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5

「............もう大丈夫」


 少女が泣き出してからその後、俺はどうすることも出来ずにオロオロするしかなかったが、漸く少女が泣きやみ顔を上げた。


 その目元は腫れ上がっており、頬にも涙の跡があるが、もう涙は流れていなかった。


「......ホントに大丈夫か?なんか気に触ったなら謝るけど......」


 ーーフルフル


 を首を振る。


「なら......なんで泣き出したんだ......?」


「.....................」


 沈黙が降りた。


 なにか嫌なことでも思い出したか?ならやっぱ謝っとかなきゃだよな......。


「............初めて、だったから」


 意を決して口を開こうとしたら、少女が先手を取った。


「初めて?」


「......ん」


 なんのことだ?


「..................初めて、誰かが私の為に怒ってくれたから」


「..............................はぁ?」


 じゃあなんだ、こいつは、目の前この少女は、誰かに庇われたことが無いってのか......?


 ...............なんだそれ。


「ーーふざけんなよ?」


 思わず口から悪態が零れた。


 ビクッと少女の身体が跳ねる。


 どうやら今の悪態は自分に向けられたものだと勘違いしたらいい。


「ああ、すまん。お前に言ったんじゃない。お前の周りにいたヤツらに言ったんだ。だから怖がんな」


 少女の話を聞いて分かっていたつもりだったが、この少女の周りには、少女を害する存在しか居なかったんだな。


「......そう。私は生まれて直ぐに祠に入れられて生きてきた。なにか悪いことが起きたら私のせい、それが当たり前で、私はもう諦めてた。誰も私を助けてはくれないって、分かってたから。どれだけ助けてって言っても、誰も助けてくれない。だから、だか、ら......」


 少女の言葉がだんだんと嗚咽となって零れていく。その瞳は潤み始め、目尻には涙が溜まってきていた。


 少女の口から続きを聞くことは出来なかったが、なにか言いたかったのか、なんとなくだが想像は出来た。


 ーーああ、簡単な事だ。少女は、目の前で泣いているこの少女は、優しさを知らなかった。人との触れ合いで垣間見る温もりに、触れることが出来なかった。普通は親や近しい人から貰える「温もり(ソレ)」を、少女は知らずに生きてしまった。


 だから、温もり(ソレ)に初めて触れて、きっと喜んだ。喜んで、悲しんだ。どうして今まで知らなかったのか、どうして今まで与えられなかったのか。もし温もり(ソレ)があれば、こんな事にはならなかったかもしれなかったのに......。


 泣いている少女、彼女に俺は何を与えてやれるだろうか......?


 考えた末、俺はーー


 ギュッ


 俺は少女を抱き締めた。


 言葉の温もりはもう知っている。だから、次はヒトと触れ合う温もりを知ってもらいたかった。


 少女が泣き止むまでずっと、その細い肢体を抱き締め続けた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 どのくらい経ったのか、少女の身体の震えは収まり、まだ涙に濡れる瞳でこちらを上目遣いに見上げてきた。


「......ねぇ」


「んー?なんだ?」


「............おまえの事、聞かせて欲しい」


 唐突にそんな事を言ってきた。


「?俺の事か?......いいぞ、何が聞きたい?」


 自分の過去を話すのは少し躊躇われたが、少女が話してくれたのだ。こちらも腹を割って話そう。


「......全部。......おまえの全部を教えて欲しい」


「......わかった。そうだな、何から話すか......」


 そして、俺は過去を回想しながら話し始めた。


「まず俺はな、ーー」


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「おい、スキエンティアッ!!」


 下界(した)を見下ろしていると、転生神のレニーがなぜだか怒りを顕にして、こちらに向かってきた。


「どうしたんですか、レニー?そんなに慌てて」


「どうしたもこうしたもないっ!!これを見ろっ!!」


 そう言って、レニーが何枚かの紙を渡してきた


「?なんですか?これ」


「見ればわかるっ!いいから読め!」


 こちらの疑問にはまったく取り合わず、中を見るように促してくる。


「なんなんですか、もう......」


 少しばかり拗ねながら、渡された紙を見る。


「これは......彼の出自ですか?」


 どうしてレニーがこれを持っているのか気になったが、今は取り敢えず内容を読み進める。


 そこにはーー


『生まれは不明。生後だいたい0歳から1歳の間と思われる。孤児院の前に捨てられているのを、孤児院のシスターによって発見、保護される。その後1年は孤児院で生活し、ある日突然、失踪。行方不明となった。実際は『オロチ』が誘拐しており、10歳になるまで『オロチ』の施設にて生活、その後世界中に出没する。現れた時は何らかの世界的事件が起きているため、少年が引き起こしていると思われる。また、近年では日ーー』


「なんですか......これは」


「読んだ通りだ。はっきり言って、やばいぞ、アイツ。『オロチ』って言ったら、裏の世界じゃ一二を争うほどの大犯罪組織だ」


 レニーの言葉を聞きながら、震える手で続きを読む。


『ーー少年が起こした事件として、旅客機の撃墜やビルの爆破による、要人の暗殺、敵対組織への大々的攻撃、武器や麻薬などの密輸入に密売、誘拐、強盗、一般人も目撃すれば躊躇わずに殺害、他にも『オロチ』が動く時に起きた事件の殆どに関わっていると思われる。最近では日本へ飛び、とある政治家の娘の暗殺の為に同じ高校に通っており、ターゲットとは友好的な関係を築いていたが、昨日の夜に自宅で殺害されているのを発見。後ろから心臓を一突きにされていた。犯人の目星はいまだ無いが、『オロチ』は敵対組織からの暗殺者と見ている』


「なんということ......」


「それでアイツはどうした?規定道理になんのスキルも与えすに送ったか?」


「............」


「おい......まさか」


 スキエンティアは手に持つ紙を凝視して動かない。その顔は心做しか青ざめて見える。


「スキルを渡したのか!?」


「..................はい。まさかこのような人物だったとは......」


「なんで渡した!?規定にはスキルを渡すなってあるだろ!?」


「......こちらの不手際で死なせてしまったので、攻めてもの償いをと思いまして......」


「ッ......。それはそうだが......」


「申し訳ございません......」


「いや、私にも負い目はある。アイツは私のせいで死んだようなもんだからな......」


 2人の間に重い沈黙が降りた。


「......この事は黙っておこう」


「しかし......」


「お前は規定道理になんのスキルも与えすに送った。いいな」


「......。はい」


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「......実働部隊?」


「簡単に言えばなぁー。ボスから命令があればなんでもやった。脅しに誘拐、果ては殺しまでなんでもござれ。まあただの外道だな」


「........................」


「まあ結局、ほかの組織からの刺客に殺されたけどな」


 ターゲットに近付くために色々調べたら、そいつはオタク趣味があった。それに合わせるために、ターゲットに話しかけて、何か面白そうなのはないかと聞いたら、色々勧められたので、読んでみたら、ハマった。これ以上なく。ここまで心惹かれたのは初めてだったかもしれない。


 お陰で支給された金を使い切ってバイトするハメになるし、刺客にも気づかなかった。


 ボスにバレたら大目玉だし、刺客に殺られたってのを聞いたらきっと大激怒するだろうなぁ......。


 でもあの刺客、結構な腕だったな…...気配の殺し方も上手かったし、刺した所も背骨に当てることなく、心臓を1突きだったし。あれは痛かったなー......。


 やっぱ東雲からかなぁー?計画がどっかから漏れてた?でもそれっぽいのは軍資金ぐらいだし......。


 まあいいや。相手が上手だった、だから死んだ。それだけだ。


「......さて、俺はそろそろ行くよ」


「........................」


 過去を語り終えると、少女が暗い顔をしていたので、またなにかやらかしたかと思い、これ以上少女の気を悪くしないように、ここを離れることにした。


「............じゃあな」


「........................」


 少女は何も言わない。


 その姿を見て、少し残念に思いながらも、少女に背を向けて歩き出す。


「........................ぁ」


 なにか聞こえたような気がしたが、俺の耳には届かなかった。


 少し少女から離れた所で立ち止まり、背を向けたまま語りかける。


「............待っててくれ」


「......?」


「向こうに行ったら、どうにかしてお前を助ける方法がないか探してみる。例えなくても、作り出す。どんくらい掛かるか分かんないけどさ、俺、頑張るから、だからさ」


 少女に向き合い、微笑んだ。


「だから、待っててくれ。俺がお前を迎えに来るまで」


 そう言って(きびす)を返し、再び歩き出す。


 少女の答えは聞かない。これはただ俺が勝手に決めたこと、自己満足だ。だから、聞かない。


 そのまま、もう今度は少女に振り返ることなく立ち去る。


 行く宛もなく、ただただ暗闇の中へ。


 たった1つの光に背を向けて......。




「...........................待ってる、ずっと、いつまでも、待ってるよ......だから」


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 思えば不思議なヒトだった。


 誰も立ち入ることが出来ないはずのここに、気がついたら迷い込んでいたと言う。


 最初は怖かった。『あいつら』の手先かと思った。でも実際はほかの世界から来た異世界人。ほかの世界に行く異世界人は、その殆どが勇者として呼ばれる。たまに【歪空(わいくう)の穴】に落ちて異世界に飛んだり、生まれ変わったりするのがいるけど......。だから異世界から来たって聞いて、勇者かとも思ったけど、やっぱり違うって言われた。


 話を聞いたら、神の不手際で死んだのでお詫びとして転生させてもらったらしい。どうやら地球という星の神は優しいみたい。普通ならそんなこと言わずに無かったことにするのに。


 彼はたくさん人を殺したって言ってた。私はどうとも思わなかったけど、彼の様子を見る限り、いけないことみたい。


 彼がここから離れるって言った時は悲しかった。


 初めて私に触れてくれたヒト。


 初めて私に温もりをくれたヒト。


 私に色々な初めてをくれた、ちょっと怖い、優しいヒト。


 でも最後に、助けるって言ってくれた。何時になるかわからないけど、迎えに来るって。


 私を助けてくれるヒトはいなかった。誰も。誰も......。


 でも彼は助けてくれる。どうしてか分からない。でも、なんとなくそんな気がする。


 だからーー


「...........................待ってる、ずっと、いつまでも、待ってるよ......だから」


 ーーだから、早く来て、ネモ。


 私は、ここにいる。


 少女は目を閉じ、夢想する。


 いつか来るその時を............。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 そうして少年と少女は別れた。


 いつの日か迎えに来ると約束を交わして......。

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