異世界に転生したら、酸素と二酸化炭素を交換するついでに最強の魔力が生成されるようになってた件
朝。
それは俺にとって、最も嫌いな時間だ。
いや――正確には、だった。
「だ・ん・な様ぁ~」
朗らかで透き通った美声が寝起きの耳に心地よい。
こんなに美人で優しい嫁に起こしてもらえる男なんて、この大陸に俺以外いないだろう。
「もうヴィル様ったら、朝ごはん冷めちゃいますよぉ…………」
ゆっくりとまぶたを開けると――――
頬を膨らませた顔もかわいらしいエルフの美少女が、ベッドの下に座っている。
リーリア。
俺の愛する妻だ。
「もぉ……いくら魔王を倒してやることがなくなったからって、いつまでも寝てたら体にコケがはえちゃいますからね~」
彼女の声色は柔らかで、怒ってはいない。
「俺の全身は常にわき出る魔力で覆われてんだぜ。コケが生える隙もねーよ」
“孤高なる超越者”、ヴィルヘルム・ヴィッテンブルグーーーー
人々は、世界を魔の手から救った俺を英雄として称賛し、神のように敬った。
しかし、リーリアにとってのヴィルヘルムは、孤高の救世主ではない。
俺を1人の男として愛し、支え、ともに歩んでくれる、隠居後のパートナー。
あとはこの手に入れた平穏な生活を、そんな彼女と一緒にまったりと過ごす――――
「マスターの魔力は質、量ともに最強だからな! というわけで、わらわに朝の魔力きょうきゅうをじゃな……」
そのはずだったが、騒がしい同居人が今日もまた飛び付いてきた。
「こらこら、昨日の夜もうしただろ」
「ふにゅう……まあ夜のたのしみに取っておくとするか」
落胆して小さな体でもたれかかってくる銀髪の彼女はアンナノ。
ロリロリしい見た目に反して魔王だが、倒したら俺になついてしまった。
「いくら無限に湧いてくるからって、アンナノにあげる分なんてありません。ヴィル様の魔力は愛ごとわたしが独りじめするんですからぁ~」
「あんなのとはなんじゃ! わらわの名は聞くだけでだれもがきょうふすりゅアンナノなのだ」
「わたしは怖がってなんかいませんー! ほら、早く席に着きなさい」
以降、こうしてメイドという名目で彼女は住み込んでいる。
と言っても実際、家事をさせてもドジばかりで、こうして食事も我が妻が作っているわけだが。
じゃあ何なのか、と言ったらアンナノらしい。
役に立っているかはともかく、こうも自信満々に小さな胸を張られると、それも彼女らしいと思えてしまう。
というか、リーリアの料理は絶品だ。
このスープを飲むことで、一日の始まりを実感できる。
まあ特にすることもないのだけど。
「さて、今日も全力でまったりするぞー」
そう言って、満腹になった体をハンモックに預ける。
「まったく、史上最強の魔王たりゅこのアンナノを破った大英雄、ヴィルヘルム・ヴィッテンブルグがこんなゴロゴロしてばかりだとは、メイドがつきっきりで支えなくてはいけないというもの。ま、そんなところもわらわは好きじゃがな!」
「わ、わたしは大好きですよ! この子の気持ちが74だとしたら、わたしは538ぐらいだんな様のこと好きだと思ってますから!」
「……仮に数値化するなら、せめて何倍かで例えてくれ。でもありがとう。俺もいつも大好きだと思ってるよ」
「だっ、だだだだんな様に、そんな……だだだだだだだ大好きだなんて――――」
マシンガンのような声を上げ、白い肌を紅潮させてよろめくリーリアを支えると、うらやましがるアンナノの頭をなでてやった。
魔王にフルネームで呼ばれたことで、俺は自分の名前にすっかり慣れているのだと気づく。
この世界へ生まれ変わったときは、平惰家守みたいな本名だった気がする――――
そう、俺はなんの変哲もない人生をおくっていた平凡な若者。
どこにでもいるゲーマー。
異世界の空気が体質に合っていたのか、呼吸しているだけで自動的に魔力を生み出す一般人だ。