女騎士は好きとか嫌いとか、そういうものではない
俺はなんの変哲もない人生をおくっていた平凡な若者。
どこにでもいるゲーマー。
異世界の空気が体質に合っていたのか、呼吸しているだけで自動的に魔力を生み出す一般人だ。
「よし、今日も全身でまったりを感じよう。心の底からまったりしよう」
伸びをしながら、美味しそうな香りに導かれて台所へと歩く。
「マスター、朝のチュー! おはようの、くちづけを、わ~ら~わ~に~!」
「おはよう、アンナノ。いっそ清々しいな、お前は」
とうとう魔力の供給を口実にするくだりすら省いて駆け寄ってくる駄々っ子を受け止め、ジャンピング・キッスを首だけで躱して彼女ごと身をひねり、横のソファ上に安置した。
「おはよう。今日もおいしそうだね」
真剣なまなざしで鍋と向き合っている愛妻を背後から覗き込む。
「あ……っ、だんな様ッ! そんな、朝からなにを――――」
綺麗なうなじを震わせ、尖った耳を赤く染めるリーリア。
「ん? 飯の話だぞ」
「ああ……なんだぁ――って、そうですよね。そりゃ」
俺が言葉を付け加えると、彼女の耳はちょっと残念そうにシュンとへたれる。
「ご・は・ん~♪ ご・は・ん~♪ んーッ! んーッ!」
先ほどのハグ・アンド・キス未遂事件をもう忘れたのか、スキップしながら幼き魔王が降臨した。
「こら、アンナノ。食事前にバタバタしないの」
「ま、いつだろうと室内で暴れんのは何人たりとも許さねーけどな。俺がルールだ。俺がルールを作り、俺がルールを守らせる」
まるで馬が駆けるかのような騒ぎに、俺は声色に圧を乗せて告げる。
――――って、いくらなんでもうるさすぎないか……?
「おい、だからって外でいくらでもやっていいとは一言も――」
「いえ、アンナノはだんな様の一声で大人しくなってここから動いていません」
蹄の音は止んだが、戸を隔てても武人の清澄な佇まいが伝わってくる。
「……なんだ、客人か。騒々しいな。やめろ。あと爵位の話だったらもっとやめろ」
立ち去る気配はない。
「俺がいる場所と時間は俺がルールだ。誰の家か分かってんならやめろ。てか朝はやめろ、割とマジで。非常識だろが」
「ヴィル様はどうぞゆっくりお食べになっててください。だんな様の貴重な?でもないけど、ぐだぐだゴロゴロタイムを邪魔する者はわたしが追い返しますから」
嬉しいような悲しいようなことを言って、リーリアが毅然と立ち上がった。
「……お、女ですッ!」
マントから見え隠れするしなやかな手足、腰には業物の剣――――
我が妻が戻ってくるのと時を同じくして、颯爽と女武者が上がり込んできた。
「お邪魔する」
「いや、やっぱ分かってんじゃねーか。邪魔だと思うならやめろ。ほら、今すぐ。可及的速やかにやめろ」
フードの上からでも相当な美人だと理解わかる。
正直、どちらかと言うとタイプのほうだ。
というか、好みだ。
そもそも、女騎士に微塵も惹かれるものがない男などいるだろうか?
いや、いない。
少なくとも朝飯がまずくなることはないが、俺は嫁一筋だ。
何より、俺との時間あいを守るため食卓を立った彼女の想いを無下にしたくない。
「マスター、こやつはリュセル・フォン・キルヒアイゼンじゃ」
「リュセル?」
アンナノの言葉に、俺は匙を止める。
聞き覚えがあるような、ないような、やっぱり気のせいかもしれないような名前…………
とにかく――そのリュセルなんとかとやらが、茶を飲みに来たというわけでもないのは確かだった。