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Re プロポーズ  作者: 有世けい
2/4

なにかが違う水曜日






この指輪を返してプロポーズのやり直しを要求してやる。


そう決めたものの、当のプロポーズ言い逃げ犯は週明け以降、会社に姿を見せなかった。


私達が勤めるのは総合商社で、彼や私が所属するのは生活系、食品や繊維を扱う部門である。

そこは企画、リサーチだけでなく、商談や視察で海外出張なんて日常茶飯事だった。


特に彼は帰国子女で外国語が堪能だったことから、時には自分の担当外でも助っ人で加わることがあった。

総合商社に勤務するくらいだから、そこそこの語学力は皆持っているのだが、微妙なニュアンスに注意した方がいいケースなどは、彼のようなネイティブに近くて何か国語も話せる人間が重宝されるのだ。


そして一昨日の休日出勤も、その助っ人仕事だったようだ。


なんでもドイツの小さな工場と取引をするのに、むこうの責任者がわざわざ来日したようで、ドイツ語も堪能な彼はこの契約を間違いのないものにするため、その責任者のお相手を頼まれたらしい。


お相手といってもそれはもちろん仕事で、実際に取引した場合に商品が並ぶ小売店やその会社を案内するのに、英語よりもドイツ語通訳の方が好印象だと担当者が判断したのだろう。

あちらはホリデーシーズン前に仕事を終わらせたいと、若干急いでいるようだとの噂も聞こえてきていた。


まあ、彼が優秀な人材だということは分かっていたけれど・・・・・


私としては、あんなプロポーズもどきをされて、しかもそれを宙ぶらりん状態のまま放置され続けていることに、”ムカつき” を通り越してなんだか惨めな気もしてきた。



そんな水曜日。


彼から指輪を渡されて四日が過ぎていた。



「生駒さん、今日も外勤かなあ・・・」


「最近見てないよね」


「来年ヨーロッパに行っちゃうって噂もあるのに・・・」


「やっぱりそうなの?」


「ていうか、海外赴任になるの遅すぎなくらいじゃないの?」


「生駒さんほど仕事ができると、本社が離したがらないのかもよ」


「ふうん。じゃ、あの噂も本当かな?」


「どの噂よ?」


「ほら、海外赴任になる前に結婚―――――」




「おはよう。なんの話してるの?」



出勤途中、目の前を歩く派遣社員のおしゃべりに耳を傾けていた私は、彼女達の肩をぽんぽんと叩きながら声をかけた。



「あ、松阪さん、おはようございます」


「おはようございます」


二人は驚いたように振り返ったが、すぐにこやかに挨拶をくれたので、私も笑顔で返した。


「おはよう。ねえ、今生駒くんの話してなかった?」


私は話の種としてそう尋ねただけだったのに、彼女達は途端にばつが悪そうに視線を彷徨わせた。


「あー・・・・・いえ、別に・・・・」


「あ!ほら、生駒さんって今助っ人で忙しいじゃないですか。イケメンで仕事もできて、すごいなあーって話してたんです」


うちの会社は社員と派遣さんの関係も良好で、この二人もよく働いてくれるし、オフの日にランチしたり買い物したりする仲なのだが、その二人がまるで隠し事をするように言葉を濁すのが、なんだか解せない。


私が訝しい顔をしていたのだろう、彼女達が慌てるように、


「そんなことより、土曜日、朝食ビュッフェに行ったんですよね?」


「あ、どうでした?新しいメニューありました?」


そんな、あからさまな話題転換をしてくる。


私は誤魔化された感いっぱいだったが、こんな道端で追及するものでもないかと、彼女達のわざとらしい話題転換に付き合うことにしたのだった。





※※※※※





「そういえば今日も生駒くん来てなかったわね」



少し残業して、すっかり暗くなった道を同期の友人と駅まで歩いていると、そんなことを言われた。


「今週は一度も出社してないんじゃない?」


私が返すと、友人は落ちかけたストールを巻き直しながら、


「仲良しの生駒くんに会えなくて、寂しいんじゃない?」


からかいまじりに訊いてきた。

この友人は日頃から私と彼の関係を揶揄するようなところがあったのだ。

もちろん、悪気があるわけじゃなくて、ノリというか、”お約束” みたいな感じだったのだけど。


「なによそれ。仲良いって言ってもそんなんじゃ・・・・・」


私は友人のからかいにはいつも全力で否定していたのだが、今となってはそれもなんだか気が引ける。


そんな状況を作り出した張本人も彼なのに。


私は釈然としない思いを抱きながらも、友人に気付かれないようにやや控えめに否定した。


すると友人は意味ありげにふふっと笑い、「でも―――――――」と何か言いかけたのだが、車道の向こうに視線を流した後、いきなり立ち止まった。



「あら・・・?あれ、生駒くんじゃない?」


友人につられて私もそちらを見ると、デパートから出てきたと思しき彼が立っていた。

両手にピンクやオレンジ色の、たくさんのショップバッグを持ちながら。


「あんなとこで何してるのかしらね。呼んでみる?」


友人が彼に向かって大きく手を振ろうとしたそのとき、彼が私達とは反対の方を向いた。

そしてそんな彼に小走りで駆け寄る人物がいたのだ。


デパートの出入り口から出てきたのは、長身の彼にも負けないほどすらりと背が高くて、モデルのようにスタイルのいい、女の人だった。


遠目にも分かるブロンドで、だからきっと、今彼が助っ人してるドイツ関係の仕事相手なのだとは思う。

けれど、彼が持っていたショップバッグはどれも化粧品や女性ものを取り扱っているショップばかりで、きっと、そのブロンドの女性の荷物を持ってあげているのだろう。



・・・・・・・・・なんだかおもしろくない。



あんなプロポーズもどきをしておいて、メールのひとつもよこさないくせに、いくら仕事の一環とはいえ、自分は他の女性とショッピングして荷物持ちまでしてあげて・・・・・


私はぷいっと横向くと、友人の腕を引っ張って駅とは逆の方向に歩き出した。


「え?ちょ・・・どこ行くのよ?」


「なんだかムカムカしてきたから、飲むの付き合って!奢るから!」


そして終電ぎりぎりまで、友人と女二人の即席忘年会となったのだった。









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