11話
右肘からは血の雨、脇腹も抉られ身を守るのには左手にある薄っすら錆た剣しかなく、背後からは火の手が上がり、目の前には次はどこを喰おうかと狙う狼。
何だか不思議と痛みは薄れたが、血を出し過ぎなのか目の前が揺れて白っぽく見える。
「絶体絶命って奴かな……フォルスのあの斧なら勝てそうだけど……来過ぎたかな……」
現状、林のかなり深くまで来ている以上助けを求めるのは現実味がなさ過ぎる、ここは左手一本で頑張るしか無いか。と覚悟を決めたのを見測ったかの様なタイミングで狼が飛びかかって来た。
覚悟を決めたからなのかしっかりと見たからなのかは分から無いが、狼が左側の首元に飛び込んで来るのが見える。
見えるなら対処は出来る筈だと、飛び込んで来る狼の腹部に剣を走らす。
とても自分の不器用な左手には出せ無いであろう速度でまるで止まって動かない様な狼の腹を斬り裂いた。
時間が戻って来たかの様に狼は、俺の頭上に雨を降らせながらかなり背後に落ちた。
腹を裂かれ足元も覚束無い狼だが目の前の獲物を諦められ無いのか、俺を見て唸って来る。
俺も余り時間の余裕が無く、狼の向こうの火の手はもう大火と言っても良いぐらいに成長している。
「ごめん……」
小さく本当に小さく呟き狼に走りかけるが、ほんの瞬き一つの間に毛の一本一本が判断出来る所まで来た俺はその速度を殺さぬ様、剣速を加速させる為無い筈の右手で刃を包み、溜めを作ると狼の首目掛けて横薙ぎを一閃した。
ある筈の無い右手の痛みと飛ぶ指よりも、落ちて行く狼の首に視線を奪われた。
倒れる胴体から吹き出る赤い雨、肉を飛ばした感触。
迫り来る大火を視線に入れることも無く、俺はこの記憶になって初めて涙を流した、嘔吐した。
ひとしきり吐き、踞ったままの俺は剣を握った左手では無く右手で口を拭う。
まだ激しく打ち付ける鼓動は治まらないがそれなりに頭は冴えて来たが、新しい問題が一つ、喰われた筈の右手と切り飛ばした筈の五指が俺の腕に生えている事……それに抉られた脇腹もいつも通りの肌……
「記憶には無いけど……人間の身体ってこんな便利機能は無かったと思うけどなぁ……後で聞いてみるか、それよりも」
チリチリと肌を焼く大火をまじまじと見ては見るものの、どうにか出来る訳も無くとにかく河の水を汲みに行くかと立ち上がると何やら河の方から地響きが聞こえて来た。
とてつもなく嫌な予感がし、逃げ様と思いはしたが目の前からの地響き、背中は大火……横しか無いと走り出そうとした瞬間、赤い髪が飛び出して来た。
フォルスは目が合うと
「説明は後、下僕さん早く!付いて来て!」
焦った様に叫ぶと来た方向に飛び込んで行く、躊躇している間に地響きはどんどん大きくなり足元も覚束無くなって来たので、考えてるのは止めてフォルスの消えた方向に飛び込んだ。
その数瞬後、俺の居た場所に大量の水が流れ込んで来た。
背中に感じた水の気配に命の危険を感じつつ、追い付いたフォルスの手を掴み更に加速しひたすら逃げる。
大量の水は大火を消し去り林を薙ぎ倒し、遂に方向性を失い氾濫するかと思われたがそのまま地面に吸い込まれるかの様に消えた。
充分過ぎるほど逃げた俺達は息を切らし地面にへたり込んだ。
「ふぅ……ありがとう、何とか逃げられたね。ところでディアナは何処に居るの?」
何となく無事な気はしてはいるがフォルスに聞いてみると、
「ディアナさんは無事ですよ、と言うかこれディアナさんの魔法です。いきなりクロが危ないとか言い出して……こんな規模の大きい魔法初めて見ました。いやー仲が良いんですね下僕さん」
とんでもない事を聞いてしまった……
どうやらディアナに殺されかけていたらしい……
何でフォルスはこんなに呑気になのか、とにかく合流して怒っておかねば。
ズボンを叩き立ち上がるとフォルスに手を差し出し
「とりあえず合流しようか。それと下僕さんはちょっと……クロって呼んでくれるかな?」
手を取り立ち上がったフォルスは俺の顔をじっくりと見て
「じゃあクロさんで、ところでクロさんとんでもなく足が速いけどそれが能力なんですか?」
背は低いが整った顔に見とれているととんでもない事を聞かれた。




