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五年戦争  作者: 夾竹桃
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Page 70

さて何処まで書いたか。確か日之出国の混沌の使者と会談を終えた所か。


船は暫く停泊させておく、そう言い残し日之出国の混沌の使者は去っていった。

彼らが去った後、わたしは彼らの名をもう一度頭に浮かべた。

織田信長、曹孟徳、呂奉先、島津義弘、立花誾千代。日之出国の混沌の使者は、頭の悪いわたしでも名前ぐらいは知っている人物だった。


「……ヴァンパイア・ネクストに同盟の件を話す。その結果を待っていろ」


イェーガーはわたしたちにそれだけ言うと、会議室を去った。言葉通りヴァンパイア・ネクストに今回の件を報告しに行ったのだ。

わたしはというと葛葉や紅葉に五人の経歴を尋ねた。何も分からぬ事がこれほど不安とは思わなかったからだ。


「信長、曹孟徳、呂奉先、島津、立花誾千代。立花誾千代のみ例外だけど、みんな歴史上では一級品の人物よ。特に信長と曹孟徳の二人は化け物級の天才ね」


第六天魔王・信長、乱世の奸雄・曹孟徳、飛将軍・呂奉先、鬼島津・島津義弘、瑞玉霊神・立花誾千代。一人ひとりが歴史に名が刻まれる事を許された傑物だ。

そんな彼らには強みがある。彼らの生きていた時代はまさに戦国の世、戦争など日常茶飯事の世界だ。


「私たちは戦争を知らないけど、向こうは嫌というほど理解している。きっと死生観がぜんぜん違うと思うよ。特に信長は敵対する人間を、平気で虐殺するような人間だし……」


葛葉の言葉にわたしは引きつった笑いをした。確かに信長は比叡山焼き討ちや、本願寺の坊主を皆殺しにし、更には一緒にいたからという理由で、女子供でも容赦なく焼き殺したと聞く。

死生観が違うというものではない。きっと彼にとって敵対した人間は、ゴミ虫以下の存在なのだろうとわたしは思った。


「ともかく、私から言える事は一つ、連中と価値観は絶対に合わないって考えておく事」


警告とも脅しとも取れる葛葉の言葉に、わたしはただ頷くしか出来なかった。

この時、わたしはようやく世の中には想像の及び付かない世界が存在している事を理解し出したのだ。

だが時既に遅し、もはやわたしには歩む道が一つしかない。


それから幾日経っただろうか、確か信長たちと会談してから三日ほどだろう。

深淵の王朝を治めるヴァンパイア・ネクストが、わたしを含む全員を呼び出した。呼び出された先は宮殿の中で、もっとも神聖な場所と言っても良い玉座の間だ。

見上げるほど高い天井は無数の巨大な柱に支えられていた。ふと上を見上げると天井に綺麗な絵が描かれていた。また、床は完璧なまでに磨き上げられ、チリひとつ落ちていない。


わたしは人生初の真紅のカーペットを歩く。少しして玉座ではなく階段が見えた。動物でも人間でも一番偉い人は、一番高い場所に座ると聞くが、幾ら何でも高すぎだとわたしは思った。

何しろ真紅のカーペットの端が階段の手前からでは見えないのだ。勿論、玉座など豆粒ほどの小ささしかない。

この長い階段を登るのか、とわたしは辟易した思いを抱いた。だがイェーガーは階段の手前から動かず、その場で跪いた。慌ててわたしも跪いたが内心ホッとした。

一体、階段の長さはどれほどあるのか、目測では全く検討がつかなかったからだ。


「よくぞ集まった、我の精鋭たちよ」


その声にわたしは無意識の内に頭を垂れていた。わたしだけではない、Jも焔もパラケルスス、誰に対しても傍若無人な態度のイェーガーすらだ。

下を向いていたわたしだが、全身に巨大な存在の重圧を感じた。その重圧に、わたしは自分を押し潰さんばかりの強さと、同時に優しく全身を包み込んでくれる暖かさを感じた。

すぐに理解した、ヴァンパイア・ネクストが玉座に座っているのだと。


「我は命ずる。貴様たちは日之出国と結託しアヴァロンを滅ぼせ」


わたしは困惑した。

ヴァンパイア・ネクストの声は異論を挟ませない強さが感じられた。だが同時に弱々しい声にも聞こえた。

声の質も女のように聞こえたが同時に男のようにも聞こえた。まるであらゆる面を内包しているような、そんな感じだった。

一体どれが本物か分からず、わたしはヴァンパイア・ネクストを一目見ようと頭を上げかけた。

しかしわたしの頭は上がらなかった。否、上げようとしても、一定の高さから頭が上がらなかったのだ。まるで何かに押さえつけられているかのようだった。


「交換の人物は一葉、貴様に担ってもらう」


心臓が一際高く跳ね上がった。名前を呼ばれただけなのに、わたしは額から大量の汗を流した。

汗を拭いたかったが、それすらこの荘厳な雰囲気を破壊するのでは、と良く分からない事を考えて拭えなかった。


「J、パラケルスス、焔、貴様たちはイェーガーを補佐しろ」


目だけ動かしてJを見る。彼は今まで見た事がないほど緊張の面持ちをしていた。

更に動かすと普段は眠たそうなパラケルススも顔を強張らせ、焔の顔は真っ青を通り越して白くなっていた。

イェーガーは見た目こそ変わらなかったが、わたしには彼女も緊張しているのだと思った。


「貴様たちの役目はただ一つ、オーベロンが支配するアヴァロンを滅ぼす事だ」


声だけで人間に威圧感を与える。これが神か、とわたしは思わずにはいられなかった。


「生あるものすべてを根絶やしにせよ。建物の一切は勿論、草木一本も残すな!」


ヴァンパイア・ネクストがオーベロンに対して、憎悪や怒り、殺気を抱いていると思った。

しかし声を聞く度に、そんな人間のような感情ではない事に気付く。一体、どのような言葉で現せば良いのか、矮小なわたしでは分からない。

ただオーベロンの存在が許せない、存在するだけで憎悪が湧き上がる。人の感情で言えばそんな感じだ。


「以上だ。もう下がって良いぞ」







今思い出しても、この時のわたしの気持ちは全く理解出来ない。

わたしはヴァンパイア・ネクストを恐れた、怖れた、畏れた!

なのに何故! 下がって良いと言われた瞬間、とても淋しい気持ちになったのだ。

まるで恋人から捨てられたような、そんな悲壮な思いを抱いた。何故だ、わたしは何故、そんな気持ちを抱いたのだ。


心の中が混沌とした状態のまま、わたしは玉座の間を後にした。

その後、わたしたちは誰が言うまでもなく、適当な部屋に集まった。その頃にはパラケルススやJ、焔、イェーガーは普段の調子を取り戻していた。


わたしもようやく落ち着きを取り戻した。そしてふと思った。

彼らもヴァンパイア・ネクストには畏れを抱くのかと。すぐにわたしは自分の考えを一笑した。

当たり前だ、ヴァンパイア・ネクストは神だ。人が神に畏れを抱かないはずはない。

その程度の事も考えつかないほど、わたしは頭の理解が追いついていなかった。否、精神の安定を図るために、無意識の内に考えないようにしていたのだろう。


「相変わらず神への謁見は心臓に悪い」


重い溜息と共にJがそんな事を呟いた。わたしは頷きながら言う。まるで見えない手で押さえられているような気分だったと。なのに不快感を全く感じなかった事を。


「ふっ、確かにそうかもしれんな」


「わ、私は今回、気絶せずにすみました!」


握り拳を作って力む焔の様子は、小さな娘が微笑ましい気合を入れているようで可愛らしかった。Jもそれを感じたのか、焔の頭を撫でて彼女を褒めていた。


「ふわぁ〜、神経使ったから眠くなってきた。話がないなら、あたしは先に寝るけど」


口に手を当ててあくびをするパラケルススに、イェーガーは呆れた顔を向ける。いつも眠たそうにしているためか、わたしは彼女がいつ起きているのか疑問に思った。

しかしその突っ込みをすると、何か面倒な事になると直感的に理解し、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。


「話はある。ヴァンパイア・ネクストは同盟の話を了承した。それによってお坊ちゃんが抜け、代わりに立花誾千代が来る。この事が影響するから、今のうちに話し合いをしようという訳さ」


彼女の言葉にわたしは思い出す。信長は深淵の王朝には攻撃タイプの人間が少ない、と指摘した事を。


「私としてはさっさと交換して、立花誾千代の能力を確認したい。異論があるなら聞こう」


異論は出なかった。そもそも突如降って湧いた話だ、皆何も考えつかなかった。それでも無理やり考えた中で最もマシな提案が、さっさと混沌の使者の交換に応じ、相手の力を見極める、だ。

それを最初にイェーガーが言った以上、わたしに異論などあるはずもなかった。


「よし、じゃあ行くか」


その言葉と共にわたしはイェーガーに襟首を掴まれた。何をする、とわたしは言いながらイェーガーの手を払いのけようとした。しかしそれは叶わなかった。

言葉を口にする前に、わたしの視界はブレたのだ。何が起きたか分からず、酷く混乱したわたしは周囲の様子を探ろうとした。

その瞬間、わたしの背筋は凍りついた。足に地面を踏んでいる感触がないのだ。嫌な予感を覚えつつ、わたしは自分の足元を見た。

おかしいな、地面があんなに遠くに見えるぞ。そんな馬鹿な事を考えた瞬間、わたしは重力に従って落下していった。


「五分で到着させる」


そんな声が聞こえた気がしたが、その意味を知る前にわたしは意識を手放した。


今日はここまでにしよう。それにしても、わたしを運ぶためとはいえ、まさか空へ投げるとは……イェーガーの考えは未だ分からない。分かりたくもないが。

問題ない、まだわたしの身体は保つ。故にしばし休憩の後、記録の続きを書くとしよう。


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