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ぶつかってきたのは女の子でした

 轟音が辺りに響く。それは門が開かれる音だった。

 ハンスが目を開けると、辺りはすっかり明るくなっており、掲げられていた松明も消されていた。

 

「眠ってしまっていたのか。疲れているな」

 ハンスは自分の不用心さに苦笑してから立ち上がり、開いていく門を見つめる。

「おはよう。昨日の夜は悪かったわね」

 門が開かれると、兵士の格好をした女がハンスを出迎えてくれた。昨日門を開くことはできないといっていた兵士だろうか?

「昨日の夜……? じゃああなたが昨日の声の人ですか。あんまり凛々しかったので、男性だと思っていました」

 アンネは少し笑い、ハンスに近づきながら声をかけてくる。

「舐められたら終わりだからね、この仕事は。私はアンネ、よろしく旅人のハンスさん。しかし、ずいぶん遅い時間に着いたのね?」

 

「太陽が昇っているうちに着くつもりだったのに、時間を読み違えた俺のミスです。締め出されても文句は言えませんね」

 馬車をさがせばよかったのに、地図を見たら歩いて行けると思ってしまった。何とか着くには着いたが、路銀も魔道具もそこが付きかける事態になってしまっている。

「どこから来たの?」

 アンネはハンスの全体を見ながら質問をしてくる。真夜中にやってくるくらいなのだから、軽く警戒されるくらいは当然だろう。

 

「ハープからです」

「……ハープですって?」

 アンネが驚いた表情を浮かべた。それも無理はないだろう。王国には、王都を含めて大きな街が六つある。ハープはそのうちの一つだが、ここモーリスとはかなり離れた場所にある。今自分が身を以てそれを体験してきたところだ。

「そこから何の目的でやってきたの?」

「はい。ハープで魔物狩りをして暮らしていたのですが、新天地を求めてここにやってきたんです。どうせなら、だれも知らない場所で始めようと思ってモーリスを選びました」

 言葉の上では怪しい点はないはずだ。ただ怪しまれる要素がいくつかあるから、すんなり通してもらえるだろうか? 旅をしてきた割には荷物が少ないからな。

 

「旅人な上にハンターの仕事をしている? ずいぶんと荷物が少ないのね?」

 ああ、やっぱりそこを聞かれた。使い果たしたというのが本当だが、元から荷物はそんなに持ってくるつもりはなかったのだ。重たいものを運びたくなかったし、現地で手に入れればそれでいいと思っていた。

「荷物を見せてもらっていい?」

「どうぞどうぞ。好きなだけ検分してください。剣も見ておきますか?」

 ハンスはそういって剣を鞘から抜いてアンネに見せ、続いてカバンの中身も開く。

 ハンスのカバンの中には、見た目の通りほとんど物は入っていない。店先によく売っているようなマジックアイテムが数点と、本が数冊あるだけしかない。

「ずいぶんと軽装ね。そんな装備でハンターが成り立つの?」

「裸一貫!」

 その問いに対して、ハンスは両腕を広げてそう言い放つ。これはこの町に移り住むにあたっての所信表明だ。

 

「誰も知らない、何も知らない、ろくに物も持ってない状態から、自分がどれだけ通用するか試したかったんです。失敗したら、道のど真ん中で靴磨きののぼりを掲げて生きていきます」

 その時のために布は上等なものを用意してありますよと、ハンスはカバンから布を取り出してそれを掲げる。

 今言ったのは全て嘘ではない。前の町ではハンターとして食べていけていた。しかしこの町でもそううまくいくかはわからない。だから保険として、それ用の布を買っておいてあるのだ。

 アンネは、少なくとも怪しい人間ではないと判断してくれたらしく、警戒を緩めたように見えた。

 

「よーこそモーリスへ。君のモーリスでの生活が、実りあるものになることを祈りましょう」

「ありがとうございます。つきましては一つお尋ねしたいのですが?」

 ハンスは頭を下げてから質問をする。

「なにかしら?」

「冒険者協会はどちらでしょう?」

 

 *    *    *

 

「街についてさっそく地図が手に入るとは幸先がいいな」

 ハンスは地図と街とを見比べながら、アンネに教わった冒険者協会を目指していた。

 冒険者協会とは、魔物と関係する仕事をしている者たちに仕事をくれる場所だ。別に協会を通さずとも、個人で仕事をして金を稼ぐ者たちもいる。ただ、協会に属した方が、定期的な仕事にありつけるので確実に金を稼ぐことができる。協会を通す分報酬は少なくなるが、それも仕方がない。

 

 街を歩いているといくつもの店が目に留まるが、寄り道はしない。店が目に留まっても、この町での生活を想像するだけにとどめておく。

 しかし人通りが多くてどうにも進みにくい。迷わないように大きな道を選んで歩いているのがいけないのだろうか?

 ハンスは一度立ち止まって地図を確認する。協会に行くだけなら、小道を選んでもそう複雑な経路ではない。思い切って裏道を通ってみるか……。

 

「まあ俺冒険者だし。安全な街の中でも多少は冒険しないと嘘だよね」

 そんな馬鹿なことを呟きながら歩き始めた。

 ハンスは小道に入った。その道には店など何もなく、ただの通り道という感じで、人気はほとんどなかった。地図によればここから協会に行けるはずだ。

 十歩ほど歩いた時だろうか? 後ろから弾丸のように小さな気配が近寄ってくるのを感じた。

 

(子供? こんな小さな道で危ないな)

 子供だけあってそのあたりに考えが及ばないのだろう。ハンスはそう考えて脇に避けようとしたが、後ろのポケットに財布を入れていたことを思い出した。

 子供は結局スピードを緩めることなくハンスにぶつかった。その刹那。子供はハンスの後ろポケットに入っていたものを掴んで走り出す。

 ハンスは少しよろめいて膝をつく。そしてゆっくりと顔を上げて、ぶつかってきた子供の方に目を向けた。

 

 子供はそのまま走り去らずに、一度立ち止まって自分の手につかんだものを見た。財布を狙ったつもりだったのに、掴んだのが紙だったため、確認するために覗き込んだのだろう。

 自分が盗んだのが財布ではなかったことを確認すると、ハンスの方を振り返って睨みつけてきた。

「女の子……」

 髪は長くぼさぼさだったが、その顔立ちは間違いなく女の子だった。背丈と顔立ちからして、十代前半くらいに見えた。

 ハンスは睨みつけてきた女の子に対して、笑顔で手を振って見せた。

 挿絵(By みてみん)

「……!」

 それに驚いたのか、女の子は無言で走り去っていった。

 

 *    *    *

 

「冒険者協会……ここか」

 地図の場所にたどり着くと、建物には冒険者協会の看板が掲げられていた。造りも前の町のものと酷似しているし間違いない。

 ハンスは地図をしまってから扉を開けて中に入る。

 

 建物の中に入ると、中にいた冒険者たちから視線を向けられる。冒険者の多くは一つの町を拠点として活動している。だから長いこと仕事をしている者たちは、たいてい協会に出入りする人間の顔を覚えていた。

 なので、ハンスがこの町の人間の冒険者ではないということは即座にばれてしまう。ハンスに向けられる視線は、すぐにそんな感情が混ざったものに代わる。

 余所者を値踏みするような視線が、四方八方から突き刺さってくる。まあ、ここでやっていくのだから、そのうちこんなこともなくなるだろう。今はこの感覚を楽しんでおくことにする。

 ハンスはそんな視線を気にもせずに受付へと向かった。

 

「おはようございます。この町にハンターとして登録してもらいたいのですが」

「転職か? もともとこの町の出身なのか?」

 受け付けは男性だった。この仕事は長いのだろう、荒くれの冒険者と長年やり取りしてきた貫禄を感じさせた。

「いえ、もともとハープでハンターをしていました。新天地を求めてモーリスに来たんです。昨日の夜ついたばかりです」

「そうか、それなら記録の球があるだろう。見せてくれ」

 記録の球とは、その名の通り冒険者の活動を記録することができる魔力のこもった球のことだ。今までの魔物の討伐数や種類、日付なども確認することができる。冒険者は皆この球を協会からもらい、それの記録を証拠として協会から報酬を受け取る。

 その球を見せれば、仕事はすんなりもらえるだろう。だがハンスはそれを出さなかった。

 

「ああ、ありませんよ」

「……なに? ないだと?」

「はい、ハープにおいてきてしまいましたから」

 それを聞いて受付の男は呆れた声を上げる。。それも当然だろう。

 記録の球はハンターにとって財産だ。それの記録に応じて報酬額が変わるし、受けられる仕事も異なってくる。記録が優秀ならば、仕事がなくてもある程度定期的に協会からの支援も受けることができる。それをわざわざ置いてくる意味が分からないのだろう。

 受付の男は、ハンスの全体を見回してきた。

 ああきっと、見た目の格好から大したことない奴だと思われてるんだろうな。まあ実際、自分がそんなに大した人間とは思わないけど……。

 

「荷物も少ないじゃないか。そんななりで最低限の手当ても受け取らずに、どうやってこの町で暮らしていくつもりだ?」

「裸一貫!」

 ハンスはそう言い放って、今度は腰に掛けた剣を抜き放った。

 本日二度目の所信表面をご希望ならご覧に入れましょう! せっかくだからダンスも入れて、剣は使えますよということを見せておこう。

 

「さあさあご覧ください。ここにやってきましたのは一人の魔物狩りの男」

 ハンスは踊るように剣舞を披露しながら、しゃべりだす。

「持っているのはみすぼらしい剣が一つと少しのお金。あとはカバンに入った旅道具が少しだけ。そんな男が、命知らずにもこの大都市モーリスにやってきた。路頭に迷って野垂れ死ぬか、魔物に食われて悲惨な死を遂げるか、はたまた大成功を収めるか? その目でどうぞご見聞下さい!」

 そういってハンスは剣を上に投げた。そして鞘を持って右腕を受け付けの男に差し出す。

 あ、引いてる。何言ってんだこいつみたいな顔してるなー。でもいいんだ。自己紹介はウケを狙っていかないとね。せっかくだから名前もみんなに教えておこう。

 

「男の名前はハンス。裸一貫でモーリスにやってきたハンターです」

 振り投げた剣は、ハンスの持っていた鞘に収まった。

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