屈辱と尿意――その時、女騎士はなにを知るのか
「この身が勝った暁には、貴公の妻にしていただく」
「ふぇ……ッ!?」
エルフ耳をさらにピンと逆立てて、最愛の妻が驚く。
「勇気と無謀は違うことぐらい、戦士なら分かってるはずだ――勝てるかどうかではなく、どのみち俺の技を体感しようって手か」
「そっ、それは……! しかしッ! こちらも並の鍛え方はしていない……!」
「――――試すか……?」
「だんな様!?」
「安心しろ、お前は俺が守るって言ったろ。一瞬で終わらせる」
「だ、だんな様が決めたことならば……信じますっ!」
リーリアは拳を握り、顔を輝かせた。
「わらわもマスターが勝つに賭けるぞ」
パタパタと、幼き魔王が跳び上がる。
「ちょっと、アンナノ! ヴィル様がどうなってしまうのかってときに、そんな軽々しいまねを――」
「信じよ。おのが愛する男の力を。これまでも信じてささえてきたであろう。案ずるな。じかに戦ったわらわが断言しよう。だれを相手どろうと、あの者がおくれをとることなどありえぬ」
「……それは信じてますけど、それでも――やはり大好きなだんな様が…………」
我が妻は心配げな表情もまたかわいらしいし、俺の強さを知った上で気づかってくれているのが嬉しかった。
さっと片付けて、思う存分いちゃいちゃするとしよう。
「んじゃ、いつでもいいぞ」
「……構えるまでも、ないということか――――」
「ま、半分合ってて半分は外れだな。お前がどうとかいう話じゃねーよ。知ってると思うが、そもそも俺には不意討ちも通用しない」
「では、雷帝騎士団が総隊長――リュセル・フォン・キルヒアイゼン、参る……ッ!」
研ぎ澄まされた構えから、迅雷の二つ名に相応しい抜刀と踏み込み。
「確かに、風のような速さと、稲妻にも負けぬ鋭さ。よく鍛えられてる――が」
衝撃は感じる。
だが、それだけだ。
「風より速い俺が、その全てをことごとく――――」
超高速。
超反応。
超技術。
すでに彼女の腕前は、人間として究極の域に達している。
「凌駕しよう」
しかし、俺は究極をも凌ぐ超越者パーフェクター。
「……!?」
呼吸に伴って絶え間なく魔力が生み出され、それは障壁と化して攻撃から俺を護り、何人の追従も許さない加速装置にもなる。
空気抵抗も反動も莫大な魔力で制御、自分にかけて負荷さえ打ち消すことで、もはや俺は物理法則ごとこの世界すら支配してるも同然だった。
「俺には止まって視えるよ」
まず、この一帯を視界に収めただけで、結界内に変えることもわけない。
「く……ッ!」
魔力で生成された刃が突きつけられていることに気づくと、敗者かのじょは涙目で剣を下ろした。
「うぅうう…………」
見る見るうちに赤面し、ぷるぷると震えている女騎士。
まるで、くやしさ以外にも、なにかがこみ上げているかのようだ。
「ん……っ!? あ……ッ、いやっ――――」
今までとは違う、甲高い声。
とうとう、彼女の両足は振動を通り越してガクガクし始めた。
「ほぅ……!」
見た目は幼女、頭脳は魔王のアンナノが目を大きくして身を乗り出す。
「ひッ! あぅう、そんなぁ…………」
息っぽい声を上げ、若き女傑は恥ずかしそうに脚をもじもじと閉じた。
マントの裾から滴がしたたり落ち、大地を濡らす。
「み、見ないで……っ!」
少女に戻ったリュセルは必死に取り繕うが、その涙は上下ともにとどまることを知らず、流域面積は拡大する一方だった。
人間、初めて目の当たりにするものには、認識から理解へ時間を要しがちである。
ああーーそうか…………
これが、おもらし――――