69話
何だ? コウイチは物語の主人公にでもなったつもりなのか?
俺の一瞬の躊躇を他所に、コウイチはまるで瞬間移動のような速度で俺の懐に潜り込み、その細腕からは想像のつかない拳を繰り出して来る。
とても拳が出す音とは思えない爆発音を奏で俺の腹にめり込んだ拳は、衝撃が背後に抜ける事も無く全てが俺の腹の中に収まる。
「ぐふぉっ! 」
堪らず血と胃液を吐き出し崩れ落ちる俺の髪を掴むと、どこにそんなチカラがあるのかそのまま吊り上げ、口の端を歪めいびつに笑うコウイチは、俺を高々と持ち上げたままディアナに見せ付ける。
「お前の大事なこいつが何処まで耐えるか、特等席でじっくり見てなっ! 」
コウイチが光る指先を俺の顔に向けどこに穴を開けるか考え、まるで裏の神様にでも聞くかのように、あちらこちらに指を這わす。
「コウイチ……お前にこんなチカラあったか? お前は魔法じゃ無かったのか? 」
「灰色の、お前今の状況分かってんのか? お前の生殺与奪はオレ様に握られてるんだぞ。口に気を付けろっ! 」
コウイチの指先の光が俺の頬を切り裂く。
そうかコウイチの奴、俺が死なないって知らないのか? だとするとチャンスかも知れないな。
コウイチの隙を伺うように考えていた俺の右目に、ふとコウイチが気付く。
「ん? 何だこの目は? こんな綺麗で魔力の高い目玉お前には勿体無いな」
突然そんな事を言い、コウイチが俺の右目に指を突っ込んだ瞬間、俺の髪を掴み持ち上げていたコウイチが俺から弾き飛ばされた。
髪が数本持って行かれたがそれよりも、何が起きたんだ?
状況に付いて行けない俺の目の前に煙が現れ、銀髪をオールバックにした黒服の男、孤高の吸血鬼にして吸血鬼の始祖、吸血鬼の王リオスがゆっくりと現れた。
「少々魔力が高いだけのつまらん人間風情が、国落としのリオス・メルツェデス様に触れよう等と調子に乗るなっ! 」
リオスの滲むような怒声に弾き飛ばされたかの様にコウイチが転がっていく。
「灰色の不死者よ、お前も遊んでないで早く殺れ」
振り返ったリオスは凄惨な笑みを浮かべ俺にそう言い煙になって消えてしまった……
「助けてはくれない訳か……まぁリオスありがとう」
聞こえてるかは分から無いが小さく呟いた俺は背中の剣を構え、転がっているコウイチに向け色の無い世界に飛び込んだ。
懐に飛び込んだ俺はコウイチの胸から腹に掛けて袈裟斬りにしたのだが、切り裂く手応えが無く金色の鎧には傷一つ付いていない。
「なん……だと……」
「馬鹿か、お前が時間操作系ってのは知ってるんだよっ! 何しても斬れない鎧ぐらい着て来るさ」
どういう事だよそれ……斬れない鎧って何だ?
「物理攻撃無効ってやつだよ。」
「物理攻撃って何だ? 」
「……はいはい、いいよ知らなくて」
コウイチの奴に何だか小馬鹿にされた気もするが、物理攻撃無効だか何だか知らないが初代剣聖が言った
『重い剣を使い誰よりも速く振れば斬れぬ物は無し』
この言葉を信じるしか道は無い。
やるべき事は一つと自分に言い聞かせ、ディアナをチラリと見ると何か詠唱をしているのか口を動かし集中している。
「さて、コウイチ待たせたな」
「……何だお前? 急にどうした? 」
コウイチに声を掛け、色の無い世界に飛び込む俺はディアナの詠唱が完成するまでにどうにかしてコウイチを弱らせ無いと、と斬撃を繰り返す。
躱す事も守る事もしないコウイチに、どうやら物理攻撃とやらが斬撃だと気付いた俺は、殴ってみたのだがやはり殴るのも効かないようだ。
途方に暮れた俺が色の無い世界から出た瞬間に光の矢が肩を貫通していく……
「っつう……」
「馬鹿な奴だな。お前が俺を傷付けるのは無理なんだよっ! 」
まるで嬲るかのように光の矢で俺の体に次々と穴を開けてゆくコウイチは恍惚とした表情を浮かべ俺を見下している。
「さて、お前仲間が居たよな?豚メガネとか……」
見下しながらそう呟く無傷のままのコウイチはおもむろにディアナの足元に近寄り光の十字架を作り始めた。
が、その時ディアナを中心として光の線が現れたと思うと瞬きよりも早く魔方陣が現れ、芽が芽吹き若木になりコウイチを取り込むとそのまま大木へと成長していく。
あまりの光景に動けずにいる俺の目の前で、コウイチを取り込んだ大木は教会の天井を突き破り、巨大な樹になると次々と葉を繁らせ花を付けていく。
「……ディアナ……これ? 」
呆然としながらもディアナに声を掛け目をやると鼻血を垂らし息の荒いディアナが目に入って来た。
あれは魔力切れってやつか?
以前倒れたディアナを思い出した俺は迷う事もせず、自分の剣で腹を串刺しにする。
「がっ! 」
『契約に囚われし我等が同胞よ……』
前にも聞いたあの謎の声と、熱い気体とも液体とも分からない物が俺の体の中を駆け巡る。




