第八話
私が成瀬からその話を聞いたとき、なんで彼女は立ち止まって空を見上げていたのか、それが引っかかっていた。
彼女はただ立ち止まっていたんじゃなく、待っていたんじゃないか。
―――親が車で迎えに来るのを
だが、迎えに来るまでなにもすることがなくて、だから空から雪が降るのを眺めていたんじゃないだろうか。
そう考えると、先に帰ったはずの成瀬より谷崎結菜が先に橋にいたことに説明がつく。
親が車で迎えに来て、適当に理由をつけて橋のところで降ろしてもらえばいい。そう、友達の家にこれから行くからここで降ろして、とでもいえば親もそのまま家に帰るだろう。
橋の上には真っ白な雪。その上に倒れるだけじゃ衝撃はない。―――――――――血は作ればいい。
持って帰った絵の具セット。中には赤い絵の具がある。雪で絵の具を溶かし、真っ赤な血を周りに撒く。自分がその真ん中に倒れれば、出来上がり。
ちょうど成瀬が橋を通る頃にそうしていないと意味がないから、成瀬が橋の近くまで来るのを待っていたんだろうか。
成瀬が逃げた後は、真っ赤な雪を橋の下の川に落とし、人がたくさん歩いたように足跡を付けて橋の上を歩いていけば、証拠は消える。
そうして何食わぬ顔で家に帰れば疑われることはないだろう。
ざっくりとした仮説。私が考えたことはただの仮説でしかない。だが、きっと多くは間違っていない――――――そんな確信があった。
大学を出て、帰路につく。空はいつの日か見た曇り空。そこでようやく私は携帯を取り出し、夕菜の携帯に電話をかけたが、繋がらない。メールも送れなくなっていた。
谷崎結菜は、またいなくなってしまった。
彼女は私が成瀬と知り合いだから近づいてきたんだろうか。
彼が今どうしているか知りたかったのだろうか。
彼が今もあの出来事を忘れられないでいることにほっとしただろうか。
どうかそれが嘘であり、明日もまたいつも通り彼女に会えたならどんなにいいだろう。
だが、もうそんな日は来ない。
私は、歩いていたはずの足を止め、その場に立ち尽くしていた。