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転移/転生

転移転生仲介所

作者: 灰色セム

 宇宙の片隅に、丸く切り取られ不自然に浮き上がった大地があった。標準的な体育館の五倍はあろうかという浮島は、明るく照らされている。

 大地にはチョコレートの泉がこんこんと湧き出ていた。それ以外にもコーラや緑茶、ワインにカレーまで、ありとあらゆる飲み物が揃っている。泉の傍らには減った分だけ増えるお茶請け——もちろん、炊きたてのご飯までも——が用意されていた。


 そして、そこには様々な人がいた。エプロン姿の主婦とツナギを着た男性が、草原に腰を下ろし語らっている。パジャマ姿の老人は、よほど空腹だったのだろう、一心不乱にカレーを食べていた。


  大地の中央には、『転移転生仲介所』の文字が浮かんでいる。その下には数字が表示されている。

 それが99/100から100/100へと変わると、一人の少年がなにもない空間から出現した。真新しい詰め襟の学生服は、少しサイズが大きいのか袖が余っている。不思議そうに辺りを見回す少年は、近くの青年へと歩みよった。


「すみません。ここはどこですか?」

「ここは死後の世界だよ」

「……まさか、冗談でしょう。だって僕はこうして生きてる」

「本当さ。あそこでカレーを食べてるお爺さんは、病状が急変して亡くなったんだ。同じ病室にいたからね、間違いない」

「そんな、でも……そういえばトラックが……」


 なにかを思い出したのだろうか。青ざめた少年は、それだけが頼りだと言わんばかりに自らの腕を強くつかんだ。青年は、震える少年へと目線を合わせ、微笑みかける。


「俺は殿内幸男とのがわ ゆきお、小説家だ。君は?」

「僕は谷光聖たにみつ せい。中学生です。小説家で、病院……。殿内さんって、もしかして、あのワガノート・オッキュー先生ですか?」


 どこか期待に満ちた眼差しで聖は問いかける。


「あはっ、もうバレちゃったか」

「すごい、本人だ……! 僕『魔人アッギュートの受難』のころからファンだったんです!」

「懐かしいな、新人賞とった作品じゃないか。いやぁ、なんだか照れるね」


 大人しそうな雰囲気から一変し、生き生きとしゃべりだした彼を見る幸男のまなじりが下がる。


「新連載の『ヌスペルムルグの災難』も、すごく面白いです。幸運すぎて災難に見舞われるっていう設定が斬新だって、友達も言ってました! 僕たち毎回どんなふうに回避するのか予想するけど、当たったことがないんですよ」

「そう? 嬉しいなぁ。本当に……作者冥利に尽きるよ。ネタが尽きるより早く寿命が尽きて冥府に来ちゃったのが、少し悔しいくらいだ」


 二人がやりとりを続けていると、ふいに空から声が落ちてきた。


「規定人数に達したようですね。では、これより仲介を始めます。お手元の用紙に必要事項を書きこんでください」


 柔らかい声がそう告げると、各々の手元に紙と筆記用具が出現した。用紙には転移か転生にチェックをするよう記載されている。その他にも、どんな世界がいいか、性別はどうするか、希望の能力はあるかなど、三十個もの項目がズラリと並ぶ。

 誰もが文字をかきつける音だけが、世界を満たした。


「書き終えたら、紙飛行機を作って飛ばしてください。すぐに受理され転送されますので、気をつけてくださいね」


 女性のような、それでいて男性ともとれる声の主は、あらかた書き終えたころを見計らい、そう告げる。


「殿内さんはやっぱり、創作関係の才能が欲しいですか?」

「うーーん、俺は……魔法使いの適性が欲しいかな。自分で魔法を行使したり創り出せるなら、楽しいだろうね。聖君はどうするんだい?」

「僕は乳しぼりの才能が欲しいです」

「うんうん、いいね! 男の子たるもの、それくらい健全でいなきゃ!」


 嬉しそうに親指を立てる幸男を、きょとんとした表情で見る聖は、不思議そうに首をかしげる。


「確かに牛の乳しぼりは健全というか、健康によさそうなイメージですよね。僕、アルプス山脈の少女アーデルハイドってアニメが大好きなんです。ああいう生活ができるなら、転生も悪くないのかな」

「——ああ、そういうことか。大丈夫さ、俺たちが転生で記憶を失うことはない。今度こそ、きっと理想の人生を歩める」


 バツが悪そうに頬をかき、勢いで誤魔化す幸男のこめかみには、ひとすじの汗が流れていた。

 思い思いに折られた紙飛行機が、空を飛ぶ。決意と自信をその瞳に宿した人々は、光の粒子となり紙飛行機に吸い込まれ、眼下に広がる星空へと舞い降りてゆく。


「じゃあな、聖君。短い間だったけど、君と会えて本当によかった」

「僕こそ、殿内さんと会えたことは一番の思い出です。今度の人生でも幸せになりましょうね」

「ありがとう。いい来世を」

「はい!」


 固い握手を交わした二人も、それぞれの希望する世界へと旅立って行き——浮島には、カレーを食べ続ける老人が残された。


「あなたはどうするのですか?」

「私はここで暮らす!」

「えぇーー……」

「転移や転生の仲介をしてくれるんだろう? それなら、ここに来たこともそれに含まれるんじゃないのか」

「まぁ、そうですね」

「では決まりだな。私はここでいい。ここがいい!」

「——ええと、じゃあ……神様になってみます?」

「よしきた! 任せてくれ」


 そんなやりとりのあと、転移転生仲介所のカウントが0になり、一柱の神様が誕生した。彼は今日もここで、来訪者への説明役を請け負っている。

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