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五年戦争  作者: 夾竹桃
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Page 81

さてイェーガーによって空の旅を強制的にさせられた所から続きを書こう。


わたしの意識が戻ったのは、意識を失ってからおよそ30分程度の事だ。

まず目に入ったのは信長の得意げな顔である。思わず悲鳴を上げたわたしは、すぐさま横に転がって信長と距離を取る。


「はははっ、最近の餓鬼は元気が良いなぁ」


わたしの行動に信長は嫌悪した様子はなく、逆に面白がっているように見えた。

ここは何処だ、と思い周囲を見回そうとすると、潮の香りがわたしの鼻腔をくすぐった。その事に驚いたわたしは慌てて周りを見る。

どうやらわたしは船の上に寝転がされていたようだ。それを理解した後、わたしは身体を起こす。

船の揺れはそれなりにあり、バランスを崩しそうになったが何とか耐えて立ち上がる。


「何だ、狩人から聞いてないのか?」


わたしがここにいる理由を尋ねると、信長は不思議そうな顔でそう返してきた。そもそも何故、ここにいるのか知らない、と答えると、信長は面倒臭い表情でため息を吐いた。

ため息を吐きたいのはこっちだ、と思ったが口には出さずぐっとこらえた。


「付いて来い。お前だけに話をするのも面倒だ」


それだけ言うと彼は船の中へ入る。わたしは慌てて信長を追った。途中、何度か信長に尋ねようと思ったが、背中から会話を拒絶しているように感じられ、黙って付いていくしかなかった。


たどり着いた場所は作戦会議室だった。

呂奉先と島津の二人がテーブルの上に広げたものを囲んで何かを議論していた。曹孟徳は二人が繰り広げる会話の応酬を背景音楽代わりに、分厚い本を読んでいた。


「またやってんのかよ」


信長が呆れ気味に呟く。彼の言葉通り、呂奉先と島津の言い合いはいつもの事のようだ。

曹孟徳が全く気にしていないのも、慣れてしまったせいなのかもしれない。


「島津、相変わらず無茶を言う。この距離は四日かかる」


「無茶とは失礼だな。島津ならこの距離、二日で突破出来る」


「そりゃお前とこの兵隊がおかしいのだよ!! いい加減気付け、この戦闘民族ども」


作戦の一部で揉めている事が彼らの会話で分かった。興味をもったわたしは彼らが広げている地図を一瞥する。

大雑把な距離しか分からなかったが、どう見ても二日で突破出来る距離ではなかった。最も、呂奉先の四日もかなり無茶な話に聞こえたが。


「面白くない」


今まで我関せずの曹孟徳が呟いた。彼は静かに本を閉じると、まるで歌うように言葉を続けた。


「四日であろうと七日であろうと、蒼天の意思の前には些事に過ぎん」


「決まりだな。まぁ間を取って三日だ、それ以上の議論は許さん」


曹孟徳の一言で二人の言い合いが止まり、信長があっという間に決定を下した。わたしは曹孟徳の言葉の意味が一つも理解出来なかった。

しかし彼と信長に言い様のない恐怖を覚えた。単なる言葉のやり取りなのに異常に重いのだ。


「さて、二人とも。この……何だっけ?」


「船越一葉、深淵の王朝から来た混沌の使者だ。能力は投擲だ、右手に小型の接触式球体爆弾を生み出すとの事だ」


「そう、名前は一葉だ。孟徳の言った通り、この餓鬼は、我々にはない攻撃方法を持つ。新兵以下に見えるが能力は役立つだろう?」


呂奉先と島津の視線がわたしに刺さる。鋭い視線に思わず腰が引けたわたしは、乾いた笑いをしながら二人に頭を下げた。


「くひひ、二人の力が入るのは分かるが、ここを劇的に落とすかで今後が決まるのだ。だから少しぐらい慎重になってくれ」


テーブルの上に広げた地図の一点を指差しながら、信長は楽しそうに笑った。戦いで人が死ぬのに何故楽しそうに笑えるのか、わたしは思わずにはいられなかった。


「日之出国から奪い取った領土に対し、第四帝国は暴政を敷いた。住民には百年分の怨嗟が溜まっているだろう。そこへ我々が圧倒的な力で連中を潰せば?」


「各地の住民が反政府組織を組み、あちこちで暴動を起こすだろう。そうなれば第四帝国は、我々と住民の二つを相手にしなければならない」


「そう、孟徳の言う通りだ。だからこの街にいる第四帝国の人間は一人残らず殺す。ただし住民に殺させろ。何しろ百年分の怨念だ。自らの手で晴らしたいと考えている奴は、ごまんといるだろうよ」


わたしは口をはさむ事が出来なかった。綺麗な言葉なら幾らでも言えよう、だがわたしには言葉に対する責任が持てない事が分かっていた。

彼らは人を殺す、しかし殺した事に対して全て背負える強さがある。映画か何かで知ったが、この覚悟がないと帰還兵や退役兵がPSTDに苦しみ続けると聞いた。

果たしてわたしは背負えるのか、人を殺めるという事実を。わたしがそんな事を考えていると見透かしたのだろうか、信長が不敵な笑みを浮かべてからこう言った。


「お前、恥ずかしくないのか?」


何が、とわたしが反論する前に信長は言葉を続けた。


「狩人に聞いていたが、本当に甘ったれの餓鬼だな。良いか、戦争が起きれば殺し合いは当たり前の話だ。それとも何だ、お前は仲間が殺されても良いから、俺の命だけは助けてくれ、とでも言うのか?」


言葉につまったわたしは俯く。戦争なんてしない方が一番だ、だが百年怨嗟を貯め続けた人たちの想いは、どこへ向かえば良いのか。

口で言うのは簡単だ。だがそこに想いはない。故に人々の怨嗟を昇華させる事は、わたしでは不可能だろうと理解した。人間は漫画のように、恨みを簡単に消す事は出来ないのだから。


「よぉし、理解はしたようだな。なぁに頭が動かなくても、身体が動くようにしてやるよ」


「織田流武将育成虎の巻、って奴か?」


島津が楽しそうに言ったが、その言葉の意味をわたしは理解していなかった。

まもなく、わたしは地獄を見る事となる。あの織田信長の手によって。


彼はわたしを駒として扱えるよう、高度に専門的な訓練を施したのだ。

地獄の苦しみに何度も逃げたくなったが、わたしは一度として逃げなかった。信長はわたしの心が折れそうになった時、わたしの心情を撫で操る言葉を投げてきたのだ。

彼の手のひらで操られていたわたしは、その言葉をすんなり信じてしまった。今さらながら、わたしは本当に阿呆だったと思う。

彼らと価値観は共有出来ない、という葛葉の警告を忘れ、信長の指導を甘んじて受け入れていた。わたしは愚かな餓鬼だった。単純な言葉に騙されるほど、考える力がなかった。


やがて信長の訓練に音を上げなくなり、彼が新兵としてはまずまずとわたしを評価し出した頃、遂にその時がやってきた。

準備期間が終わり五年戦争に突入する日が。







「さて諸君も知っての通り、明日から五年戦争が始まる」


わたしを含む四人を信長が一瞥する。彼の言う通り、時刻で言えば明日の正午に、五年戦争の始まりを知らせるゼロの鐘が五回鳴る。

鐘が鳴り終えると同時、あらゆる戦争行為が解禁される。つまり鐘が鳴り終えた後は、何が起きても戦争行為で片付けられるのだ。

どうして両極端な事にしているのだろうか、わたしは不思議に思ったが、これが長年培ってきた経験から導き出された方法なのだろうと考える事にした。


「明日の事を簡単に説明するぞ。まず深淵の王朝が俺たちの上陸する場所を確保する」


信長が地図の一点を指さす。そこは日之出国からは遠いが、深淵の王朝と第四帝国の国境であり、深淵の王朝が一番に攻めるには調度良い位置にあった。


「ここは元々第四帝国の領土だが、連中この街に日之出国の人間を強制移住させているらしい。要は体の良い肉壁だ。勿論、この話はここだけじゃない、他にも港町や国境付近の街に日之出国の人間を住まわせている」


「領土は第四帝国、つまり住人は第四帝国の人間となるからか。中々、嫌らしい手を使ってくる」


「だろう? だから狩人には出来るうる限り、住人を殺さないでくれと頼んでおいた。勿論、事故って殺しちまう事もあるが、それはまぁ仕方ない」


確実に第四帝国の人間だけを殺す方法はイェーガーにない。よってある程度は殺してしまうが、なるべく上層部のみを始末してくれ、という願いを信長は出していた。

無論、イェーガーは保証が出せないので善処する、とだけ答えたらしいが。


「制圧が終われば、次は私の出番か」


「おう、早速で悪いが蒼天の眼を使って周辺地域を制圧してくれ。お前なら第四帝国と日之出国の人間を見分けられるだろう」


曹孟徳の能力、蒼天の眼。彼はその眼を使う時、あらゆる波長を操れるとの事だ。感情すら波長になぞらえ、それらを操作する事で簡単に人を自殺に追いやる事が可能だ。

更に応用すれば存在そのものを感じさせる波長を操作し、隣にいても敵兵に見つからないという応用性の高い能力だ。

欠点として長時間使えないのだが、それを信長の能力が事実上無限に使えるように変えた。

ただし無限に使えても、その前に曹孟徳の体力が持たないため、実際は曹孟徳の体力次第という欠点が付く。


「それは良いが、余りつまらぬ戦になるのは宜しくない。命の取り合いなき戦は、兵の魂に脂肪をつける」


「分かっているよ。だが最初は第四帝国にいる日之出国の人間を、奮い立たせる必要がある。それがなければ俺たちの進軍は意味を成さない」


「民の開放、それが大義名分か。確かに悪くはない、だが民を開放しきった後はどうするのだ?」


曹孟徳の問いに、信長は楽しそうな笑みを浮かべて告げた。


「お礼参りよ」


今日はここまでにしよう。信長の拷問にも似た訓練は、わたしの生死観を一変させた。しかしそれでも、わたしは人を殺められるのか、この時は分からなかった。

問題ない、まだわたしの身体は保つ。故にしばし休憩の後、記録の続きを書くとしよう。


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