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2話

 くぐもった音が喉から出た気がした。

 真っ暗で何も見えず、呼吸すらも怪しい。

 鼻が潰れたのか喉が潰れたのか、口の奥が鉄分臭い。

 あれからどれ程時間が経ったのかは分からないが、少しばかり頭が働かない。

 手足に力を入れてみるも、動く気配も無く痛みどころか身体がそこにある感覚すら無い。


 首をひねり顔を横に向けてみると何だか目の前が霞んでいて、よくは分からないがどうやらうつ伏せで倒れているらしく、横を向く事によって少しばかり肩ごしの景色が見えた。


 どうやらちょっとずつ光に慣れて来たのか、霞んでいた視界が鮮明になり自分の肩は辛うじてくっ付いている事が確認出来た。

 真っ赤に染まった肩を眺め、何故痛く無いのだろうかと呑気な事を考えながら視線を森の奥にやると、緑色と茶色の間に不自然な白色が目に入った。


 木と木の間、真っ白い髪の薄青いローブの少女が俺の方を覗いていた。


「!#$%^&*」


 なにやら聞いた事の無い言葉を喋りながら小走りによって来て、すぐ横に座り込んだ。

 俺の顔を覗きこんだ少女は頷き小さく呟き出した。

 よくよく少女を見ると所々泥で汚れてはいるが、白く長い髪を丁寧に編み込みハーフアップにしてあり、胸鎧も細かな花柄の装飾があり薄青いローブも手触りの良さそうな見るからにお嬢様と言う身嗜みだ。


 少し垂れた青い目やシュッとした鼻筋そして恐ろしく白い肌。

 ……あーこんな綺麗な子が彼女なら幸せだろうなぁ……

 今の置かれている状況を無視して少女に見惚れていると、不意に少女の掌が輝き出し、全身を冬場の熱い風呂に飛び込んだ様な刺激と気持ち良さに包まれた。


 全身をくまなく巡った光と暖かさは、最後に心臓の上で猛烈な熱を持ち一連の不思議な現象は終わった。


 少女は息を吐くと俺に手を伸ばして来た。

 手を繋ぐ行為に照れがあったがとりあえず右手で少女の手を握り、左手で俺と一緒に落ちてきたであろう丁度良さそうな枝を杖がわりに立ち上がった。

 さっきまでの体調からは信じられない位に普通に立ち上がった俺は改めて少女にお礼を言う。

「ありがとう……何かは良く分からないけど本当助けてくれてありがとう。」

 目の前で首を傾げる少女を見てやはり言葉が伝わらない事を確認し、とりあえず微笑んでおいた。

 笑っておけばとりあえず大丈夫だろう。


 しかし今日はとんでもない一日だな。

 教習所の帰りにコンビニに行く予定が……買ったばかりの限定スニーカーも泥々だし……なんだよこれ……

 てか、そもそもうちの町に森もこんな綺麗な子も居ないんだけど……


 などと呑気に考えていたら、不思議なリズムで錆び付いた扉を開けている様な音が、森の奥の方から聞こえて来た。


 目の前の少女が何やら呟いたので森の奥に向けていた視線を少女に向けると、青褪めた顔をして震えている。


 あまりにも状況が見えない俺は、もう一度確認の為に音のする方に目をやると、緑色の肌をした鷲鼻の醜い生き物がそこにいた。

 赤錆色の剣を片手で持ちもう片手には兜を飾り紐で持ちぶら下げた胸ぐらいの身長の人間の様な生き物だ。


「あれって俗に言うゴブリンだよな……ゲームとかの……」

 俺の呟きが聞こえたのか、ゴブリンは一際大きな奇声を上げると俺達に向かって駆けて来た。


 横には震える少女、目の前には走り寄るゴブリン。

 震えている少女には、今しがた魔法的な何かで助けて貰ったばかりだ。


 片手の杖代わりにしている枝を構え気合いを入れ叫んだ。

「っああっ……修学旅行で買ってから毎日木刀振ってるんだ!ゴブリン風情に負けるかよ!」

 上段に構えた枝をすぐそこ迄来ているゴブリンの肩目掛け全力で振り下ろす。

 真っ直ぐ狙い通りに打ち込まれた枝はゴブリンの鎖骨辺りに当たり、そのまま当たり前の様にへし折れた。


 少しばかりよろめいたゴブリンだったが、怒気の篭った血走った眼で睨みながら剣を横に払った。

 運良くよろめいた拍子に剣の軌道から逃れたものの、武器も無く、震える少女も後ろに居る。


 振り返り少女の手を握り駆け出した。

 木の根だらけでぬかるみ苔が茂る大地をとにかく走る。


 少女の手を引っ張りながら走っていたが、突然右手に重さを感じなくなり振り返ると、木の根に足を取られた少女がちょうど転ける所だ。

 後ろからは相変わらず聞こえてくる金切り声、横には足をもつれさせた少女。

 はっきり言って体力の限界なんてものは当の昔に超えている。

 ただ、ここでうずくまっていてもゴブリンが追い付いて来るだけだし、多分だけど襲われる。


「ごめん」

 覚悟を決め、小さく呟き有無を言わさず少女を抱きかかえた。

 俗に言うお姫様抱っこって奴だ。


 鎧ってそんなに重く無いんだな……なんてぼんやり考えながら、そのまま口をパクパクさせている少女を抱え走り出した。


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