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桜魔ヶ刻  作者: きちょう
第1章 天を望む鳥は夜明けに飛び立つ
3/12

3.紅い夜、白い月

..013


「むぅ……」

 深い山の中で、少年は眉間に皺を寄せて考えた。

 周囲には桜が散っている。

 襲い掛かってきた桜魔たちの死体が変じた花弁と言う名の遺骸だ。

「これはなんというか……まずいな」

 年の頃は十かそこらの少年は、その外見に見合わぬ目をしている。

「とりあえず応戦してみたが、普通に殺してしまった。というか、殺してしまって良かったのだろうか? おや? そう言えば私は何のために生きているのだっけ?」

 考えることは無意味だ。

 桜魔に生きている意味などない。それでも少年は考えた。

 自分は何をするべきかと。

 この世に発生したばかりの桜魔である彼には、何もわからない。けれど。

 ――誰かが自分の中で叫び続けている。

「“桜魔王を倒せ”か……」

 それがかつての自分の望みなのか、今の自分の望みなのか、自分以外の誰かの望みなのかも、今の彼にはわからない。

 ただ、行かなければと思った。

 行かなければ。何処へ? 何処かへ。

「とりあえず街に出るか。そうすれば少しは情報も入って来るだろう」

 彼も彼らも、この先の出会いに何があるのかを、この時はまだ知らなかった。


 ◆◆◆◆◆


 深い深い森の奥に、その庵はあった。

 庵の外には幾本もの桜の樹が植わっている。

 噎せ返るような桜の香りが充満し、朝も夜も絶えることはない。白に紅に朱に染まった花が、視界を埋め尽くし雪のように降り注ぐ。

 だからこの場所――朱の森は、大陸で最も桜魔の力が強くなる場所だ。

 だからそこに棲まう者は当然、大陸で最も力の強い桜魔ということになる。

「陛下」

「早花か。どうした?」

 一際大きな樹の上。頭の後ろで腕を組み眠る体勢だった桜魔王に、一人の女の声がかけられた。

 女と言ってももちろん人間の女ではない。限りなく普通の人間の外見に近い、桜魔の女だ。

 高位の桜魔程、その外観は人間に似てくると言われている。

 桜魔王とその側近にもなると、外見上はもはや完全に人と見分けがつかなくなるのだ。

 側近の早花さはなに声をかけられて、桜魔王ことさくは樹から飛び降りた。

 あまりにも軽やかな身のこなしはやはり人の常軌を逸している。だが桜魔である彼にとっては当然のことだった。

「陛下にお目通りを願いたいという者たちが……いかがなさいますか?」

「俺に会いたい? 今度はなんだよ」

 前回花栄国で中規模襲撃を引き起こした者たちは、口でこそ自信ありげなことを言ったくせにその後あっさりと退魔師たちに始末されてしまった。桜魔王に己の業績を売り込んで取り入りたいのだかなんだか知らないが、いちいち付き合うこっちの身にもなれというものだ。

「面倒だな……早花、お前が王代理でいいよ。行ってきてくれ。もしくはかいにでも任せろ」

「陛下……そういうわけには……」

 彼、朔には、桜魔王としての使命感や人間を滅ぼそうという野望は一切なかった。

 朔は特異な事情により、生まれた時から桜魔王として生きることを余儀なくされていた。しかし彼自身が望んで桜魔たちの王に立ったわけではない。

「朔様、あなたは我々桜魔の希望なのです。王がいるからこそ地上の覇者である人間相手にも我々は戦える。陛下が陛下であられることで、末端の桜魔たちへの求心力が――」

「そんなもの、ただの幻想だろう」

「陛下」

「朔でいい」

 二人が押し問答している間に、もう一人の側近が朔を呼びにやってきた。

「陛下、とりあえず顔だけでも見せてやったらどうです。相手も美人なことですし」

 生真面目な早花と違って夬は適当な説明を加えて、王の興味を引こうとする。

「なんだ、今回の相手は女なのか」

「ええ。熟々ですけども」

「ババアかよ……」

 王相手に一体何を言っているのかと、早花は早花で夬を睨む。

「ま、仕方がない。お前たちがそう言うなら、会うだけ会ってみるか」

 側近たちはほっと息を吐いた。腰の重い桜魔王はようやく動き出す。


 ◆◆◆◆◆


 桜魔王は朱の森に構えた屋敷の一つで、訪れた客を出迎える。

 朔個人が普段使用しているのは質素な庵だが、それではあまりに格好がつかないとして、桜魔王としての役割をこなす時はこちらの屋敷を使うのが側近二人にとって暗黙の了解となっていた。

 夬の言うとおり、今回桜魔王に目通りを願った桜魔は熟女だった。

 外見で言えば確かに美しい。早花のような若さはないが、成熟した大人の女の持つ色香がある。

 もちろん外見は人間に近く、一見して桜魔だと当てられる者はいないだろう。

 彼女は華節かせつと名乗った。

 朔が知らなかっただけで、古株の実力者たちの間では有名な高位桜魔の一人らしい。

 彼女は一人ではなく部下を連れていた。若者から女性まで、十人弱と言ったところか。

 下位桜魔が徒党を組まずに本能で生きることを考えれば、姿から人間に近い同族をこれだけの人数まとめあげているだけで、華節の力量が窺える。

 堅苦しい挨拶は抜きにしろ、と朔は言った。

 華節も現在の王の気侭な性情は聞き及んでいるのか、単刀直入に本題に入った。

「我々の力で、陛下の御威光を人間どもに知らしめるために機会を頂きたいのです」

「俺の威光? そんなもんはない。どいつもこいつも桜魔王の名に惹かれてやってくるだけだ。好きにすればいい」

「ですがそれでは、桜魔が一丸となって人間を滅ぼすことはできません。我々はあなたに真の王となって、時代を導いていただきたいのです」

 裏を返せば今の朔の力では足りないと言うことだが、特に怒る気にはなれなかった。本当のことだ。

「陛下、あなたが望まずともあなたは我々桜魔の王――」

「嘘を吐け」

 朔はあっさりと華節の話を断ずる。

「俺が王だと? 王になりたいのはお前だろう? 上手く隠したつもりだろうが、野心が丸見えだ」

 言い当てられた華節は動じることもなく、ニィと笑う。彼女の部下たちと朔の側近二人の方が、一触即発で張り詰めた。

「それでこそ、我らの王だ。敵は強い方が殺し甲斐がある」

「俺たちは桜魔だからな」

 空が青いのは当然だとでも言うように、のんびりと朔は言った。

 戦い恨み憎み殺し合うのが桜魔の本能だと。

「まぁ好きにすればいい。俺の首をとれるもんならとってみろ」

「それでは遠慮なくやらせていただきましょう。とはいえ、今のあなたを殺して玉座についても、あまりにも箔が足りない。私自身の野望のために、あなたにはもっと立派な桜魔王になってもらわねば」

「立派な桜魔王ねぇ……」

 そんなものがあるのかと、朔は端から疑う調子で華節の言葉を繰り返す。そして己の野心を堂々と晒し、それができるだけの計画を携えた女にさらりと問いかけた。

「それで、お前は何がしたいわけ?」



..014


「辻斬り?」

「はい。かなり大きな事件になっています」

 桜魔王討伐に向けて着々と準備を行う鵠たちは、ひとまずお互いの手札を知り実戦に慣れていくために、共同で桜魔退治の依頼を受けていた。

 そんな中、またしても朱莉が街で拾ってきた噂である。

 片付けられた居間で長閑に茶菓子などつまみながら、彼らは毎度の如く血腥い話を続ける。

「辻斬りって……それが、桜魔の仕業なんですか?」

 神刃が怪訝な顔で朱莉に聞き返した。

 街中の通行人などを無差別に刀で斬り殺す。これだけ聞けば、桜魔の襲撃と言うより人間の犯罪と考えられるのだが。

「ええ。事件の数が多いので目撃者がいるんです。まぁこれも噂と言えば噂ですけれども、確かに『刀を持った桜魔が斬り殺した』そうです」

「それは……」

 口をつけないまま湯呑を卓に戻し、神刃が嫌そうな顔をする。

「ふむ……武器を持っているということは、相手は人間の姿に近いってことか」

 その傍らでみたらし団子を平然と頬張る鵠は、朱莉の話からざっと桜魔に関する推測を進めて行った。

「そのようですわね。肝心の人相までは伝わっていませんが、体格的には極一般的な成人男性のようだと」

「そして刀を携えている……か。厄介だな」

「ええ」

 三人はそれぞれ頭の中で、大雑把に桜魔の分類を思い浮かべた。

 桜魔と一口に言ってもその姿かたちも能力も様々だ。それでも大体は強さに応じて下位、中位、高位に分類され、力が強くなる程人間の姿に近くなると言う。

「その桜魔が中位か高位かはわからんが、人間の姿に近いということは、桜魔が街中に平然と紛れ込めるということだ」

「前回の『蘇る死者』の着ぐるみ方式とは違うんですか?」

 人間の姿に近い桜魔は強い力を持つ。それは事実だが、人間の姿を真似たり人間を操るだけであれば、能力的に下位の桜魔にも可能だ。

 前回鵠たちが対峙した桜魔は、死者の皮を桜魔の兵隊が着ぐるみのように被って人間に成りすますものだった。退魔師には妖気で即座にばれるお粗末な仕掛けだが、普通の人間を欺くには十分過ぎる。

「可能性がないこともないが、刀を使うということならその桜魔自身の姿が人間に近いんだろうと、俺は考える。『斬り殺した』と言われているのだろう?」

 桜魔の姿は、人間に近ければ近い程能力が高い。

 その能力の高さは、武器を扱うという点でも顕著だ。原始的に爪や歯で襲い掛かってくる獣のような下位桜魔に比べたら、刀を使いこなす程人間に近い桜魔は厄介だ。

 辻斬りの被害者が斬り殺されたと断定されているのなら、恐らくそれは犠牲者の死体に残った傷痕からの判断だろうと鵠は推測する。

 刀を持った桜魔に殺されただけなら、『桜魔に襲われた』で済む。だが、その辻斬りは人を『斬り殺す』のだ。

「すでに場所はわかっているのか?」

「出没地点はある程度判明しています。すぐに出ますか?」

 今回は前回の聞き込みのように、悠長なことは言っていられない。

 もしも相手が彼らの推測通り刀を扱う高位桜魔なら、一般人が自力で逃げるどころか、下手な退魔師でも返り討ちにされる程の手練れだ。

 朱莉はまだその実力を鵠に見せきってはいないらしいが、少なくとも並の退魔師よりはよほど強い神刃でも危険だ。

 安全確実にその辻斬りを倒す方法は一つしかない。

「俺が囮になる」

「鵠さん! 危険です!」

「危険だからやるんだろうが」

「だったら俺が――」

「阿呆。人間型の桜魔に今のお前なんぞの実力で敵うもんか」

 神刃がぐっと押し黙る。

 桜魔王を討伐し、大陸の平和を取り戻す目的のある神刃はその意識故に、並の退魔師よりは格段に強い。

 けれど鵠は天性の才能とたゆまぬ鍛錬を以ってかつて「最強の退魔師」とまで呼ばれた男だ。それでなくとも十歳年上の鵠に比べれば、十五歳の神刃はまだまだひよっ子である。

「まぁ、私なら術の特性上神刃様よりまだマシだったりもしますけれど、今回は内容的にも鵠様が直接行った方が早いと思いますよ」

 放っておけばまだ二言三言は反論しそうな神刃の顔を見ながら、朱莉は気になる一言を付け加えてきた。

「その辻斬りはこう声をかけてくるそうです。『なぁ、お前は強いのか?』と」


 ◆◆◆◆◆


 結局朱莉の付け加えた言葉が決め手となり、鵠が辻斬りをおびき寄せる囮作戦は暗黙の了解のうちに決定された。

 神刃も朱莉も決して弱くはないが、三人の中で誰が一番強いかと問われればそれは間違いなく鵠である。

 朱莉の情報を頼りに、三人は辻斬りの現れた地域へ早速足を向けた。

「じゃ、俺はこの辺を適当にうろついてみるから、お前らは街中に帰れ」

「へ」

 来たと思ったらあっさり帰れと言われ、神刃は目を点にする。

「って鵠さん?! まさか一人でやるつもりなんですか?!」

「……今回は、さすがにお前らでも相手が悪すぎる。神刃、お前だって人間とほとんど変わらないような高位桜魔とは戦ったことないだろう?」

「それは……」

「侮るな、神刃。高位の桜魔はお前がいつも戦っている獣型とは次元が違う」

「……それこそ桜魔王は、人と変わらぬ容姿をしていると言いますわね」

 相変わらずどこで集めて来るのか、朱莉は桜魔関連の噂話に異様に耳聡い。桜人とはそんなところまで桜魔に近くなるものだろうか。

「それも噂だがな。だが、桜魔王だけでなく、その側近級でも完全に人と変わらない見た目をしているらしい」

 実力は圧倒的で、しかし見た目は人間と変わらない。

 つまり、相手が気配を隠して接触してきた場合、詐欺師に騙されるように退魔師が桜魔に騙される可能性があるのだ。油断できない。

「鵠さんは、ひょっとして……」

「ああ。高位桜魔とやりあったことがある。俺が一時期最強と言われていたのも、その辺りからだ」

 桜魔王とその側近が人と変わらない見た目をしているという情報も、鵠はその時に手に入れた。

 鵠が倒した高位桜魔曰く、今の桜魔王は積極的に配下である桜魔たちの音頭を取ることはほとんどしないらしい。

 けれど王に顔を売れば同胞の中でも権力を握れると考える桜魔は後を絶たないらしく、自らの力に自負を持つ高位桜魔たちはこぞって桜魔王に取り入りたがるのだそうだ。

 自分が鵠に――人間の退魔師に殺されるなどと夢にも思わなかったらしいその高位桜魔は、べらべらとよく喋ってくれたものだ。

 その桜魔の自惚れが強かったのか鵠の実力が単純に上だったのか? 確かなのは、高位桜魔を一人倒した鵠の名が即座に最強の退魔師として祀り上げられる程、高位桜魔は次元の違う強さを持つということだ。

「それに、もし万が一俺の方に来なかった場合、町民が襲われていたら救出する必要がある。お前たちは警戒地区のぎりぎりに残ってそういった支援を頼む」

「……はい」

 そもそも退魔師とは桜魔に襲われている人々を救うために桜魔と戦う存在だ。辻斬りが鵠の方に寄って来なかった場合は、神刃たちが先に見つけて鵠を呼ぶ必要がある。

 この土地はすでに辻斬りの噂が出回り、行き来する人間はほとんどいないらしい。それでも立ち入り禁止令が敷かれているわけでもなし、誰かが迷いこまないとも限らない。

 何とか言い分を飲んだ神刃と朱莉を見送り、鵠はいつもは持ち歩かない刀にこれ見よがしに手をやりながら歩き出す。

 ――が、それも長くは続かない。

 先程から彼の警戒網にぴりぴりと引っかかる気配がある。

 一度はここまでついてきた神刃たちを、わざわざすぐに追い返したのはこのためだ。

「出て来い。俺と遊びたいんだろう?」

 神刃も朱莉もそれなりの腕を持つ退魔師、本来なら鵠一人が歩き回る不自然さを誤魔化すためにも、二人を連れていても良かった。

 しかし、相手がその二人に存在を気づかれず尾行してくるような手練れであるならば別だ。

 そんな達人との危険な戦闘に神刃たちを巻き込む訳にはいかない。

「遊ぶ? ちょっと聞きたいことがあるだけだ」

 だが、出てきた相手の姿に鵠は眉根を寄せた。なんだ、この違和感は。

 目の前の相手は外見から受ける印象とその気配に感じる強さが不相応だ。

 見た目は十にも満たない、白金の髪と瞳を持つ愛らしい子どもの姿をした桜魔は口を開く。

「なぁ、ちょっと聞きたいのだが、いいか?」

「……なんだ、坊主」

 鵠が刀の柄に手をかけても動じる素振りを見せず、子どもは堂々と彼に聞いた。

「お前は強いのか? 退魔師よ」


 ◆◆◆◆◆


 神刃は不満げな顔で道を歩いていた。横を歩く朱莉が、拗ねる弟を宥めるように言い聞かせる。

「ま、今回は大人しくしていましょうよ、神刃様」

「朱莉様、ですが……」

「鵠様の仰ることは尤もです。私たちも一応人間の姿に近い桜魔の強さは知っているでしょう?」

 ここまで一度連れてきておきながら即座に帰れと命令する、常の鵠らしからぬ理不尽さに多少引っかかるものは確かにある。しかし朱莉は彼の判断にも一理あると思ったので、今回はその言い分に納得することにした。

「……『彼』は、どうしているんです?」

 神刃が、ちらりと朱莉の足下――彼女の影を見遣る。

 朱莉の能力に関しては、説明が面倒との理由でまだ鵠には紹介していない。

「大人しくしていますよ。過去を思い起こして複雑な気分だそうですけど」

 高位とは言い難いが、人間の姿に近い桜魔なら一応朱莉と神刃もその存在を知ってはいるのだ。

 ただ、今回鵠が警戒しているのは、それよりも更に高位の話である。

 ようやく人の姿をとれる程度の中位桜魔ではなく、もはや人と完全に変わらぬ見た目をした高位桜魔――。

「桜魔であると名乗らねば桜魔であることに気づけない程人に近い容姿であれば、相当の強さのはずです」

「高位の桜魔と戦うことは、人間の退魔師同士で戦闘するのと変わらなくなってくるとは聞きますが……」

 姿かたちや戦闘方法はもちろん、本当に優れた桜魔は、退魔師が人と桜魔を見分ける術である、妖気や気配までも人に近しく偽装できると言う。

 理屈は少し違うが、朱莉も似たようなものである。元々普通の人間の退魔師であった朱莉は、人間の世界で生きていくために自分の気配を人間であった時のものに近づけている。

 だから退魔師と高位桜魔との戦闘は、もはやほとんど人間の退魔師同士の戦いと変わらなくなってくるのだ。人が道具を使いこなすように、人の姿をした桜魔も己の能力を補整する道具を用いて来ると言う。

 辻斬りが刀を使うという話を聞き、鵠が警戒を露わにしたのもそのためだろう。

「空いた時間に私とあなたで組み手でもやってみます? 少しはマシかもしれませんよ?」

「俺が朱莉様に吹っ飛ばされている未来しか見えないんですけど……」

 桜人になった朱莉と退魔師とはいえ普通の人間である神刃を比べたら、朱莉の方が腕力が強いのである。

「まぁ、鵠様なら大丈夫でしょう? 一応『狼煙』もありますし、大掛かりな罠ならそれはそれで結構。私たちは後から救援に駆けつければいいのです」

「……」

 朱莉はきっぱりと言い切った。神刃だって鵠の実力自体は信じている。ただあっさりと戦力外にされた己の力足らずが悔しいだけで、本気で鵠のやり方に反発している訳ではない。

 だからこの話もここで終わりだ。話題も尽きて、神刃は黙り込む。

 目の前の角を曲がれば後は一本道、もう少しで街の中心部に戻れる、そこで二人は人に声をかけられた。

「もしもし、そこ行くお嬢さんお坊ちゃん」

「……」

「あ、はい。なんでしょうか」

 神刃は普通に返事をしたが、朱莉は口を噤んで相手をよく観察した。

 この辺りはまだ辻斬りの出現範囲の内だ。

 こんな時間にこんな場所で一人、この男は何をしている? 何をするつもりだ?

「ちょっとお尋ねしたいことがあるんだが」

「下がってください、神刃様」

 朱莉はいつでも術を発動させられるよう臨戦態勢をとり、神刃の前に進み出る。

「まさか」

 彼女の尋常ならざる警戒と相手の姿に、神刃もようやく異変に気付いた。

 相手の男はただの人間に見える。人間にしか見えない。

 だが慎重に気配を探ればすぐに違いに気づく。

 男は何もない空間から――太刀を抜いた。

「!?」

「なぁ、お前さんたちは強いのかい?」

 二人を獲物として視界に定め、辻斬りの桜魔はにぃと笑った。


..015


「俺が強いかどうかなんて、戦ってみればわかることだろう?」

「それもそうだな。では一戦、手合わせを願いたい」

「お断りだ……と、言っても無駄なんだろうな」

 十にも満たぬ少年姿の桜魔と鵠は戦闘を開始した。

 太刀を抜いて斬りかかるが、子どもは羽根のように軽やかに攻撃を躱す。

 鵠があえて剣を大振りにして隙のようなものを見せると、見逃さず細い足で蹴り込んでくる。

 鵠がそれに合わせて反撃を決めようとすると、咄嗟の行動だろうに危なげなく白刃を避けてみせた。

 目標を空振りした白刃は、打ち捨てられた家の塀を無残に斬り落とすに留まる。

「おお、強いな!」

 子どもは鵠の力に関心を見せるが、そう口にする本人も強い。

 その幼気な見た目からは想像できない強さだ。

「私はな、とある理由によって強い相手を探しているのだ」

 間断ない攻防を交わしながらも、子どもは好き勝手に事情を喋る。鵠は興味はないのだが、だから黙れと言ったところでどうせ相手も聞きはしないだろう。

「お前は相当な使い手だな。退魔師ならば、私の目的のために是非とも協力してもらいたいことがあるのだが」

「誰が桜魔に協力なんぞ」

「いやいや、そちらのためにもなることだぞ、きっと」

 妙な相手だと思った。

 強さの割に敵意がない。

 これが本当に、夜な夜な何人もその手にかけた辻斬りなのだろうか。

 相手はその小柄さを活かして飛び込んでくる。

 素手の攻撃にはけれど十分な妖力が――。

 素手?

「……おい、ちょっと待て!」

 今更それに思い至り、鵠は慌てて尋ねた。

「何故お前は武器を使わない!」

「? と言われても、私は元からこういう戦い方なのだが」

 子どもが不思議そうな顔をする。嘘をついているようには見えない。

 ――体格的には極一般的な成人男性。

 ――そして刀を携えている。

 しまった。桜魔の行動だけを見て、標的の確認を怠った。

「お前はここ最近辺りを騒がしている辻斬りじゃないのか?!」

 子どもはきょとんと眼を瞬く。

「辻斬り? なんだ、それは。私ではないぞ」

「――ッ!」

 まずい。鵠がここでこの子どもと戦っていた間に、本物の辻斬りが別の人間を襲っているかもしれない。

 神刃は短弓と小太刀を提げていた。辻斬りが剣士を優先して狙うのであれば――。

 その時、遠くで覚えのある誰かの霊力が膨れ上がった。


 ◆◆◆◆◆


「なぁ、お前さんたちは強いのかい?」

 二人を獲物として視界に定め、辻斬りの桜魔はにぃと笑った。とても楽しそうに。

 見た目は紅い髪に緑の瞳の、二十代半ばの青年だ。ゆらりと発する妖気さえなければ、ただの見惚れる程の色男である。

「辻斬り?!」

「あらまぁ。鵠さんの方じゃなくてこちらに来るとは」

 これまでの桜魔の行動範囲から次の現場を予測したのだが、見事に外してしまったようだ。神刃は険しい顔で小太刀の柄に手をかけ、朱莉は溜息をつく。

 相手は人と見紛う程に人に近い――間違いなく高位桜魔である。

「なぁ、強いのかい?」

「……ええ。そこそこ腕に自信はあります。ところで、私たちからも一つお聞きしてよろしいでしょうか」

「なんだい?」

 朱莉は一見友好的に見える程ににこにこと話しかける。相手の桜魔もにこにこと笑顔で応じている。

 だが彼らの手には武器が握られ今にも戦闘に入りそうな緊張状態が繰り広げられていた。

「あなたは最近、この街を騒がせている桜魔ですわね?」

「そうだよ、退魔師のお嬢ちゃん」

 相手に偽る気はなく、こちらももう疑いようはない。この目の前の男こそが、鵠が囮になってまで捕まえようとした辻斬りだ。

「頼みがあるんだよ、お二人さん。俺たちの目的のために、どうか死んでくれ」

「奇遇ですわね。私もあなたにそう頼もうと思ってましたの」

 朱莉が言い終わるや否や、神刃は剣を抜いて仕掛けた。

「おっと」

 しかし辻斬りの男は危なげなく躱す。

「せっかちな坊やだ。せめて自己紹介くらいしようぜ」

「これから死にに行く者に名乗る名などない」

「おやおや。冥土の土産って言葉もあるだろう。だからお前らには教えてやるよ。俺の名は桃浪とうろうだ」

 桃浪と名乗った桜魔は、神刃と朱莉、二人の退魔師を前にしてもまったく動揺する様子がない。それだけで、相当な使い手だとわかる。

「まずいですわねー」

 まったくそうは思っていない口調で、朱莉が言った。

「この方、恐らく鵠さんと同じぐらい強いですわよ」

「……俺では、相手にならないと?」

 神刃の低い囁きに、朱莉は小さく頷く。残念だが戦う前から実力差は歴然だ。霊力や妖力の強さが総てを決する訳でもないが、これほどの妖力を持つ相手が弱いなどと言うこともまずありえない。

「まぁ、最悪の場合、逃げることも考えて引きながら相手をしましょう。二対一ですし」

 神刃と朱莉は桃浪と交戦を開始する。

 刀を握り斬りかかってくる桃浪の攻撃をいなすためには、小太刀を持っている神刃が前に出るしかない。朱莉は呪符を飛ばして神刃を支援する形になる。

「へぇ、ガキの割になかなかやるじゃん」

 桃浪は神刃の相手をしながらも楽しそうだ。桜魔にも人間の退魔師にもたまにいる、戦闘に過度の高揚を覚える性格のようだ。

「おお、強い強い。これも捌くとはやるね」

「くっ……」

 桃浪は遊んでいる。神刃の攻撃は彼から致命的な一撃を貰わない程度には打ち合えるというだけで、剣技ではまったく彼を倒せる域に届いていない。

 しかしこちらは二人だ。神刃が不利となると、すかさず朱莉が援護に回る。

 彼女の呪符は防御に目眩ましにと、様々役立つ。

 だが援護はあくまでも援護。突破力はない。そしてこの場合神刃に桃浪の剣を断ち切るだけの実力がないと打破は難しい。

「なかなか息の合った攻撃だな。だが……」

 桃浪の前では、神刃と朱莉の即席の連携など、文字通り児戯に等しいのだ。

 桃浪の攻撃で、神刃の小太刀が折れた。刀が脆かった訳ではない。刃に刃を絡める技術で、桃浪が折ったのだ。

「その程度じゃ、俺には届かないぜ」

 一瞬武器を失った神刃に、桃浪がすかさず追撃を仕掛ける。

「――“紅雅”!」

 その刃が届くよりも早く、朱莉が一つの名を叫んだ。

「!」

 刀を持った長い黒髪の青年がどこからか飛び出してきて、神刃を庇う。朱莉は紅雅に命じた。

「あの男の相手をなさい。気を付けて。かなりの手練よ」

「御意」

 紅雅が前に出て、神刃は一度後退する。折れた小太刀を捨てて武器を短弓へと持ち換える。

「おいおい。そこの兄さんは今どっから出てきたんだよ」

 突然の援軍に桃浪が目を丸くしている。

 紅雅は中位桜魔、人に近い姿をしてはいるが、ところどころに桜魔としての特徴を残していてすぐにそうとわかる見た目だ。

 剣士としての腕前は相当のものだが、それでも桃浪と真正面から一対一でやり合うにはきついだろう。

「秘密ですわ」

 朱莉はにっこりと回答を拒絶するが、桃浪は余裕を失わない。

「そんなことされたらさぁ」

「なっ……!」

 今度は神刃たちが彼に驚かされる番だった。桃浪の背後にゆらりゆらりと、次々に人影が現れる。

「こっちも援軍を呼ばないと。なぁ?」

 事件を起こせば解決のために退魔師がやってくる。だが良くて二、三人程度。

 犯人が一人と聞いていれば、それ程の人数を投入しないことを桜魔側も知っていたのだ。

 辻斬りの桜魔を倒すためにやって来た退魔師を、数を揃えて待ち構えた桜魔たちが殺す。

 桃浪の台詞に応えるように現れた影の多くは人の姿。高位桜魔である。

 このための辻斬りだったのかと、朱莉は舌打ちした。


..016


「こっちも援軍を呼ばないと。なぁ?」

 桃浪の言葉に、朱莉と神刃は眉間に皺を寄せた。

 辻斬りは罠で、桃浪たちの一味は辻斬りを止めに来た退魔師を殺すことが、本命の目的だったのだ。こちらの囮作戦には引っかからなかったのに、まんまと釣られたことになる。

「人数で勝られると厄介ですわ」

「数を揃えるのは基本だからなぁ」

 本当は一対一でやりたいんだけど、とまた戦闘狂らしい適当なことを言い、桃浪は剣を一振りして構えなおす。

 桃浪が呼んだ援軍は五人と言ったところか。どれも人型の高位桜魔だ。

 一方こちらは神刃・朱莉に紅雅を加えても三人。

 鵠がすぐに駆けつけてくれるとも限らない。状況は圧倒的に不利だった。

 ただしそれは普通の退魔師の話。

「ではこちらも数を増やしましょうか」

「何?」

 朱莉が言い放つと、彼女の足元でその影が水のように揺らめき渦を巻いた。

 次の瞬間、飛沫を立てるその影の中から、無数の桜魔が飛び出してくる。

「これは!」

 高位桜魔たちも驚き目を瞠った。

「“魅了者”か! うっわ。珍しい!」

 ――魅了者。

 朱莉の能力は、桜魔を自分の支配下に置けると言う力だ。

 ただし勿論全ての桜魔を支配できるわけではない。妖力が強ければ強い程、相手の抵抗も強くなる。

 朱莉の配下はほとんどが獣型の低位から中位までの桜魔だった。

 その中で唯一人型をしているのが、先程登場した中位桜魔・紅雅である。

 しかしその紅雅でさえ、今目の前に居並ぶ高位桜魔たちに比べれば格段に腕が落ちる。

 それでもここは物量で押すしかないと、朱莉は配下の桜魔たちを次々に敵に向かってけしかけた。

 その間、神刃は神刃で桃浪との戦いを続けていた。

 小太刀を失ったので短弓が主な武器となるが、退魔師として霊力をそのまま矢に変換しているので矢が尽きる心配は少ない。

 桃浪は矢をひょいひょい軽く避けている。見事な身のこなしにより、神刃もだんだんとその拍子が掴めてきた。

 そこで勝負を仕掛ける。すでに放った霊力の矢の進路を、神刃は中途で思い切り曲げた。

「!」

 術師の思念に従う霊力の矢だからこそできる芸当だ。

 やっとまともに攻撃があたり、神刃の矢は桃浪の腕の肉を派手に血を散らしながら持っていく。

 結構な深手を受けたはずの桃浪だが、緑の眼はまさしく獣のごとく爛々と輝いていた。

「面白ぇ……!」

 どくどくと流れる血が次第に桜の花弁に変わることさえ気に留めず、桃浪は神刃をぎらぎらとした瞳で見据える。

「気に入ったぜ坊や! さっきのあれ、中々良い攻撃だった!」

 そう言って彼は、一層楽しげに攻撃を仕掛けてきた。

「ぐっ!」

 神刃は短弓を盾代わりにしてなんとか桃浪の太刀を受け止める。攻撃は荒いが一撃は重い。

「桃浪!」

 仲間らしき桜魔の一人が桃浪を叱咤した。歳の行った女性姿の桜魔だ。

「遊んでんじゃないよ!」

「……はいはい。ったく、つまんねぇな」

 明らかに不満げな様子ながら、桃浪は一応はその言葉に従う様子を見せる。

 桜魔たちの様子から、この集団の長はどうやら今桃浪に命令した女桜魔らしいと神刃と朱莉は見当をつけた。

 桃浪とあと二人程の桜魔が、女桜魔に従っている。

 一人だけ指示も受けずどこかこの状況を冷静に傍観するかのような態度の若い女がいるのだが、どういった立ち位置なのかはまだわからない。

「私たちの目的は決まっている。さっさとその餓鬼どもを始末して、もっと強い退魔師を誘き出すんだよ」

 朱莉の魅了者の力に動揺していた桜魔たちは、女の一言に統率を取り戻す。朱莉が従える配下は本来なら彼ら高位桜魔の相手にもならない中位や下位の桜魔ばかり。落ち着きを取り戻されては厄介だ。

 激しい攻撃が来ることを神刃と朱莉は警戒した。だが。

「おっと」

 桃浪が咄嗟に避けた部分の街路を太刀が穿つ。

「神刃! お嬢!」

「鵠さん!」

 争乱の気配を察知した鵠が、ようやくこちらに駆けつけてくれたのだ。

「二人とも怪我はないな!」

「はい!」

「無事ですわ。無事ですけれど……」

 朱莉が後半、言いにくそうに語尾を濁す。それは鵠と共に現れたもう一人の存在が理由だった。

「なんだ貴様は?!」

 鵠の他にもう一人、淡い金髪の少年が弾丸のように飛び込んで、先程桃浪に声をかけた女を吹っ飛ばしたのだ。

「こっちが敵で良いのだよな? 能力と年齢的にこの女が頭のようだが」

 彼は桜魔だらけのこの空間を上から眺め、きょろきょろと見回している。

「おや? これはまた凄い大群だな! っと……あれ? だがこれは……」

 状況がわからないのは少年だけでなく、救援に駆けつけた鵠もだった。

 辺り一帯が、朱莉の魅了者としての能力で呼び出された配下に埋め尽くされているのだ。先程鵠は神刃に斬りかかろうとしていた桃浪に刀を投げつけたが、そうでなければ誤解によって同士討ちが発生してもおかしくない状況である。

「お前ら、この状況はどういうことだ」

「私の能力ですわよ、鵠様。私は魅了者なんです。獣型の下位桜魔たちとこの紅雅は、私のしもべです」

 神刃と朱莉を守るように展開している下位桜魔たちと刀を構える紅雅を見て、鵠はほぉと感嘆の息を吐く。

「……じゃあ他の奴らは全員辻斬りの仲間ってことか。それはそれで凄い状況だな。よく持ち堪えた」

「それより、あの子は一体何者なんです?」

 鵠が朱莉の能力について説明を受けているように、神刃たちも鵠に聞きたいことがある。

 鵠と一緒にこの場に飛び込んできた、金髪の子どもに関することだ。

「俺にもよくわからん……」

 だが鵠の答は大変心許なかった。神刃と朱莉は怪訝な顔になる。

「あの子も、桜魔ですよね……?」

「俺の知らない間に人類が背中に翅を背負うよう進化していなければな」

 鵠が先程まで対峙していた子どもは、何故か一時休戦を申し出て鵠についてきた。

 どちらにしろ神刃たちと合流した方がいいという判断の下ついてくるのを容認したのだが、思った以上に役立っている。

 移動すると決まった途端に蝶や蛾に似た翅を背に生やした子どもは、神刃たちを襲った辻斬りの一団へ次々に攻撃を仕掛けていた。その一挙一動に躊躇いや遠慮は微塵もない。

「桜魔?! 何故桜魔が人間の退魔師と?!」

 子どもの登場と行動には神刃たちだけでなく桜魔側も驚いて、色々と問い質す様子だ。

「私にはどうやらやらねばならないことがあるらしくてな、その目的のためには強い退魔師と行動を共にするのが近道なんだ」

 しかし鵠と顔を合わせた時からこの調子の子どもは、同族を前にしても同じようにその説明で通すつもりのようだった。

「ふざけたことを……!」

 辻斬りの一団を取り仕切る中年の女桜魔は子どもに反撃する。しかし、子どもは相当な手練れだった。

 桜魔同士の高度な戦闘が、退魔師たちを置き去りに繰り広げられる。

「華節。どうするんだ? このままやりあうのか?」

 鵠と子どもが合流したことで、形勢が一気に変化した。朱莉の物量作戦も効いて来て、だんだんと辻斬り側が押されていく。

「くっ……仕方ないね」

 華節と呼ばれた女桜魔は、不利を悟ると悔しげな表情で部下たちに指示を飛ばした。

「お前たち、撤収だよ!」

 高位桜魔たちが撤退していく。とはいえ退魔師側もここで追撃をする程の余裕はなく、ただそれを見送ることしかできなかった。

「桃浪! 何をしてるんだい!」

「はいはい。今行きますって」

 最後まで残った最初の男、桃浪は神刃に目を向ける。

「さっきは楽しかったぜ坊や。また今度、邪魔が入らない状況でやろうな」

 いや、遠慮したいんだけど。そんな神刃の心情もどうでもいいと言わんばかりに、桃浪は自分ばかり機嫌よく引き上げていく。

「……なんだ神刃。お前、俺がいないところで一体何をやっていたんだ?」

「鵠さん……それは俺の台詞でもあります」

 この場の均衡を壊した白金髪の子どもの存在を指摘すれば、鵠も面倒そうに髪をかく。

「あー、実はな……」

 しかし子どもは鵠からの紹介を待つでもなく、自分から元気よく名乗った。

「私の名前はさんだ! よろしくな!」

「よろしく?」

「うむ!」

 そして彼は、そのままの流れで盛大に爆弾を落とす。

「私の目的は桜魔王を倒すことなんだ。お前たち、退魔師の仲間に入れてくれ!」

「「はあ?!」」


..017


 蚕と名乗った桜魔は言う。

 自分の目的は、桜魔王を倒すことだと。

「……そこまではいい。事情は人……じゃないが、桜魔それぞれだからな。問題はその先だ」

 鵠たち三人は、ひとまず蚕を家に連れ帰ってきた。

 自分たちの根拠地を教えてしまうのはどうかと思ったのだが、だからと言って適当な場所も思いつかない。宿をとるには金がかかる。こんな得体の知れない相手を下手に人の多い場所にも連れ込みたくない。

 結局、今の根拠地と定めた家に帰ってくるしかなかったのだ。

 そしてとにかく話し合いの場を設ける。

 この子ども姿の桜魔――蚕はあろうことか、鵠たち退魔師の仲間になりたいと言ったのだ。

「反対です」

「ちょっと考えてしまいますわね」

 神刃は即答、朱莉は苦笑しながらそう答えた。鵠自身も、そう言われてほいほい桜魔を受け入れる気にはならない。

 いくら目の前にいる子どもが、他の桜魔とは毛色の違う変わり種だと言っても。

「そもそもお前は、何故自分たちの王を倒したいんだ」

「わからん」

「……おい」

 鵠の当然の疑問にも、返ってくるのは心許ない答だ。

「いや、本当にわからんのだ。私の中には桜魔王を倒すという目的だけがあって、その目的に付随するはずの理由や感情は存在しない。いや……あったのかもしれないが、失われている」

「……記憶喪失か何かか?」

 鵠は尋ねるが、蚕は首を横に振る。

「恐らく違う」

 蚕は自分の状況を語った。

 気が付いたら森で一人立っていて、桜魔王を倒す目的だけを抱えていたことを。

「桜魔は人間のように母親から生まれてくる者は少ない。魔力と瘴気の結びつきによって『発生』する者が大半だからな。私の心残り――桜魔としての目的はどうやら桜魔王を倒す事のようなのだ」

 だから、それが「何故」なのかまでは蚕自身にもわからない。

「桜魔に目的など聞いても無意味だからな。それがわかれば、そこに何かの意味や価値を見いだせれば、わざわざ人間を襲う必要もない」

「お前は、人間を襲ったことはないんだな?」

 鵠は念のため確認するが蚕は迷わず頷いた。とても嘘をついているとは思えない堂々とした態度だ。

「でも、今日鵠さんと戦ってませんでした?」

「それは……まぁ、そうだが。危害を加えようとしたわけではなく、実力を確かめたかっただけなので見逃してくれ」

 鵠と蚕の戦闘は、蚕の言い方が紛らわしかったとはいえ、鵠自身が戦ってみれば強さはわかると言って挑発した形になるかもしれない。

「私は人間を襲ったり、殺したりしたことはない。この私として生まれる前のことまでは責任を持てないが、少なくとも私自身の覚えているかぎりではやっていない。襲う必要もないしな」

 そして蚕は、鵠と出会った時から口にしてきたことを、今また再び繰り返し告げた。

「私の目的は桜魔王を倒すことだ。だからお前たち退魔師に力を貸してほしい。お前たちが本気で桜魔王を倒す気ならば、仲間に入れてくれ」

 鵠は溜息をつきながら神刃と朱莉の方を眺める。

「……どうする?」

「私は別に――」

「反対です」

 どちらでもいいと言う朱莉の言葉を遮って、神刃が強い拒絶の意を示した。

 表情は険しく顔色は悪い。

「――桜魔を仲間にするなんて、ありえません」

「神刃」

 鵠は名を呼ぶだけ呼んで、それ以上何も言うことができなかった。

 朱莉は表情を消して二人を見つめている。

 拒絶を受けた蚕本人だけが一番安定しているという妙な状況だった。

「駄目です。鵠さん、それは。俺たちは、退魔師です。桜魔を殺して平和を勝ち取らなければいけない」

 言葉こそ拙いが、神刃の本気は鵠にも伝わってきた。普段の戦いぶりからすれば鵠の方が桜魔に対し非道なくらいなのだが、こういった肝心な場面では神刃の桜魔嫌いが顔を覗かせて譲らない。

「だが……桜魔王はともかく、他の桜魔たちまで俺たちで全て始末するというわけにもいかないだろう」

 たった数人の退魔師集団で大陸中の全ての桜魔を屠ることなど不可能だ。だが桜魔王という旗印を喪えば、桜魔側が統率力を失くし瓦解するかもしれない。そうすれば雑魚は他の退魔師でも狩れる。だからこそ鵠は何より桜魔王討伐を優先している。

 だが、神刃は。

「俺は」

 強い声音。けれど掠れて、どこか虚ろだ。

 その言葉は蚕を拒絶し傷つける以上に、神刃自身を追い詰めるかのように聞こえた。

「全ての桜魔を憎みます。桜魔がこの世から完全に消えない限り、平和を取り戻すことなんてできません」

「……神刃様」

 自らが桜人となり、配下に無数の桜魔を抱えた朱莉は神刃の発言が辛くないのだろうか。鵠は危惧したが、一瞬で杞憂となった。

 朱莉はむしろ、青褪めた顔で拒絶を口にした神刃を憐れむかのような表情で見つめている。

「ふむ。なるほど。お前の意見はわかった。そちらはどうでも良さそうだが」

「ええ、まぁ別に。あなたはかなり高位桜魔のようですから私の支配下にはできませんけれど、紅雅や他の子たちがいるのに今更桜魔は駄目なんて言えませんよ」

 蚕に対して頷いた朱莉は、しかし、と神刃の方を目線で示す。

「――ただ、この連盟の首脳は私ではありませんの。鵠様、神刃様。この二人を納得させなければ、私が何を言っても無駄です」

「そうか。……では」

 蚕は続いて鵠に目を向ける。意見を求められた鵠は、偽らざる本音を口にした。

「……正直に言って、俺も桜魔を積極的に仲間に迎え入れる気はない。お嬢に関してはただの人間の頃から神刃と顔見知りという事情があるらしいから納得したが」

 人としての心を優先したからこそ桜人になったという朱莉と違い、蚕は過去を持たず本能的な目的に従う完全な桜魔だ。

「だが……」

 その一方で鵠は、蚕に敵意がないことを何故か受け入れてしまっている。

 ただそれを自分自身でも上手く言えないために、神刃をここで説得できるだけの発言力もなかった。

 本当に彼が人間に害をなさないという確たる証拠がなければ、受け入れるわけにはいかないだろう。

「お前が本気で桜魔王を倒す気があるなら、戦力として迎え入れる手もあるにはある。――だが、そもそもお前を信用できると判断する術が今の俺たちにはない」

「ふむ。それもそうだな。確かにこの状況や私自身の発言の不審さを考えれば、言葉だけでお前たちを説得することは難しい」

 しかし蚕はめげなかった。

「では、いっそ、様子見期間を設けると言うのはどうだ?」

「様子見?」

「お試し期間と思ってもらってもいいぞ。私が桜魔王討伐に役に立ちそうならそのまま仲間に加えてくれ。もしも私が桜魔として、人類にとって有害な存在だと判断したなら」

 告げる声はどこまでも透明で、濁りの一つも見つけ出せない。

「その時はお前たちの手で、私を殺せばいい」

「!」

 鵠も朱莉も驚いたが、蚕の提案に一番動揺が激しかったのは神刃だ。

「どうする? 神刃」

「まぁ、三人がかりでなら殺せないことはないでしょうけど」

 蚕を激しく拒絶しているのは神刃だけ。結論は彼に委ねられている。

「この提案を受け入れることも一つの手だと思うぞ。もし本当にこいつが何かした場合、俺たちですぐに対応できる。並の退魔師にはきつい相手だろ?」

「そう……ですね。わかりました。そういうことなら……」

 結局のところ、蚕が桜魔としての本性を現し、人間を襲おうとしたら誰かが止める必要がある。そのためにも近くに置いて監視するのは有効な手だという理論が、神刃を動かしたようだった。

 好きにすればいい、と神刃は言う。

「だが俺は、お前を認めない」

「認めさせてみせるさ」

 気負う訳でもなく、極当然のように蚕はそう返した。

「……辻斬りに関して、街に聞き込みに行きます」

「ああ、気をつけろよ」


 ◆◆◆◆◆


 街へ出かける神刃を見送り、鵠はぽつりと切り出した。

「退魔師が桜魔嫌いなのは当然なんだが、神刃のあれには何か根の深いものを感じるな」

「ええ。その通り根が深いので」

 朱莉はさらりと肯定する。彼女は神刃の事情を知っていて、鵠の疑問や懸念も理解した上でそう返答するのだ。

 先の事件の後、この少女に言われたことを鵠は思い返す。

 ――あの人をお願いしますね。この先どんなことがあろうとも、最後まで心から神刃様の味方になってあげられるのは、きっとあなただけです。

 何故神刃の味方が少ない前提で話をするのか。

 何故、朱莉自身は神刃にそこまでしてやれないのか。

 鵠の中には様々な疑問がある。

 だが、火陵という養い親を喪って傷ついているだろう神刃に、直接言葉をかけるのは躊躇われた。

 少年時代は鵠自身も相当無茶をしたものだし、それを諌めてくれたのは他でもない火陵であるだけに。

 鵠がろくな事情を聞かずに桜人である朱莉のことを受け入れた理由もそれだった。

 自分は若人を諭せるような正しい生き方をしてきていない。

「思春期ってのは難しいな。迂闊に踏み込めば傷に触れてしまいそうで」

「鵠さんは大人ですからねぇ。大人って大変ですわね」

「お嬢……」

「だから私は、“子ども”であるうちに“大人”になることを諦めてしまったんです」

 そして多分、神刃もそうなのだ。

 妥協や諦観に流される大人になる前に、桜魔との戦いに決着をつけたがっている。

 自ら戦って傷ついてまでして世界を変えなくても、自分一人がそこそこ平穏に生き延びられればそれでいい。

 それは、つい数週間前までの鵠自身の姿だった。鵠は大人だと朱莉は言うが、それは決して良い意味だけではないだろう。

 ……本当に良い大人なら、子どもの熱意をただの戯言だと切り捨てない。その情熱を理解したまま、更に発展させることができるはずだ。

 だが今の鵠には難しい。たった一人の少年の説得さえ。

 神刃の無謀なまでの行動力や信念といったものを、鵠はある程度評価しているだけにそれを否定するようなことは言いづらい。

 そんな鵠の懊悩を察してか、朱莉は今度は蚕に目を向ける。

「あなたがもっと嫌な人だったら話は単純だったんですけどね」

「ははははは。それは、褒め言葉と受け取っていいのかな?」

 蚕は笑う。何も腹に抱えることなどないと言うように。

 憎悪や羨望、侮蔑と言った、桜魔が人間に向ける感情を持たない桜魔らしくない桜魔。彼が一体何を考えているのか、やはり彼らにはわからない。

「ま、ひとまず様子見としてここに置いてくれ。お前たちは戦い続けるのだろう。戦うのなら状況は逐一変わっていく。留まり続けることなどできない。その変化の中で私に対する評価を下すこともあるだろう」

 蚕は幼い見た目にそぐわぬ大人びた発言をして、その発言にそぐわぬ無邪気な子どもの笑みを浮かべた。

「……変わった方ですね」

「そうだな」

 鵠と朱莉は溜息を交わした。


..018


 華節たち辻斬りの一団は今現在根拠地としている場所へと戻る。目論見通り退魔師を誘き寄せるところまでは上手くいったものの、謎の子どもの登場で撤退を余儀なくされたのが口惜しい。

「強かったな、あいつら」

 悔しがる仲間たちの間で、桃浪は一人上機嫌だった。彼は戦うのが好きだ。戦う相手が強ければ強い程興奮する。

 実は桜魔王とも戦ってみたいのだが、常々そんなことを言っていたら華節に王との顔合わせに置いて行かれてしまった。

「喜んでる場合じゃないよ、桃浪」

 楽しそうな桃浪を忌々しく見遣る、華節は酷く苛立っている。

「一体あの子どもは何なんだ? 何故、桜魔が人間の味方を……!」

 翅を生やした少年姿の桜魔は、かなりの手練れだった。あれが人間側に与するとなれば、彼女にとっても厄介だ。

 伊達に古株の桜魔として長く生きてはいない。僅かな手合わせで、華節はすぐに蚕の力を見抜いた。

 華節以外の仲間たちも皆、不審げな顔をしている。そのぐらい蚕の存在は信じがたいものだった。

 死者の妄執から生まれる桜魔が、人間を庇うなんて――。

「あんたが桜魔王に成り代わるために野望を抱いているように、あっちはあっちで思惑があるのかも知れないぜ」

 だが、桃浪は大して気にしていない。戦う相手が一人増えて、喜んでいるくらいだ。

「桃浪、お前……」

「落ち着けよボス。敵に想定外の相手がいたからって、あんたのやることが変わるのか?」

 あの少年桜魔の素性はわからないが、敵対行動をとった以上、自分たちの仲間でないことは確かなのだ。だから関係ない。敵として倒すだけ。それが桃浪の考えなのだが。

「あの少年……貴様らの差し金ではないだろうな」

 平静な声音が、桃浪と華節の会話に冷や水を浴びせかけた。

「……早花だっけ? 桜魔王陛下の御付の姉ちゃん」

 意外な意見に、桃浪はぱちぱちと目を瞬く。

 自分を桜魔王に売り込むためにその棲家へと押しかけた華節に、桜魔王は自らの側近の二人をつけた。

 早花と夬。どちらも見た目は二十代半ばの男女だ。もちろん高位桜魔である二人の外見は桃浪や華節と同じく、ほとんど人間にしか見えない。

 彼らは華節の行動を監視し、桜魔王に報告するために桃浪の辻斬り作戦についてきた。

「誓って俺らはあんな奴知りませんって。人間の退魔師と一緒にいきなり桜魔が出てきて、こっちも訳わかんねーよ」

 早花に疑いの目をかけられた桃浪は、心外だと大仰に肩を竦める。

「もしくはあの子どもも、魅了師の下僕だったのだろうか」

「そんな風には見えなかった」

 大袈裟な桃浪の身振りは無視して、夬と早花は二人で話を進める。

 一方で華節と彼女の元々の部下たちもこれからのことについて話し合っていた。

「どうします? まだ辻斬りを続けますか?」

 桜魔王の名を再び世に轟かせ人類に畏怖させるために、華節は今回の辻斬りを計画した。

 無力な一般市民を殺すぐらい造作もないが、それには退魔師が邪魔だ。彼らは人間特有の協力体制を築き桜魔の襲撃にも組織的に対応する。そうすると協調性に欠ける桜魔たちは戦術の上で負けてしまう。

 それを防ぐためには、退魔師たちが徒党を組む前に各個撃破で数を減らすしかない。

 まずは街の方々で事件を起こし、人間側の被害を増やす。特に実力のある退魔師を中心に狩ることが今回の華節の目的だった。

 桃浪は強い退魔師と戦えることを楽しみに、その計画に乗った。そして彼の予想よりも更に楽しい相手がやってきたのが今日の一件だ。

 できればこの後もあの少年――桜魔ではなく、退魔師の方だ。彼と戦いを楽しみたかったが。

「俺はまた出るのは構わないぜ。あっちだってこっちの戦力を全部把握したわけじゃないだろ? 試しにもう一度出てみようか?」

「いや……桃浪。今回で辻斬りは終わりにする」

「ほぉ」

 華節の意外な返答に、桃浪はぴくりと眉を動かす。

「あの謎の子どものことを差し引いても、今回手を出してきた退魔師は強かった。対策をせずに勝つのは苦しいだろうね」

「……なるほど」

 彼女が警戒するのは神刃や朱莉ではなく、鵠。魅了者としての朱莉の能力も厄介だが、真に恐れるべきはかつて最強と呼ばれた男。

 華節は鵠の顔を知らなかったが、その身のこなしとあれだけの桜魔の数を見ても動じない態度、彼に対する神刃や朱莉の様子からその実力をほぼ正確に察していた。

 桃浪もそれらの考えはわかったが、だからと言って引くというのは少し弱気すぎではないかと不満を抱いた。華節の考えは守りに寄りすぎている。

 だが、意見自体には一理ある。

 退魔師の少年、魅了者の少女、中途乱入してきた、一人だけ実力の違う男、そして謎の少年桜魔。

 誰も彼もが、一般的な水準以上の戦闘能力を有していた。ああいった強敵と思い切りやりあうのが桃浪の望みだ。

 彼ら一人一人とまともにやりあえるだけの戦闘力があるのは、この中では首領である華節と彼女の拾い子である桃浪だけだろう。

 他の部下たちは見た目こそ完全な人間型だが、実力的にはそれ程でもない。

 かと言って獣型の下位桜魔――雑魚をいくら侍らせたところで、魅了者がいれば数の優位は封じられてしまう。

 地力勝負を仕掛けるとなると、少々心許ない。

 そうした華節と桃浪の危惧を見抜いたように、桜魔王に寄越された側近の一人、夬が声をかけてくる。

「よろしければ、我々も力を貸しますが」

 今回はどちらかと言えば夬と早花は静観に回った。華節や桃浪並に戦えるこの二人が戦力として加われば退魔師の一団にも押し勝てるかもしれない。

 だが。

「ふん。桜魔王本人ならともかく、その側近の手なんか借りる必要はないよ」

 桜魔王に自分たちの力を売り込みに行ったのに、その側近の力を借りるなど本末転倒だと華節は助力を断った。

「そうですか。では」

 夬は相変わらずにやにやと食えない笑みで、早花は生真面目すぎる冷めた表情で彼らを見ている。

「退魔師一行に存在を掴まれたあなた方が彼らにどう対抗するのか――お手並み拝見と行きましょう」

「掴まれた? 一度顔を合わせたぐらいで、あんな連中に何ができる」

「でもボス、人間の伝達網って侮れないぜ。ここに気づかれたら、乗り込んでくるかもしれない」

「馬鹿をお言いでないよ。そんなことがあるもんか」

 人間を見下している華節は、奴らにそんな知恵はないと侮っている。例え来たとしても、その時はその時で迎え撃つ策もあれば実力もこちらにはあると。

 退魔師たちの実力は認めても、それで負けるとは思っていないのが華節だった。本拠地にのこのこやってきた相手を迎え撃つくらいなんのことはないと。

 桃浪はそこまで楽観できなかった。

 あの場面をあっさりと凌いで見せた退魔師たちが、何も考えずに突入してくるとは思えない。

 退魔師一行の中で一人だけ実力の違った白い髪の男、あの男が戦術の要なのだろう。逆に言えば彼がいない状態で少年と魅了者は桃浪たちの攻撃を持ち堪えて見せたのだ。

 謎の少年桜魔の存在もある。彼らが完全に連携して攻め込んできた時、まともに渡り合えるのが華節と桃浪だけという戦力で勝てるのだろうか……?

「桃浪、頼りにしているよ。あたしの部下で一番使えるのはお前だ」

「まーね。いいよ。俺、戦うの好きだし」

 どうせ戦うなら強い相手と戦いたい。だから桜魔王の座を狙う華節にも従っている。彼女が桜魔王を追い落とそうとする時、桃浪も桜魔王と戦える。だが。

 最近の華節は昔とは少しずつ変わってきた。野心は相変わらずあるが、昔のような輝きはない。

 策は下卑た物へ変わり、信用できる実力はなく忠実さだけが取り柄の部下を侍らせ、お山の大将を気取りながら、自分が世界で一番強いと思っている。

 潮時か、と桃浪は思っていた。もう随分長い事。

 今の華節にはもう、桃浪が仕えるだけの、主として首領としての価値はない。そう考える。

 それでも昔、彼女に拾われた頃の恩を考えれば、理由もなく裏切ろうとは思えなかった。

 今日出会った退魔師たちの若い闘志に満ち溢れた顔が浮かんでは消えて行く。

 未来など考えるだけ無駄かもしれない。

 桜の花が盛大に散り逝くために咲くように、桜魔の生もまた、いずれ散り逝くためだけの虚しいものだろうから。


 ◆◆◆◆◆


 神刃は不機嫌さをまき散らしながら街の見回りをしていた。

 不機嫌なので当然情報収集も上手くはいかないのだが、それでも辻斬りが出たばかりなので入ってくる情報があった。

「え……! それは本当ですか?!」

「噂だよ、噂。あくまでも根も葉もない――ただの噂だ」

 意味深に笑う馴染みの情報屋に金を握らせて追加情報を迫る。

 そして聞いた情報を一刻も早く鵠たちに伝えるため、神刃は慌てて「家」に帰った。

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