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0話

落ちこぼれのチンピラが、後漢王朝最後の皇帝「劉協」に転生してしまう物語。


これからどうぞよろしくお願いします!


「ねぇ、『キョー』ちゃん。キョーちゃんはさぁ、生まれ変わったら何になりたいとかあるぅ?」


 歯が欠け、薬で視点が虚ろなメンヘラ女が、俺の腕にしなだれる。

 俺はホストじゃなくて、ボーイだってんのに、まるで聞きやしない。


「あぁ、そうだなぁ、俺は──」





 調子乗って飲み過ぎたテキーラが、滝のように口から出ていく。


 一人、風俗街でその日暮らしの金を稼いでは、酒とパチンコに費やす毎日。

 吐瀉物と、タバコが落ちたアスファルトの上で、よく喧嘩もした。


「なぁ、にーちゃん。お金ちょーだいよ」


 今日もまた、喧嘩を売られる。この町ではよくあることだ。


 路上で吐いていたからだろうか、若いガキどもに囲まれた。

 最近は、若いもんが年上に金を払うってのがこの国の流儀だろ。


 それでも、売られた喧嘩は買う。

 男は舐められたら終わりだ。



 うん。



 ボコボコにされた。

 多勢に無勢、俺は泥酔状態。卑怯だよなぁ。


 アスファルトで伸びる俺から財布を抜くガキども。

 このままやられっぱなしは性に合わない。一円たりとも渡すもんか。


 不意を打つように財布を取り返し、橋の上から、咄嗟に川へ飛び込んだ。


「バーカ! どうだざまぁみろ! お前らは俺を殴った時間ぶん、人生を無駄にしたんだよぉ!」


 そう言ってから、あぁ、俺は馬鹿なことをしたと、何となく気付いた。


 数日前の大雨で水かさが増した川は流れが速く、俺みたいなクズを容易たやすく飲み込んだのだ。

 酔いや痛みで体も動かない。


 あー、死ぬのか。

 たかが五千円くらい、くれてやればよかった。


 いつも、この変なプライドが、俺の人生を狂わせる。


 まぁ、それでもいっか、とも思えた。

 生きたいように生きたのだ。好き勝手、迷惑をかけてきた。


 いくら体を張っても、命を売っても、馬鹿が損をするのがこの時代。

 誰よりも強く、偉くなりたいと言いながら、言うことだけしか出来なかった。


 社長になりたい。でも、何の社長とかは、そんなん分からんもん。

 そんな感じ。



 あー、生まれ変われるなら「皇帝」なんかになってみたいなぁ。


 思い切り贅沢をして、女をはべらせて、気に食わないヤツを処刑するんだ。


 わくわくするだろ?





 酔いが、まだ続いていた。

 脳がガンガンと打ち付けられ、何より吐き気がひどい。


 周囲が騒がしすぎる。

 人の声で、頭が割れそうだ。


「殿下が! 陳留王ちんりゅうおう様がご意識を取り戻されましたぞ!!」


 良かった良かった、めでたいめでたい。

 どんちゃかぽこぽこわーわーわー。


 ほんとヤめて? 頭痛いからぁ。



 さて、目を覚ます前後の事が、全く思い出せない。

 自分が誰なのか、ここはどこなのか。


 ただ、名前だけがしっかりと、記憶にしがみついている。



 「狂う」と書いて、読みは「キョウ」。



 まさにキラキラネーム。

 パチンカスを親にするとろくなことねぇな。

 頭空っぽかよ。


殿下でんか、ご意識ははっきりしておられますか? ここがどこか、お分かりですかな?」


 眉もひげもない、笑顔の気持ち悪いジジイだ。


 吐き出す息は酒臭く、思わず嘔吐おうとしてしまう。


「……ここ、どこ」


 ひとしきり吐いた後に、何とか声を絞り出す。


 やけに大きな体のジジイだと思ったら、俺の体が縮んでいる事に気づいた。


 目の前に広がる光景は、荘厳そうごんきらびやかな装飾が施された、広すぎるほどの宴会場である。


 その宴会場に、ジジイと同じような顔をした奴らが、所狭しとひれ伏している。


 気持ちの良い空間では無かった。

 どこか、怪しい宗教施設に似た、あの気持ち悪さを感じる。


 夢だと思いたかったが、実感があまりにリアルで、何が何だか分からない。


 そんなときだった。


 まだ二十歳に達して無いであろう青年が、奥から現れ、こちらに小走りで駆け寄ってきた。


 じゃらじゃらと、すだれのようなものをぶら下げた、趣味の悪い立派なかんむりをのせている。


「キョウよ、無事であったか!」


「お前……何で、俺の名前を」


「どうしたのだ? 張譲ちょうじょう! これはどういうことだ!」


 青年が声を荒げると、息の臭いジジイが土下座の格好で、床に額をこすり付けた。

 まるで床を舐めて掃除するとでも言わんばかりだ。


 そしたらここら一帯が臭くなるな。

 うっ……気持ち悪ぅ。


「殿下は意識を取り戻されたばかりで、記憶が混雑しておいでです。陛下、今しばらく安静に」


「そもそもはお前らが……もう良い。キョウよ、ちんが誰か分からぬか? そなたの兄の『劉弁りゅうべん』であるぞ?」


「リュウ、ベン」


 リュウベン。


 チンリュウオウ。


 そして、キョウ。


 段々と、点が繋がり、線になっていく。


 俺は知っているのかもしれない。

 この世界を、そして俺自身の事を。


 図書館で何度も、目を通した『時代』の名前を。

 暇潰しがてらに読み込んで、ガチハマりした「シリーズ」を。


「お、思い出しました。ご心配をおかけしました」


「おぉ! それは良かった! 父帝が崩御ほうぎょされ、さらにそなたまで失えば、朕はどうして良いか分からなくなるところであった!」


 劉弁と名乗った青年は、目に涙を浮かべて俺の小さな体を抱きしめた。


 真っ直ぐな、優しさである。久しく感じていなかった、温かさだった。




 俺は、劉協りゅうきょうになっていた。


 いや、献帝けんてい、と呼んだ方が分かりやすいか。



 暇潰しに通ってた図書館で、嫌という程読み込んだんだ。

 間違えるはずもない。



 三国志と呼ばれる時代で、四百年続いた漢王朝かんおうちょうを滅ぼす、最後の皇帝の名。


 それが今の、俺の名前らしい。




劉協りゅうきょう


 およそ四百年続いた漢王朝最後の皇帝。おくりなは「献帝」。

 董卓の擁立で皇位につき、やがて曹操に保護される。

 その後は曹操の跡を継いだ曹丕に皇位を譲り、漢王朝は終わりを迎えた。


劉弁りゅうべん


 劉協の異母兄。諡は「少帝」。

 母の何皇后と、叔父の何進大将軍の後ろ盾により、「霊帝」の跡を継いだ。

 在位期間は半年に満たず、反董卓連合の旗印になることを恐れた董卓に毒殺される。



張譲ちょうじょう


 朝廷を牛耳る宦官勢力「十常侍」のリーダー的存在。

 霊帝に「我が父」と呼ばれるほど寵愛され、大きな権勢を誇った。

 汚職の限りを尽くして漢王朝を疲弊させたが、十常侍の乱にて死亡した。 



・漢王朝


 劉邦によって築かれた「前漢」、劉秀によって築かれた「後漢」を合わせて呼ばれる王朝。

 およそ四百年に渡って中国を統治した長期政権。

 初代皇帝の劉邦が「漢中郡」に拠って「漢王」に封じられた為に、この名で呼ばれた。

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