19話
嗤った途端そいつから先程まで感じていた暴風の様な気配が放たれる。
「な……なんなんですか……この人……この殺気」
戸惑うフォルスは足を震わせながらも気丈に斧を構えるが、傍目から見てもとても戦えるとは思えない。
俺も冷静を装いそいつの動きに対処しようと観察をしていたのだが、フォルスの呟きを聞きこの重圧が殺気だと認識してしまった為、動けなくなる。
「……フォルス駄目だ、俺には戦えない……」
そいつを刺激しない様に小さく小さく囁いたのだが、聞こえたのか
「お前達、この私から奪っておいてぬけぬけと戦えないだと?……ふざけるなよ!」
その声と共に一気に爆発した殺気を伴い切り掛かって来た。
約10歩分の距離を一足飛びに越え、俺の脇から首に切り上げてくる。
見逃すまいと見ていた俺は加速した思考の中、不恰好なバク転をする事で何とか避け、体勢を整え上段から切り掛かった。
俺の渾身の打ち下ろしをいとも簡単に躱したそいつは
「見切りは良いが剣は素人だな、そんな腕で私に喧嘩を売るとは余程死にたいらしい。」
俺では相手にもならないと、見下した感じで話掛けて来た。
悔しいが言われた通り相手にもならないだろう、フォルスに至っては最初の打ち込んで来たのでさえ見え無かった様だ……しかし話掛けてくれるなら、こちらとしては甘んじて受けるべきだろう。
「待って下さい、そもそも最初に威嚇して来たのは貴方じゃないですか……あたし達が何をしたと……」
「最初に威嚇?私の左腕を盗み出したのはお前達の仲間だろう、あの馬車の殿を子供にさせるとは見下げた奴等だなっ」
「あたしは子供じゃないっ!!」
ふむ、何と無く話が見えて来た。フォルスのお陰だな……
「あの、取り敢えず落ち着いて頂けると……」
二人から物凄く睨まれました……
「取り敢えず待って下さい、貴方は勘違いしている様ですが俺達はあの馬車とは何も関係が無いんです。だから……貴方に襲われる覚えが何一つ無い……んです……」
気合いを入れ話掛けたはいいが一向に殺気を抑えてくれない。と言うかこの人両腕生えてるし、左腕を奪うって何のことだよ。
「ほぅ、なら何故こんな辺鄙な所に居るんだ?大体……よくよく考えるとお前達が何であろうと、切り捨てあの馬車を追い掛ければ済む話だな。」
「いやいや!待って下さい。」
面倒になって来たのかそいつは話を切り上げ様とするが、死なないかも知れない俺は置いておくとしてもフォルスは間違い無く殺されてしまう。
難しい顔をして俺を見ているフォルスに小さく微笑んでから
「っく、言いたい事は分かりました。貴方は俺達を切り捨て一刻も早く馬車を追いたい、俺達はこんな意味の分から無い事で死にたく無い。」
そいつは剣を腰に差し腕組みして俺を見ている。
「だから俺達が馬車を止めるから、貴方はゆっくりと奪われた物を取り返せばいい。」
それだけ言うと俺はフォルスとカール君を抱え全力で駆け出した。
初速からフォルスに言われた人外の速度でそいつから離れる。
フォルスとカール君の悲鳴が俺の両耳を叩くがそんな事で止まる訳にはいかない、あいつは全く見え無い距離から、いきなり俺の背後に来る事が出来る化け物だ。
多分、足を緩めると追い付かれバッサリ斬り捨てられる筈。
一人と一匹の悲鳴も、バチバチと顔を叩く赤いポニーテールにも負けず只々無心に全力で走る。
息が切れ脇腹が痛み足が絡れ出した頃、漸く見えて来た最後尾の馬車に飛び込んだ。
何故だか止まっていた馬車に飛び込んだ俺は、フォルスとカール君を放り投げそのまま倒れ込み大きく息を吸う。
「っっっ……クロさん流石に怒りますよ!」
大きな衝突音と悲鳴のした方に顔を向けると、一台前の馬車から怒気の篭った顔のフォルスが怒鳴って来たが、それよりも聞こえて来た声に鳥肌が立った。
「なかなか面白い能力を持っている、身体能力強化の速度重視型か。使い方次第では重宝しそうな能力だな、私が追い付けないとはなかなかのものだ。」
そいつは静かに現れ、息を切らす訳でも無くそう呟き俺を一瞥すると三台の馬車に目をやり
「確かにこの荷馬車で間違いないな、しかし何故止まっている?」
そいつは俺から離れると悠々と一台目の馬車の方に歩いて行く。
それを確認した俺は倒れたまま大きく伸びをし、そろりと近付いて来たフォルスに話し掛けた。
「なぁ、今のうちに逃げたら駄目かなぁ?」




