9話
何だか一瞬意識が途切れた気がする。
多分まだ呑み込もうとしているのか真っ暗な視界の中、咀嚼していると思われる動きを身体で感じる。
「うん、やたら痛いし臭いし、ネバネバしてて気持ち悪い。」
口の外にあると思われる手首を動かしてみると、当たり前の様に動く事が分かった。
剣もちゃんと握っていて落としては無いようだ。
首から上がメキメキと嫌な音をたて、痛みと熱を持っているが身体は動く。
ならやるべき事は一つと、手にした剣を振りかぶり噛み付いて来ている生き物に叩き付ける。
身体に伝わる衝撃で当たっている事を確認しながら、何度も何度も繰り返し叩き付けていると不意に噛む力が抜けた事に気付き頭を口から抜いた。
ネバネバとした粘液で顔が気持ち悪いがとりあえず外気が気持ちいい。
俺を食べ様とした生き物は蛙の様な顔をした、やたら長い胴体にたくさんの背鰭がノコギリの様に生えた魚の様に見える生き物で、鰓と思われる所から半分程剣で叩き切った跡がある。
「俺が縦に並んで三人分か……吐くほど食べれそうだな。」
「……あっあんたっっ!なんでそんな普通なのよ……明らかにあんた頭砕かれて痙攣してたじゃない!何でその状態で戦えるわけ……普通にピンピンしてるし……とりあえず自分の顔を見てみなさいよ。」
困った顔をしたディアナが興奮気味に何やら言っているが、まぁ確かに痛かったしベタベタだけれども顔を見ろだなんて酷い言い様だ。
しかし俺は下僕なので従って濁った河で確認してみることにした。
「てかさ、またそいつが出て来たらどうするのさ?」
河を覗きこみそいつを指差したが、ディアナからのプレッシャーがとてつもない事になっている。
じっくりと顔を見て、初めて見る自分の顔が残念な事に気が付いてしまった。
「……うん……目が細い、目付きが悪い、鼻が低い、テカテカしてる……」
ディアナやゴードンさんと比べると、実に平べったい顔をしている……
「まぁ顔の作りは会った時からそんな感じよ、エキゾチックでいいじゃない。テカテカは粘液ね多分……と言うかね、あれに噛まれたのよバキバキって……感想はそれだけなの?」
ディアナが励ましてくれているのか?
しかし何だろう、何が言いたいのか分からない。テカテカ以外に変な所が見当たらないのだが……
そいつを振り返って見てみる、厚い唇の中に大きな歯が綺麗に並んでいる。
大きな牙が生えてる、俺の頭くらい簡単に潰せそうだ……な。
んんっ?
ディアナをチラリと見てみると肩を竦められてしまった。
「なぁ、何で俺無傷なの?ひょっとしてこれが能力だったりするのかな?」
ディアナは首を横に振ると
「それだったら私と会った時に死に掛けてた理由がないのよねぇ」
と、どうやら否定的な様だ。
俺の能力と、今無事なのは全く別物なのかそれとも関係があるのか……
今考えても分からないし、ゴードンさんも王都に行けば答えがあるかも、と言っていたしな。
「まあ、このまま王都に行けば何とかなるでしょう。」
俺は得体の知れない魚みたいなこいつに片足を乗せ両手を広げディアナに戯けて見せたのだが
「……あんた顔洗いなさいよヌルヌルのテカテカよ……」
物凄く醒めた目で軽くあしらわれてしまった……うん、いい加減気持ち悪いしな。
「はい……」
若干の切なさを感じつつ茶色く濁った水で顔を洗っていると後ろの林からガサガサ音が聞こえて来た。
焦って振り返ると、暗くなった空の下腕組みして立っているディアナ、そして林の中から出て来ようとしている松明を持った赤いポニーテール。