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初仕事

「ゴブリンの討伐ですか」

 ハンスは朝早く冒険者協会に来ていた。建物の中にはまだ人は少ない。

「ああそうだ。初級者にはちょうどいい魔物だろう? 出現する場所は近くの森の中で、大まかな地図を渡しておこう。賞金は討伐数によって変わるが、一匹から賞金が発生する。そのほか詳しい情報はこの紙を読んでくれ」

 受付の男はそういうと、概要書と地図を渡してきた。ハンスはそれに目を通していく。

 

「……ゴブリンにしては随分賞金が高いんですね。モーリスは随分儲かっているんだなー」

 ゴブリン討伐の報酬額が、ハンスの持っているデータからだいぶ高めに設定されている。これなら、ゴブリンだけを狙って討伐してもなんとか食べていけそうなぐらいだった。

「そういうわけじゃない。最近ゴブリンが異常に増えているんだ。そのせいでゴブリンとはいえ危険な討伐クエストになってしまっている。ソロでやる自信がなければ、いくつか初級者が集まっているチームを紹介するが?」

 ハンスは首を横に振る。森の中を探索するにしても、一人の方が気軽でいい。たぶん経験者と組んだら、ゴブリンを狩ることだけが目的になってしまうと思う。初仕事だし、一人でもある程度のことができるとアピールもしておきたい。

「いえ、今回は一人でいいです。前の町ではずっとそうだったし」

「そうか。ゴブリンの討伐賞金がこれだけ高いのは今だけだ。数が減れば賞金は元の額に落ちるからな」

 受付の男はそういった。今がボーナスのチャンスだというなら、今のうちに稼がないと損になるな。

「はーい、行ってきまーす」

 そういってハンスは建物を出て行った。

 

「ゴブリンの討伐は奴を試すのにもちょうどいい。……お手並み拝見だな」

 受付の男はそう呟いて次の冒険者の相手を始めた。

 

 *    *    *

 

 ゴブリンの討伐は、駆け出しの冒険者たちの仕事として出されることが多かった。経験も技術も浅い冒険者には相手をするのがちょうどよい魔物だからだ。

 下級のゴブリンの身長は低く、力が強いわけでもなければ知性も乏しい。武器を作って武装はするが、ただ振り回すだけで技術はない。

 剣や格闘技を習った人間ならば、大人でなくとも後れをとる者などいないだろう。だがそれは、一対一での話。

 

「なるほど多いな」

 ハンスは早速森の中へ移動してきていた。あまり動き回ることはせず、木の上に登ってゴブリンが集まってきそうな水辺を望遠鏡で見張っていた。

 半日くらい過ぎた頃……数匹ゴブリンが現れたかと思うと、水辺の周りにはあっという間にゴブリンの集団が集まってきた。

「五十弱かな? 巣穴に待機してるのもいるだろうから実際はもっといる。ここまでの規模は見たことないなー」

 ゴブリンは弱い。だから群れる。ゆえに討伐は簡単ではない。

 ゴブリンの討伐が良く初級者に回されるのは、ゴブリンが弱いからだけではない。群れたゴブリンに対しての対応力を見られるのだ。

 ソロであるにしてもチームであるにしても、いかにして集団を作っているゴブリンを切り崩すか? それを試される意味で、よく課せられる仕事なのだ。

 初級者を卒業すれば、こんなに報酬額が少なくて、面倒な仕事は誰もやりたがらなくなる。もっと報酬額の単価がいい魔物狩りを始めるからだ。

 

「んー、成長しちゃってる個体が何体かいるなー。ここがゴブリンの楽園だったのかー。あ、知恵の実を投げ込んだら、急に羞恥心を抱いて内部崩壊とか起こすかも」

 そんなわけありませんよねー。そんな冗談を独り言でつぶやいて、ケラケラと笑いながらハンスはゴブリンの様子を観察していた。

 大量のゴブリンの中に成長体と思えるゴブリンが混じっている。魔物が長く生きた結果種族の限界を超えた力を手に入れた形態のことだ。完全体ともいうが、成長する方向によって能力が違うので、成長体というのが一般的となっている。

 ゴブリン達はどこからか捕えてきたらしい動物をさばき始めた。

「これから食事。ということは、奴らは腹を空かせている状態というわけだ」

 満腹になって油断したところを狙うよりも、腹を空かせて力が入らない状態。ましてや目の前のごちそうをお預けにされた状態の方が狩りやすい。

「なら、今がチャンスかな?」

 ハンスは立ち上がって呼吸を整える。そしてゴブリンの方角に向かって声を上げた。それはハンスの声とは似ても似つかぬ動物の声……オオカミの鳴き声に似ていた。

 

「……!」

 裸眼で見ても、声がゴブリン達のもとまで届き、動きがあったのは見えた。後はゴブリン達がどう行動するかによって行動は変わる。

 鳴き声をオオカミ型の魔物であるフェンリルと思えば逃げ出すだろう。協会に張り出されていたクエストに見かけたからこの辺りにいるはず。本当は音を封じ込める道具があれば、本物の遠吠えを響かせることができた。しかし今はそんなものはない。

「さあ、どう動くかな?」

 逃げ出してくれなくても、敵だと判断してこっちに攻めてきてくれれば逃げながら迎撃することができる。一番困るのはゴブリン達が全く動じずに、そのまま集団でいられることだが……。

 

「……ビンゴ」

 ゴブリンは散り散りになって逃げだした。こうなれば、ゴブリン達に戦う意志などない。森の闇に隠れて各個撃破できる。

「一つだけ集団で逃げだしたのを確認。中級以上に囲まれてるところを見ると、あれがボスだな。着飾っちゃってるねー」

 望遠鏡をのぞくと、ボスらしきゴブリンの着ている武装が見えた。とてもゴブリンが自分で作ったようには見えない。おそらくゴブリンに返り討ちにされた冒険者の装備をはぎ取ったのだろう。

 上級下級によって報酬額は変わったりしない。だから、護衛されているゴブリンをわざわざ狙う必要はない。森の中に散って行った下級のゴブリンを狩っていくのが正解だろう。

「さて、お仕事の時間だ」

 ハンスはそういうと、剣を抜き放って、別の木の枝に飛び移っていった。

 

 そして数時間が立ち、日も陰り始めたころ。ハンスはまだ木の上にいた。

「まあ、こんなもんだろう」

 ハンスは記録の球を見つめていた。そこにはゴブリンの討伐数が十五という文字が浮かび上がっていた。

「現在の一体の討伐報酬額が二千ミスト。十五体で三万ミスト……質素に暮らせば一月くらいは暮せるかな」

 といっても、腹が空いた状態で魔物狩りはできないし、武器も整えたい。何せ裸一貫で街に来たから何も持っていない。あれこれ揃えることを考えれば二週間分くらいだろうか?

「とりあえず日が落ちてしまう前に森を出よう。森の中にもまだ詳しくはないんだし……ん?」

 

 ハンスは森の奥の方に目をやった。耳を澄ますと、木々のざわめきとは違う音が混じっているように感じる。経験から言ってこれは……。

「魔物の気配……」

 

 *    *    *

 

「だから……だから私達にはまだ早いって言ったんですよ!」

「うるせー、とっとと逃げないと追いつかれるぞ!」

 森の中に三人の人影があった。男が二人と女が一人。唯一の女は魔法使いの格好をしていて、箒に乗って移動していた。しかし、あちこちの枝を避けながらの飛行は、男二人が走るスピードと大差ない。

 

「なんで目をつぶしてるのにこっちに向かってくるんだよ。あの、でかい蛇は!」

 三人が逃げているのは、巨大な蛇の形をした魔物のバジリスクだった。バジリスクは本来そんなに巨大な魔物ではない。しかし森の奥で成長してしまい、数十メートルという巨大な個体になってしまったのだ。

 その巨大なバジリスクの両目からは血が流れており、開かれていない。

 バジリスクの両目は、寝込みを襲ったこの三人によって潰されていたのだ。目を潰されれば身動きができないはず。そう考えてバジリスクが寝るまで慎重に見張りを続け、ようやくタイミングを見つけて攻撃したのだ。

 結果として目は潰せた。それなのに、バジリスクは大きく暴れまわってから三人に襲いかかってきた。

 

「目が見えなくなりゃ、後は動かなくなるまで滅多刺しにすればいいと思うだろうが! お前らもそう思ったから最後には賛成したんだろ!」

「先にクエストの依頼を勝手に受けていたんじゃないですか! 『俺達も名前が売れてきたから直接依頼が来たぜ』って。寝込みを襲えば絶対大丈夫だからって、無理やり説得したのは誰だと……」

「喧嘩するな! 今はあの蛇をどうやってまくかだけ考えろ!」

 バジリスクは轟音を立てて追いかけてきている。目も見えなければ、音だってこの轟音の中では役に立っていないはず。それなのにどうしてバジリスクは的確に追ってきているのか? それを考えている余裕は、三人にはない。

 

「ウインドカッター!」

 魔法使い風の女は苦し紛れに風の魔法で攻撃したが、その魔法はバジリスクの体に弾き返されてしまう。

「そんな力がこもってない魔法なんか効くわけないだろ!」

「くぅ……だったらどうするんですか」

 魔女は半泣きになりながらそう聞き返した。

 

「仕方ない。こうなったら三人別れるぞ!」

 リーダー格の男が他にメンバーにそう言った。

「三人別れるって……別々に逃げるってことですか!?」

 魔法使いの女は信じられないという風に聞き返す。三人で戦って勝てないというのに、一人になってしまったら勝つどころか逃げることすら難しい。

「三人全員殺されるよりましだろうが! 別に一人になったって殺されるのが確定するってわけじゃない。食い物が減ったと思って追ってこなくなるかもしれねえ。とにかく、合図したら別れるぞ。俺がまっすぐ逃げるから、お前らは左右に分かれて逃げ出せ」

 魔法使いの女は納得できなかったが、それしかないとも思い、頷いて前を向いた。

「行くぞ……いちにーの……今だ」

 その合図で、三人は別の方向へと逃げた。バジリスクが追ったのは……。

 

「……ぃやぁああああ! なんでぇええ」

 バジリスクが追いかけたのは魔法使いの方だった。まっすぐ逃げた男には目もくれず、直角に曲がった魔法使いを追いかけ始めた。

 魔法使いは加速しようとして箒に力を込めたが、すぐに何かにぶつかって失速する。

 上に逃げれば空に逃れられるかもしれないが、絶対に枝にぶつかって止まり、餌食になるだろう。そう思うと、まっすぐに箒を走らせるしかなかった。

 

「どうして……なんで私なんですか。箒で飛んでいるから音も他の二人に比べて小さいはずなのに!」

 そう疑問を口にしたところでバジリスクが答えるはずもない。無情にも、バジリスクと魔法使いとの距離は狭まりつつあった。

 

「もう……おしまいなんでしょうか……?」

『あきらめるな』

「え……だ、だれ?」

 あきらめかけた瞬間。魔法使いは森の中から響く声を聴いた。仲間が戻ってきたのかとも思ったが、ほかの二人とは似ていない声だった。

 

『俺が誘導する。森の外へ出るんだ』

 姿が見えない声。もはや森の外への方角などとっくにわからない。もしこの正体不明の声に従って、森の奥底へ迷い込むことになったら……。

 そんな不安を、後ろから追ってくる轟音がかき消した。森の奥に迷い込むことを心配するくらいなら、今後ろの化け物に食われることの方を心配した方がいい。食われてしまえば、森の中で野垂れ死ぬことすらできない。

 

『斜め右に方角を変えろ。そうすれば一際でかい木が見えてくるはず。その直前まで行って今度は直角に左へ曲がるんだ』

「は……はい!」

 人の声かどうかはわからないが、魔法使いは返事をして言われたとおりに飛ぶ。すると本当に馬鹿でかい樹が見えてきた。そこで直角に曲がる。

 すると一際大きな音が後方で響く。

『グォオオオオオオ!』

 それと同時に、魔物の叫び声も聞こえてきた。後ろを振り返ると、バジリスクは木に激突して止まっている。

 

「あ、あれ? やっぱり見えてないのですかね?」

 目が見えているなら木にぶつかる前に失速できるはず。それをしなかったということはやっぱり目は見えてないんじゃ? 

 そう思ったのもつかの間。バジリスクはすぐに起きだして魔法使いを追ってくる。

「そうでもなかったですー! 食べられるー!」

 魔法使いは再び加速して逃げだす。

 

『よしそのまままっすぐ飛べ。そうしたら湖に着く。あとは上昇して逃げ出すんだ』

 その湖はおそらく知っている場所だった。どれだけ奥に入り込んでいたのかと思ったが、そこまでたどり着ければ森の外は近い。

挿絵(By みてみん) 

 

「うー……つ、着いた!」

 魔法使いは湖にたどり着いた。あとは後ろに気を払うこともなく、空に向かって上昇した。後ろで、声の主がバジリスクと戦闘を開始したことにも気づかずに。

 

 *    *    *

 

「あとは上昇して逃げ出すんだ」

 ハンスは木の枝を次々飛び移りながら、魔法使いに指示を出していた。ハンスはバジリスクに気づかれることも恐れずに大声を上げている。声はおそらくバジリスクまで届いているだろう。しかし、バジリスクはそれには全く構わずに、魔法使いを追いかけ続けている。

「目を潰されたのがよっぽど腹に据えかねたのかね。ほっとけば再生するのに。というより、追いかけやすいのか」

 バジリスクの両目が潰されているのは、ハンスも見て理解していた。おそらく、寝込みを襲ったかで目を潰したのだろう。その結果激怒させて追いかけられていると……。

 

「セオリーだけどな」

 バジリスクを倒すときは先に目を潰す必要がある。バジリスクと目を合わせると、石に変えられてしまう。だから目を潰すのは正解だ。しかし、完全にバジリスクの光を奪った状態で戦いたいというなら……。

「もうひと押し必要なんだよね」

 魔法使いが湖に飛び出そうとする瞬間に、ハンスは横からバジリスクの顔を蹴り飛ばした。不意を突かれたバジリスクは、そのまま横なぎに森の中に倒されてしまった。

 

「バジリスクもそうだけど、蛇の視力は大したことない。そして、聴覚にいたっては全くないといっていい。耳がないからね」

 バジリスクは今日二度目の不意打ちをもらい、完全に頭にきた状態で体を起こす。バジリスクは頭からも大量の血を流していた。さっき木にぶつかったときの傷だろう。もうほとんど執念で動いているとしか思えない。

「蛇が優れているのは、匂いと熱を感知する感覚。魔物はただの動物よりも感覚が優れているからね。目が潰されてもそれを頼りに追いかけることができる。加えてバジリスクは、魔力も感知できる。だから、魔法使いの子が追いかけられたんだろう」

 バジリスクは体を起こし、顔の方向を完全にハンスに向けていた。その体はゆらゆらと揺れていた。もうほとんど感覚も定まらないのだろう。

 ハンスは剣を抜き放ち、自然体で構える。

 

「さて、バジリスクがそれらの要素をどこで判別しているかについてだけど……」

 バジリスクは大口を開けてハンスに飛びかかった。ハンスは逃げなかった。むしろバジリスクに向かって飛びかかり。剣を一振りしてすれ違う。

「舌だ」

 そういったハンスの声は、バジリスクの悲鳴にかき消される。すれ違う刹那、バジリスクはハンスに舌を切り取られていた。匂い、熱、魔力……それらを判別していた器官を失い、バジリスクはその場で暴れ回り始める。

 

「こうなってしまえば、こいつはただのでかい蛇とそう変わらない。目を潰した後、即座に舌も切り取ってしまえば楽に勝てただろうに……」

 バジリスクのしっぽが、偶然ハンスに向かって振り下ろされた。ハンスはそれを避けてバジリスクに向かって再びとんだ。

「……今楽にしてやろう」

 一閃。光のような速さですれ違ったハンスは、首を切り飛ばして木の上に着地する。

 バジリスクが地面に倒れこむ轟音。その轟音を最後に、首を失ったバジリスクは完全に沈黙した。

 

 バジリスクを仕留めたことを確認すると、ハンスは記録の球を取り出す。

『バジリスク討伐数一体』

 記録の球には、上位の魔物であるバジリスクの討伐が記録された。

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