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Re プロポーズ  作者: 有世けい
3/4

予感が走る金曜日






彼はその後も出社しなかった。


社内で人気のある彼の姿がないことに、あちらこちらで残念がる声を聞いた。

中には本気で彼に想いを寄せている女性社員もいたらしいが、それを知ったところで私にはどう反応したらいいのか分からず、ただ聞き流すしかなかった。


けれど、やはりおもしろくはない。


私の受け持っている仕事が一段落ついていることもあってか、どうも今週は仕事以外のことが頭の中に入り込み過ぎている気がする。



・・・・・・いや、あんなプロポーズもどきをされたら誰だってそうなるはず。



私はこんなにも頭の中を引っ掻き回している彼に日ごと苛立ちを募らせていた。



今日は金曜日。


明日で彼のプロポーズもどきからちょうど一週間だ。

なのに未だに連絡をよこさないなんて、いったいどういう神経をしているのだろう。


あのとき彼は、『返事はすぐじゃなくていいから・・・』と言った。

けれどそれにしたって、プロポーズした相手をこんなにも放置するものだろうか?


私は毎日あのダイヤの指輪をネックレスに通し、それを身につけて仕事しているというのに。

考えれば考えるほど、彼が分からなくなっていった。



そしてあのプロポーズもどきも、彼が本気だったのかさえ、疑ってしまいそうだった。




※※※※※




夕刻になり、手が空いた私は気分転換のためにリフレッシュルームに来ていた。

ここは社員のために設けられた場所で、自動販売機がすべて無料になっているのだ。

タイミング次第では混雑することもあるのだが、今日は私以外誰もいなかった。


私はホットコーヒーを選び、窓際の椅子に腰かけた。

そして手持無沙汰解消にスマホを取り出した。

なんとなく開いたのは、月曜の朝に受信した、彼からのメールだった。

あのプロポーズもどきの後、彼から届いた唯一のメールだ。


タイトルは、私が送ったものにRe:を付けたもの。


そういえば、以前、この ”Re” について彼から教えられたことがあった。


私も海外留学の経験があったし、日常会話程度なら問題ないと思うが、このメールのタイトルに付く ”Re” を、ずっと勘違いしていたのだ。


海外の教育を受けていた彼によると、この ”Re” はラテン語由来のもので、”~について” ”~に関して” の意味らしい。


てっきり ”Response(返答、応答)” ”Reply(返事をする、答える)” の略だと思っていた私が


『でも、”再~” とか ”~し直す” って意味もあるんじゃないの?』


と尋ねると、彼は、


『それも間違いじゃないけどな。でもメールのタイトルに付くのは ”~について” って意味だよ』


もう一度、そう言ったのだった。


そのときは、へえ、そうなんだ・・・くらいにしか思わなかったけれど、今この返信タイトルの ”Re:” を見ていたら、なんだかまたムカついてきた。


自分勝手にプロポーズしておきながら、私のResponseは要らないんですかね・・・・・。



だんだんとムカムカが侵食してくる。


私は片手に持っていたコーヒーをトンッと音たててテーブルに置くと、ほとんど発作的にスマホを操作していた。


無題で、たった一言のみのメールを作成する。


”Re プロポーズ” と。



彼がこのメールをどう受け取るかは分からないけれど、少しくらいは私の今の心境が伝わるだろう。

伊達に友人関係を続けているわけじゃないのだから。



さて、彼はどう出てくるか。



一人きりのリフレッシュルームで、私は送信完了のメッセージを眺めながら、些細な意趣返しをした気分になっていた。




※※※※※




それからコーヒーを飲み干した私は、自分のデスクに戻った。



・・・・・が、なんだか周りの雰囲気が微妙におかしい。


周りというよりも、周りの人間と言った方が正しいだろう。


隣近所の席の同僚だけでなく、島が違う一般事務の派遣社員までもが、ちらちらとこちらを伺い見るような態度なのだ。



「・・・・・・ねえ、なにかあったの?」


隣の席の同僚に尋ねたが、「さあ・・・?」と首を傾げられてしまう。


妙な居心地の悪さを感じていると、デスクの電話で話し中だった上司が「松阪!」と私を呼んだ。



「なんでしょう?」


返事とともに上司のデスクに駆け寄ろうとした私だったが、


「ああ、そのままでいい。今日この後何か予定あるか?」


そう言われたので、自分のデスクから答えた。


「いえ、特にありませんけど」


「じゃあ悪いが定時であがって、ちょっと寄ってもらいたい場所があるんだが・・・」


「構いませんよ。どちらですか?」


私が問うと、上司はデスクのメモを持ち上げて、わざとらしく読み上げた。


「駅の・・・一階、中央コンコースのクリスマスツリーの正面、西側だそうだ」


「・・・・・・はい?」


「だから、駅の、一階の、中央・・」


「いえ、そうではなくて。なぜそんなところに行く必要が?」


私が再度問いかけようとしたところで、


「いいからお前はそこに行けばいいんだよ!」


と、向かいの席の先輩から声が飛んできた。

上司の席と私の席で会話していたので、その内容は室内の人間には丸聞こえだったのだ。


「でもそこに行ってどうすればいいんですか?」


私は困惑を隠しきれずに先輩と上司を交互に見た。

すると少し離れた席にいた友人が「行ってみたら分かるから大丈夫よ」と笑った。


「ほら、言ってる間に定時になるぞ。ちゃちゃっと後片付けして早く出ろ」


上司のセリフにまったく納得できないままだったが、手で追いやるように急かされて、仕方なく私は帰り支度をはじめた。



途中、派遣社員の女の子が、


「松阪さん、頑張ってくださいね!」


なんて満面の笑みで言ってきたりして、本当にわけが分からない。


体育会系の人間が多い社内でもこの部署は比較的おっとりというか、語弊があるかもしれないがどこかアットホームな雰囲気もあり、仕事はとてもしやすい。


けれどおかしなところでおかしな団結力を見せることがあり、今がまさしくそれだなと、私はこの意味不明な展開を不本意ながら受け入れることにした。



・・・・でも本当のところは、心のどこかで、ちょっと予感めいたものがあったのかもしれない。




逸る想いを宥めながら、私は駅までを急いだ。



通りの街路樹のイルミネーションも、今日は一目すらしなかった。



シャンパンゴールドの煌めきの中、私はただ駅へと急いだのだった。










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