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夏休み

吾輩は猫である。

作者: 石平

 吾輩は猫である。名前はもうある。虎徹(こてつ)という。


 皆さんは”猫又(ねこまた)”というものをご存じであろうか?長生きした猫はやがて人語を解し、不思議な能力に目覚め、しっぽが二股にわかれるというものである。実はこれは半分正解で半分不正解なのだ。長生きした猫が猫又になるのではない。猫又となった猫が長生きをするのである。


 わたしは、第36代猫又として、先代猫又の意志を後世へと伝えるべくこれを記す。




 ふむ……、とはいえどこから語ればいいのやら……、やはり出会いからであろうか、少し長くなるがお付き合い願いたい。








***








 あれと初めて会ったのはわたしがもうすぐ2歳の誕生日を迎えようという頃、梅雨が明けたばかり時節であったと記憶している。場所は富士山の北西に位置する森の中。富士の猫寺と言えば知らない者はいないだろう。


 そこでは私は少々場違いな身であった。富士の猫寺といえばこの国の猫を統べるべく、全国各地の名家に産まれた猫が学ぶところである。(その長が猫又となる!)


ところでわたしには苗字がない。苗字を持つことは名家出身の証。過去35代さかのぼっても苗字のない猫が猫又となったことはないであろう。先々代の改革の一環である「家格に依らず能力の高い猫の入寺を許可しよう」の初めての入寺猫がわたしである。われながら驚きである!


 そういう意味で私は有名人であったのだが、もう一匹、入寺前から噂になっている猫がいた。それこそが先代猫又、四条勇音(しじょういさね)である。真っ白な髪を肩のあたりで切りそろえており、見てくれはかわいらしいのに、まとう空気は凛としており近寄り難い印象を覚えた記憶がある。入試では算学から人語学、古楽に至るまでほぼすべての科目で満点という噂であった。(対してわたしは、化け学と薬学の才のみで合格したと言っても過言ではないであろう。)




「美しい……。」




思わず声に出てしまった、という風に見えるそのときわたしの隣に座っていたオスが後にわたしの親友であり右腕となる猫、百地矢伏(ももちやぶせ)である。由緒正しき伊賀の忍猫御三家の出である。




 「む……これは大変失礼したでござる。拙者は百地矢伏と申す。貴殿の名を伺ってもよろしいだろうか。」




 「わたしは虎徹と言います。苗字はありません。」




 「あ……では貴殿があの……。」




 「はい、おそらくその猫でしょう。どうぞよろしくお願いします。しかして確かにあれはなかなかに美しい猫ですね。なんという猫なのですか?」




 「そうか、ご存じないのでござるな。あのお方は山城国(やましろのくに)の四条勇音さまでいらっしゃいます。過去に猫又を3匹も輩出しておられる名門一家でござる。」




 「ああ、その名前なら聞いたことがある。でもたしか四条家と言えば美しい虎柄で有名ではなかったか……?」寺にいる間は人間の姿に化けることが義務つけられているのだが、我々猫は髪の毛だけはなぜか化けられない。




 「うむ、その通りでござる。貴女は生まれつき体の色が白くなってしまう病気、という噂です。それにしても、今年の話題はあなたとあの方でもちきりでござるよ。寺が開かれて以来、初の苗字を持たない猫と初の雌猫。」








***








 ---暑い……、溶ける……。




 無事1学期が過ぎ、夏休みとなった。夏休みと言っても人間の子供のように帰省はしない。というかできない。私の実家は石見国(いわみのくに)にあるが、帰るとなると二か月以上かかってしまう。(猫の2か月を人間の感覚に直すとざっと1年間である。青春時代の1年間を移動に使うなど馬鹿げている!)


 ということで、富士の猫寺に通う猫を輩出するような家はだいたい森の中に別荘を持っているのだがそう、わたしには無論そんなものないのである。ということで私は百地の別荘へお邪魔になることになったのだが、まあ正直言ってあまり歓迎はされなかった。


 なぜならもともと夏休みというのは子供をつくるために用意された時間だからである。有り体に言えば、夏休みとは前途有望なオスのもとへメスが“私を妻に”と通うための時間なのだ。当然百地家となればたくさんのメスが訪れるわけであるが、矢伏が家に入れたのは私のみ。歓迎されないのも当然である。


 矢伏が誰一人相手にしなかった理由は簡単。彼が勇音に一目ぼれしていたからである。(彼の名誉のために言おう。彼はネコでもタチでもない!)


 ではせっかくなので勇音を訪ねてみよう、というのは当然の成り行きであるが、どうしてか、彼女は面会謝絶であった。(何度か訪ねたが出てくるのはいつも使いの婆猫ばばあねこであった!)












 で今である。変化の得意なわたしと忍猫がいるのである。屋敷へ忍び込むのはたやすい。少々の危険を難なく越えながら彼女のものと思しき部屋の前に来たはいいが、そこから先へは結界が張られていてどうも進めないようなのである。




 で、これは何か秘密があるに違いない、せっかくここまで来たんだし、ということで庭の石ころに変化して小一時間が過ぎたところである。ここが富士の森の中でよかった。直射日光を浴びながら石に変化するなど、いくら化けるのが得意とは言え、なかなかしんどかったであろう。




 そろそろ諦めて帰ろうとしたときである。ばんっ、と突然勢いよく、障子が開かれた。




 「おい、そこの石ころ二匹。お前たちには猫に産まれた誇りがないのか。狐や狸じゃあるまいし、石ころなんぞに化けるでない。」




 そこにはこちらを見下す一匹の猫がいた。体調がすぐれないのだろうか、顔色は良くないのに態度は相変わらず毅然としており、彼女のまわりだけすこし気温が下がっているようにさえ見える。


 ぽんっ、という音とともに、矢伏の変化が解けた。




 「ふふふ、よく頑張った方じゃ。四条家の庭で1時間も変化し続けるなんて。やるじゃないか石ころども。」




 「大変なご無礼をお許しください!つい出来心だったのでござる。申し訳ありませんでした!」




 「ほら、そっちの石ころも変化を解きなさい。ほめてやるぞ。」




 ぽんっ




 「……ありがとうございます、お嬢様。しかしあなた体調は大丈夫か?大分顔色がよくないぞ。」




 「む……さっき昼食をいただいてからあまりよくはないが……、まあお前ごときの心配するところではない。で何の用だ。こんな明るい内から夜這いというわけでもあるまい。」




 「ふむ。そういうことでしたらあながち間違っちゃいない。こっちのオスがあなたに一目ぼれなんだそうだ。」




 「そうであったか。だがしかし、そういうことならお引き取り願おう。私には許婚がいる。」




 そう言い部屋の中へと踵を返したときであった。




 「!!お待ちください!その首の後ろ!」




 「ん?首の後ろがどうした?何かついておるか?」




 「鏡でご覧ください。その模様……。伊賀に伝わる毒に侵された証でござる。さっき聞こえた会話はこれだったのか……。他のメスが貴女に優秀なオスを獲られることを恐れて、毒を盛ったようです。いますぐに何とかせねば……。」




 「さっき聞いた会話とは?」




 「われわれ忍猫は五感がふつうの猫よりもすぐれているのでござるよ。石ころに化けて少し経ってから物騒な会話が聞こえてきたでござる。」




 「なんで毒なんか……。まあでもよかった。伊賀の毒ならば矢伏なら解毒方法を知っておるのだろう?」




 「いえ……それが……、これは確かに伊賀の毒ですが、細かい成分までは拙者にはわかりませぬ。我々上忍御三家は各家が独自の毒を調合しているでござるよ。」




 「……まずいのか?」




 「うむ……、相当おつらいはずだ……。」矢伏が真剣なまなざしで勇音を見る。




 「相当無理をなさっているのでござろう。忍猫以外が使ったのであれば量も適当であった可能性もある。四条殿、すぐにあたりを捜索するようにご命令なさい!しかしなぜ貴女のような御身分で毒見役の一匹もつけておられないのでござるか……。」




 「…………、実はわたしはこの家では少々肩身が狭くてな……、この屋敷に今わたくしが使える猫は一匹もおらぬのじゃ……。」




 「な……それでは……、毒の種類がわからねばどうにも……」




 「まあわからないんじゃしょうがない、とりあえず胃の中を洗おう。」




 「胃の中を洗うじゃと??食ったものを吐けということか?それは出来ん。一度食べたものを吐き戻すなどお行儀が悪いではないか。」




 「ばかかあなたは。死ぬか生きるかの時に行儀がどうこう言っている場合か。ただ吐くだけではだめだ。吐いたものが透明になるまで、水を飲んで吐いてを繰り返すのだ。」




 「そんなはしたのないこと……。」




 「いいからやるのだ。まだ死にたくはないだろう。それと毒の種類がわからないのではしょうがない。活性炭を使って解毒しよう。さっき紙巻たばこがたくさんおいてある部屋があったな。フィルターに活性炭が使われているはずだ。矢伏、ちょっと盗ってきてくれ。」




 「御意。」








***








 すー、すー、すー。




 「はははは、寝顔はなかなかかわいいな。」




 「寝顔“も”でござるよ。やはり、お休みになられたら結界は消えたでござるな。」




 「ああ、まさか妖術が使えるとはな……。さすがは四条家といったところか。」




 「うむ、驚きでござる。」




 「あのあとざっとまわりを調べた限りでは犯猫は見当たらなかったのだな?」




 「うむ。がしかし一つ重大な証拠を掴んだでござる。これを見てくだされ。」




 「なんだ?これは。」




 「これはわれわれ忍猫が匂い消しに使う筒でござる。こんなものを残すとは、やはり犯猫は素猫しろうとで間違いないでござろう。貴殿は貴女から何か手がかりになりそうなことは聞き出せたでござるか?」




 「まず、舌のしびれ。そして、いつもよりご飯が苦く感じたそうだ。」




 「苦味に舌のしびれ……まさかトリカブトでござるか!?」




 「ああ、正確にはトリカブトのアコニチンという成分だろうな。何か思い当たることはあるか?」




 「うむ、トリカブトを使うことが許されているのは伊賀忍の中では服部家だけでござる。トリカブトでござるか……。使ったのが素猫で良かった……。」




 「そうだな……。まあ夜も深くなってきたし、とりあえず犯猫探しは日が昇ってからにするとしよう。見張りは一刻半ずつでいいな?」




 「御意。」








***








 ふう……いやはやしかして!まとまった文字を認めるのは意外と疲れるな。ここらで一旦筆を置くことにする。続きはまた今度としよう。南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏、ありがたいありがたい。

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