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ーー暗い。
眩い光に呑み込まれ、反射的に目を閉じた。光が収まったと思い、目を開けると、何も無い、黒い空間だった。
......ここが異世界、なのか......?にしては何も無いんだが......。
ラノベとかだったら、どっかの街とか、草原とか、そういう所に送られてた筈なんだが......?
辺りを見回すが、何も見えない。見えるのは自分の身体だけ。光すらない。
しかしこれはおかしい。光がなければ俺は俺の身体を認識する事は出来ない。なのに何故身体が見えるのか?
考えても意味は無さそうだな......。
取り敢えず、この後の事を考えなければ......。
何か見つかるかもと思い、歩き始める。何も指標はないが、なんとなく何かがありそうな気がした方向へ、足を向けた。何故この方向なのか自分でもわからない。だが、このまま行けばなにか見つかるという、なんとも言えない確信があった。
「何か」に惹かれるように歩き始める。
暫くして、小さな銀色の光が見えた気がした。そのまま光に向かって歩き続ける。だんだんと光が大きくなり、遂にその正体がわかった。
ーー鎖に縛られた少女。
それが光の正体だった。
何故、このような何も無い場所に少女が居るのか。
何故、その少女は縛られているのか。
疑問は浮かんだ。だが、そんなものを吹き飛ばす程に、俺は少女に惹かれた。
鎖に縛られ、苦痛に顔を歪めていて尚、その少女は美しかった。
全身頭から爪先まで真っ白で、その中でだた1箇所だけ碧く煌めく瞳。小柄で、抱き締めれば直ぐに折れてしまいそうな雰囲気を醸し出している、華奢な身体。纏っている服は古代のアテネを彷彿させるデザインだった。
暫く少女の姿に魅入っていると、彼女がこちらに気が付いた。
ーービクッ!!
少女の身体が跳ね、その柔肌に鎖が食い込む。
「......誰?どうやって此処にきたの?」
痛みに顔を顰めながら、誰何を問われた。
「あ......俺はーー」
「......また、酷いことをするの?」
名乗ろうとしたが、再度放たれた少女の声に掻き消された。
酷いこと?どういう事だ?
「えっと......少し聞きたいんだが......」
「......また、私に▪️をなすりつけるの?」
▪️?なんて言った?少女の声にノイズが走り、聞き取れない単語があった。
「今、なんて......?」
「......帰って。もうこれ以上、苦しいのはイヤなの......」
力なく紡がれる言葉。だが、俺には話が全く見えない。
「なぁ、少し話を聞かせてくれ。何言ってんのか着いてけねぇ」
「......今更、何を......?」
「おまえは、なんだ?」
「......?」
何を言ってるかわからないって顔してんな。でも俺だってこの少女が何言ってんのか分かんねぇからおあいこだ。
「俺は......ネモ。日本から来た。まあそこで死んで、異世界に転生させてもらったんだ。で、神様が異世界に送ってくれたと思ったら、ここに居たんだ。ここが何処か知ってるか?知ってんなら教えて欲しい」
「............」
めっちゃ見られてる。なんか無表情になってるし。
「......転生?じゃあ、おまえは勇者なの?」
勇者ときたたか。スライムの勇者って誰得だよ。まあいいや。
「いや、俺は勇者じゃない。んーと、巻き込まれた?みたいな感じだな」
「......【クシンティアンディ】の人間じゃないの?」
「ああ、その【クシンティアンディ】?ってのは知らない。俺が居た星は【地球】って呼ばれてたからな。別もんだ」
「............そう」
信じられてないなーこれ。
「それで、教えてくれんのか?お前の事とか」
話を逸らそう。
「........................▪️▪️▪️▪️▪️」
長い沈黙の後、ポツリとそういった。
あ?なんだ?
また少女の声にノイズが走った。
「今、なんて......?」
つい聞き直してしまう。
すると少女は悲痛な面持ちになり、再度口を開いた。
「............アンリマユ」
今度は聞き取れた。
「アンリマユ......。それがお前の名前か」
コクリ、と悲しそうに頷く。
その顔に疑問を覚えながらも、今は続きを促す。
「アンリマユ、ここはどこだ?」
「......星の狭間」
「星の狭間?なんだそりゃ?」
「......ここの名前。私が封印されている場所」
「封印......。なんで封印されてんだ?お前のアンリマユに関係してんのか?」
「......ッ」
何気なしに言った言葉に、少女は酷く驚いていた。
「......なんで、それを......?」
なんでそれをって......名前のことか?
「俺のいた世界でアンリマユって神様がいたんだよ。んで、そいつは悪を司ってたから、同じ名前のお前もそうなのかと思ってな。でもなんでこっちの世界にその名前があんだ?」
「......私にアンリマユと名付けたのは、ほかのヒトから“異界の英雄”って呼ばれるヒトだった。たぶん、おまえと同じ世界から来たのかも......。その英雄は世界中にいた魔物に名前を付けていって、【原初の聖女】をアフラ・マズダって呼んでた。これもおまえの世界から?」
「アフラ・マズダ......。ああ、多分そうだ。アンリマユが悪を司るなら、アフラ・マズダは善を司る神として奉られてた。それにしても、【原初の聖女】、ねぇ......。またなんか出てきたよ......。色々あるなぁ異世界......。お前はなんか呼び名はあったのか?」
「........................」
そう問うと、少女は口を噤んだ。
「......悪い、言いたくないならいいぞ。それよりなにかーー」
「..................忌み子」
話を変えようとしたら、聞き取れるかどうかぐらい小さな声でそう言った。
「悪い......。でもなんでお前が忌み子なんて呼ばれてたんだ?もちろん言いたくないなら言わなくていいけど......」
「......私達は【始まりのヒト】って呼ばれる、最初の人種。神が手ずから創り上げた生命。その中で私の容姿は異質だった。碧い瞳はいたけど、白い髪はいなかった。私達を創った神は黒髪で、ほかのヒトも黒や、それに近い色合いだった。だからなにか悪いことが起きると、私の所為にされた。祠に入れられて、なにかある事に私を罵って、▪️を着せた。そのうち、私はヒトの▪️▪️を身体の中に溜め込む様になった。そしていつしか、世界中から私に▪️▪️が集まるようになって、私の周囲に異変が起き始めた。それはどんどん大きくなっていって、やがて世界を滅ぼすほどにまで膨れ上がった。そこに英雄が現れて聖女と一緒に世界を救った」
その英雄は地球から来たのは確実だと思うが、どうやって世界を渡ったんだ?
「その英雄ってどっから来たんだ?」
「......わからない。私はずっと祠にいたから、外の世界のことは知らない」
「......そうか。話の腰を折って悪かった。続けてくれ」
「......ん。その英雄は祠に来て、『お前の存在は世界を破滅に導く。だから、星の狭間に封印させてもらう。そこからなら、何も干渉する事は出来ないからな。だが、お前のその性質、【▪️▪️】を集めるチカラはそのままにしておこう。その方がこの世界のためになる』って言って、聖女と協力して私を此処に封印した」
「......巫山戯てんだろ」
ポツリとそう零す。
「......?」
「それはつまり、その【初めてのヒト】?とやらがお前を鬱憤の捌け口にしたからだろ?それでお前に【なにか】が溜まって、それが漏れて異変が起きた。因果応報じゃねぇかっ!そいつらがお前に何もしなけりゃそんなことは起きなかっただろ!全部自業自得なのに、その罪をお前が背負う必要があんのか!?しかもなんだよその英雄ってやつは!なんも知らねぇでお前が悪いって決めつけて、こんな所に封印するなんて......っ!!」
少女の話を聞いているうちに溜まった怒りが吐き出されていく。
「...................どうして?」
「あぁ!?何がだよ!?」
怒りが収まらず、強く当たってしまった。
「......どうして、そこまで怒っているの?」
「あぁ?当たり前だろ?お前の話聞きゃぁキレんだろ」
「............そう」
何故か俯いてしまった。
「お、おい?」
なにか気に触ったのかと焦り、近づいて顔を覗き込む。
ーーポタッ
と俺の頬に冷たい何かが落ちてきた。
「なんだこれ?」
ーーポタポタ、ポタポタッ
続けざまに落ちてくるそれ。
それはーー
「......泣くなよ。なんか気に触ったか?なら謝るからよぉ、泣くなよ......」
ーー少女の流した涙だった。
目の前で少女が泣いているが、どうしてなのか、どうすればいいのかわからずに、ただ困惑するしかできなかった。