第九話(完結)
俺は教室を見渡す。彼女も試験を受けに来ているはずだ。
肩の上で切りそろえられたショートカット。今時珍しいと言えるだろう染めていない自然な黒髪。ころころと変わる表情。そんな特徴、今まで気にも止めてなかったが、俺は教室に入ると自然にその彼女の姿を探すようになっていた。なぜかは分からない。
試験が始まる時間が近づいてきたため、俺は指定の席に座る。
すると、ギリギリの時間にその探していた彼女が教室に駆け込んできて、慌てて席に座る。
―――――遅れそうになるなんて珍しい。
まあ、終わったら声をかけよう。そう思い、俺は「始め」という講師の声で試験に取り掛かる。
試験が終わり、そのまま教室を出ていこうとする彼女を捕まえる。
「ギリギリに駆け込んでくるなんて珍しいな。」
「えっ、ああ、ちょっとね。」
明らかにいつもに比べ元気がない。
「調子が悪い?」
「いや、そういうわけでもなくて・・・」
――――――――どう説明するといいんだろう。
夕菜のことがあって、大学に行く気力がわかず、だが今日は試験だから、と自分を奮い立ててきたが、いつもの時間より遅れた。
その沈黙をどう捉えたのか、
「あの、俺の話を聞いて気分が悪くなったんなら、悪かった。」
そう成瀬が謝ってきたので慌てて否定する。
「えっ、別にそんなんじゃないよ。」
確かに成瀬の話を聞いたことがもともとの要因ではあるが、そんな謝られることはない。夕菜は偽ったまま私との関係を続けても、いつかはばれることを予想していただろう。名前が偽名であることぐらい、いつばれてもおかしくない。それを考えると、彼女は私の前からいなくなることを決めていたんだと思う。
そして、落ち込んでいた理由はもう一つある。
「ただ、失恋しただけだよ。」
私は気付いてしまった。
「・・・俺はどう反応を返せばいい?」
戸惑いを隠せていない表情を見て、思わず笑ってしまう。
「いいの、別に。これから徐々に忘れていくんだから」
成瀬は私を友人の一人としか見ていない。それに私は気付いてしまった。彼の心には谷崎結菜がいるのだ。谷崎結菜がしたことはある意味成功している。成瀬は彼女のことを忘れずにいるだろうから。
「じゃあまたね」
彼女はそう俺に笑いかけて、手を振った。
その笑顔になんといえばいいのか分からない―――そんな感情が湧いたが
「ああ、また。」
手を振り返し、彼女と別れた。
ふと振り返ってみると、彼もまた私とは逆の方向へ歩き出していた。
そして、来るときには確かにやんでいたはずの雪が、また降り始めているのが窓の外に見えた。
――――――――春は、まだ遠い。
ここまで読んでください、ありがとうございました。