁りゅうべんを呼ばず、俺を主席に据えているあたり、その野望は誰の目から見ても明らかである。


十常侍じゅうじょうじも消え、殿下もご健勝であらせられる。これよりかんは大いに平穏を取り戻し、殿下の御威光も隅々に行き届く事でしょう!」


「あ、あぁ……それも全て、丞相じょうしょうのお陰だ。これからも陛下の為に尽くしてくれ」


「勿体なきお言葉で御座います!」


 董卓とうたくは豪快に笑いながら、規格外の体をへこへこと曲げる。


 食えない男である。

 一発殴って、その腹の中を探ってみたいところだけど、あんまり下手なことは出来ないな。


 今の洛陽らくようが一応落ち着いているのも、董卓とうたくのお陰だからね。


「されど、殿下はお若いのに、まことに御賢明であらせられる。十常侍じゅうじょうじの乱の際も落ち着かれたご様子で、我が精兵を前にしても堂々として居られた。王の風格を私は感じましたぞ」


「そうであろう! そうであろう、董卓とうたくよ! きょうはまことに賢い子なのだ」


「はい、太皇太后様。それに諸君らにも見ていただきたいのだ、殿下の首元にはなんと、龍の紋様が浮かんでおられる。これぞ天の啓示であろうと、私は思う」


 諸将がざわつき、董卓とうたくと婆さんに笑顔で促される。

 新手の羞恥プレイさながらだが、断る理由もさして見当たらない。


 俺は仕方なくその場で立ち、首元を開いた。



「おぉっ」「なんと」「これはっ」



 ざわめきは大きくうねり、武官の面々は顔色を一気に明るくした。

 そして沸き上がる、俺と、董卓とうたくに対する賛美の数々。


 ただの刺青なんだよなぁ。


 董卓とうたくは豪快に笑いながら、周囲をなだめ、その視線を自分の下に集めた。

 大きな咳ばらいを一つ。


 その豪胆な顔から、表情が消えた。


「さて、どうだろうか皆々様。劉弁りゅうべん様より、劉協りゅうきょう様の方が皇位に相応しいと、そう思いにならないか? 劉弁りゅうべん様はお気が弱く、皇位は荷が重い」


 周囲の衛兵に殺気が籠るのを、武官らは過敏に感じ取り、誰もが冷や汗を浮かべている。

 婆さんもにこにこと、全てを分かったうえで微笑む。

 

 とんだ茶番だった。

 俺は大きく溜息を一つ吐き、鶏肉の煮込まれたスープを口に運んだ。


 ここで明確に、自分の支持者をふるいに掛けているらしい。

 意に逆らうようなことを言えば、この場では殺されずとも、いずれそうなる。


 董卓とうたくはそれを躊躇なくやる、そういう男に見えた。


 ただ、まだ見通しが甘い。

 別に今んとこお前に恨みは無いけど、この世の中、そう簡単にお前の思い通りにはならないよ。


 ふと、董卓とうたくと目が合った。

 酷く冷たく、無機質な瞳である。俺はあえて無視をして、鶏肉にかぶりついた。


「さぁ、どうする?」


 すると、衛兵が揃って、槍の柄を地面に叩きつけた。

 小さな悲鳴と共に、武官らは揃って董卓とうたくの意向をたたえだす。


 しかしそんな中、一人の豪快な笑い声が、その空気をぶち壊した。


「何が面白いのですかな? 執金吾しつきんご丁原ていげん』殿」


「これが笑わずにおれますかな? 董卓とうたく殿よ」


 小柄ではあるが、董卓とうたく相手に腰が引けていないどころか、堂々と胸を張る爺さんだった。


 そう、彼こそ、今の董卓とうたくに面と向かって対抗できる唯一の人間。

 そして何より目を引くのは、その丁原ていげんの側に侍る、細く大柄な若き武人。


 その体長は董卓とうたくに並ぶ程。象とキリンが並んでいるかの様。


 彼の名は『呂布りょふ』。

 まだ幼さの残る顔つきだが、彫りの深い個性派俳優の様なイケメンである。


「それは陛下に対してあまりに不忠ではありませんかな? それに貴方は、皇室に連なる名家出身でもござらん。例え丞相だからと言って、それは横暴が過ぎましょう」


「黄巾の乱に、十常侍じゅうじょうじ。全てが除かれたとはいえ、未だ国に残る傷跡は大きい。ここは名君に立ってもらい、立て直しを図るべきであろう。丁原ていげん殿は時勢を見てはおられぬ」


「ハッハッハ!! その黄巾賊こうきんぞくに敗れて逃げ帰ったのは、果たして誰であったのだろうなぁ!?」


 ちょっと丁原ていげんさん、言い過ぎじゃありませんかい?


 黄巾こうきんの乱が起きた時、討伐に当たったのは有力な四人の将軍。

 その内の一人が董卓とうたくであり、唯一、董卓とうたくのみが戦功を挙げられずに敗走していた。


 丁原ていげんはそれを堂々と煽ったのだ。



 皆が見ている場での皮肉はさぞかし気持ちが良いだろう。


 中々笑いの止まらない丁原ていげんを冷たく眺め、董卓とうたくは右手を上げる。


 辺りに居た十数人の衛兵が一斉に矛先を丁原ていげんに向けて走り出した。

 勿論、お酒も食べ物もぐちゃぐちゃに蹴飛ばされる。


 婆さんは小さく悲鳴を漏らした。



 勝負は、一瞬。



 目にも止まらない速さで飛び出した呂布りょふが、一人の矛を奪い、衛兵を残らず薙ぎ倒す。


 誰も死んではいない。傷は負っているが。

 呂布りょふの持つ矛は、持ち手の半ばから砕けていた。


「ふむ、わしが居てはどうも場が悪くなるようですな。では皆々様はどうぞそのままご歓談下され。それでは殿下、これにて失礼します」


 再び大口を開けて笑い飛ばしながら、丁原ていげん呂布りょふを従えて、宴会場を出て行った。


 董卓とうたくはその無機質な瞳に再び喜色を宿して「確かに執金吾しつきんご殿の言う通りだ」と笑い、片づけを指示する。


 史実ではこの後、呂布りょふに殺される丁原ていげんだが、今は何とか踏ん張って貰わないといけない。



 俺は側に居る従者の一人に、スープのおかわりを頼んだ。


 成長期なんでね。




丁原ていげん


 官吏としての能力は低かったが、武芸に秀で、賊の討伐などで功績を挙げた武官。

 常に軍の先頭を駆け、騎射を得意とするなど勇猛果敢であった。

 洛陽に招集された後は執金吾に任命されたが、董卓の手引きを受けた呂布に暗殺される。



呂布りょふ


 初めは丁原の養子、次に董卓の養子となったが、二人とも裏切って殺害している。

 演義では関羽、張飛、劉備の三人を一人で相手するなど、最強の猛将として活躍。

 後に徐州を拠点として猛威を振るったが、曹操によって攻め滅ぼされる。



執金吾しつきんご


 首都である洛陽の治安を維持する役職。現在で言う警視庁本部の様な官位。

 煌びやかな鎧を身にまとい、軍部の象徴的な役割を持っていた。

 後漢の祖である光武帝の劉秀も、若い頃に「執金吾になれたら思い残すことは無い」と憧れを抱いていたとか。


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