夢じゃない
②
正確には鬼の様な形相をした厳つい男である。
10人強を後ろに従え先頭を歩くその男は、左腰にある剣に手を掛け、今にも抜刀しそうな様子で此方を伺っている。
熊の様な男だ。上背は私が今まで見たどんな人よりも大きく、腕は丸太の様に太い。
眼光は鋭く、身じろぎ一つすれば一瞬で殺されそうな威圧感を放っていた。
そんな男に一歩遅れ、後ろにいた面々も剣に手を掛け出す。
先頭にいた男に気取られていたが、皆異様にでかい。
シンとした空間にチャキ・・・という金属音のみが広がる。
「答えろ。見たところまだ子供の様だが、どうやって此処へ忍び込んだ。」
先頭の男が私に返答を促す、が。
私は産まれてから18年、命の危機というものに晒された事は殆どない。
せいぜい交通事故に気をつける程度だ。もちろん、人の殺気を浴びる様な経験など一度もない。
結果、腰が抜けた。床に尻餅をつく形で座り込む。
緊張で口が乾き、歯がカチカチと音を立てるだけで音を発しようとしない。
目には生理的な涙が浮かび、頭がズキズキと痛み出す。
何故か異常に冷えた頭の片隅で夢である事を切に願いつつも、もう私はこれが夢だとは思えなくなってきていた。
「・・・答える気が無いのであればいい。おい、下へ繋いで吐かせろ。」
「はっ!」
震え、座り込んだまま答えない私に苛立ったのか、先頭の男は自分のすぐ後ろにいた別の男に命令を出す。
声を掛けられた男は敬礼を返し、警戒しつつ此方へ近づいて来た。
え、ちょっと待って。
これ、拷問コースじゃないの。
「ちょっ・・・ちょっと待っ・・・!?」
流石にマズイと声を絞り出した時、後ろの方からドドドドドという地響き・・・恐らく足音が聞こえて来た。
先頭の男が私から視線を外し、私の後ろに目を向ける。
「ぐ、グウィル殿!お待ちください、それを殺めてはなりません!!」
男につられ、自分の状況も忘れて私も後ろを振り返ってしまった。
「あ″っ!!!」
後ろに気取られた隙に、命令され此方に近づいていた男に左腕を捻り上げられたらしい。
余りの痛みに一瞬恐怖を忘れて悲鳴をあげる。
「いだいいだいいだいあだだだだ!!」
抜ける!腕が!!抜けてしまう!!!
何とか拘束を抜け出そうとするが、コイツ、びくともしない。
筋肉バカか!!せめて手加減してくれ!!
「お前達、王付きの術師か。・・・!するとこの男は・・・。」
「そうでございます!やっと・・・、やっと我らの悲願が叶ったのです!!」
「これで!これでやっと世界の均等が正されるのです!!」
私が痛みにもがき苦しんでいる間に、後ろからやって来たらしい私が最初にあった怪しげな男達と先頭の男が何やら話している。
っていうか今私の事男って言わなかった?
は?この近所のあばあちゃん達に可愛いって褒めてもらえるプリティフェイスを捕まえて男だと??
確かに髪はショートだけど今まで男になんか間違えられた事ないわ、テメェ節穴か目ん玉着いてんのか!
そう罵ってやりたいが、この間ずっと続く痛みの所為で最早息は絶え絶え、怒りで気を紛らわす方法は数分と保たなかった。
ぬぐぅぅぅぅと言う消えいりそうな声しか出ない。
顔は生理的な涙や鼻水の所為でぐちゃぐちゃだ。もう抵抗する力も無い。
もう男でも女でもいいからこの状況を早く何とかして欲しい。
マジで・・・腕が抜ける・・・
しかし私の意に反するように騒めきが広がり、屈強な男達の中からザワザワと喜色に満ちた言葉が聞こえてくる。
私の腕を拘束している男も私の事など忘れた様に目を輝かせ、近くにいる仲間であろう男と興奮気味に話している。
私の腕を捻り上げたまま。
世の中には気絶出来ない種類の痛みがある事を、私はこの日初めて知った。
因みにこの数分後肩は無事に脱臼しました。