1話
真夏のゆだる様な午後
目も眩む様なギラギラとした太陽の光
不快指数を否応無しに上昇させる蝉の声
だがここは天国だ。
外気から切り離され、エアコンの効いた教室の中。
今しがた山盛りメンチカツ定食を食ったばかりの俺に、睡魔が群れをなしてやってくる。
唐突に思うが、シエスタを日本も導入するべきだと思う、俺が総理大臣になったら、すぐにでも採用するんだがなぁ……
「……で、ってそこの寝てる奴等ハンコ押さないぞ!」
俺の眠りを邪魔するのは、この自動車教習所の教官。
体格の良い禿げ上がったおっさんだ。
何でも最近お見合いをしたらしいが、まぁあのおっさんの事だし駄目だったんだろう。
きっといつもみたいに、訳の分からない事を延々と喋ったに違いない。
あぁ……おっさんの明るい家族計画を考えていたら、また瞼が落ちて来た。
眠いが、教習終了のハンコを貰わなくては来た意味がない……
起きてるフリをしておこう。
「で、続きだが衝撃は速度の二乗だから、取り敢えずスピードを出した状態で突っ込むと死ぬ確率が倍って事だ。」
……遠くの方で何か言ってるがもう駄目だな、頭に入る気配すらない。
「……じゃあそろそろ今日の所は終わりだな。
取り敢えず寝てた奴等はハンコ無しでもう一回だ、以上。」
やれやれ結局寝てたみたいだ。
何だか文句も所々上がっているが、ザ・日本人な俺は空気を読んで静かに教室を出た。
と言うか、すぐさま教官に追い出されてしまった。
至福の時間の終了である。
受付のお姉さんに愛想良く挨拶し自動ドアを潜ると、むわっとした空気が途端に襲って来た。
じっとりと汗が出て来るのを不快に思いながら、少し離れた場所にある駐輪所まで歩くとしよう。
「蝉、煩いな」
暑さで思わず呟き、学校指定のワイシャツの袖を肩口まで捲り上げながら黒々としたアスファルトに一歩踏み出した。
途端、階段がもう無いのに気付かないで踏み込んだ時の様な気持ち悪さに襲われた。
「えっ」
エレベーターの止まる瞬間の様な一瞬の浮遊感の後、唐突に引っ張られる感覚と吹き付ける空気の塊が身体を襲った。
目が開けられ無い、息も出来無い状況で唯一出来る事と、顔を僅かに横に向ける。
少し、ほんの少し緩くなった顔に当たる風に甘え、大きく息を吸い込み薄目を開けた。
視界に映るのは只々緑色
大きく目を開け横目がちに見る景色は視界いっぱい濃淡に彩られた緑色
身体に叩きつける風と共にどんどんと近付いて来る緑色
いや……木の葉だろうか
木の葉だ
「や……ばい……」
引き攣った様な声が出た気がした
俺の身体は一欠片の覚悟を決める事無く大木の群れに突っ込んで行った。
喉が張り裂けんばかりの悲鳴を発してる気がする。
ただ鼓膜を叩く衝撃は、枝に体を打つ音、葉が擦れる音。
自分の喉から出てくる音など一欠片も耳には届かない。
只のごくごく普通の高校生の俺が嵐の様に打ち付ける枝葉を空中で避けるなど出来る訳も無く、学校指定のワイシャツやスラックスは千切れ破れ
勿論、中の身体が無事な筈もなく枝葉の群れの中に赤い線を数十本と引きながら、漸く見えて来た湿り気のある、木の根があちこちから顔を出した大地に吸い込まれて行った。