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さて何処まで書いたか。確か能力名が分かり、わたしが茫然自失になった所か。
能力名が判明してから一ヶ月近く経った。その間、わたしは色々と試したが笑い話にもならなかった。
ともかく深淵の王朝内では威力の制限が枷となって、どう使えるのかが全く分からなかった。
他国で試せるのならそれに越したことはないが、まだ五年戦争の準備期間だ。下手に他国へ侵略行為を行えば大変な事になる。
結局、かんしゃく玉で遊ぶぐらいしかやる事はなかった。そんなわたしを見かねたのか、Jが銃の形をした道具を渡してきた。
何でもわたしの能力で生み出したかんしゃく玉を吸い上げ、それを銃のように撃てる兵器との事だ。
「それで少しは見た目がマシになるだろう。銃のデザインが気に入らなければ俺に言え。数日かかるが形を変えてやる」
ありがたい話だった。引き金を引く指が右手という制限を除けば、普通の狙撃銃となんら代わりがなかった。むしろ弾の心配をしない分、普通の狙撃銃より優秀と言えた。
こうしてわたしの能力を使う姿だけマシになった頃、驚くべき事態が起こった。日之出国の混沌の使者五名が、土産を片手に深淵の王朝へ訪れたのだ。
後に優男に確認したが、五年戦争が始まる前に他国の混沌の使者が訪れる事は、一度としてなかったそうだ。
混沌の使者は混沌の使者で対応しなければならない。
そんなルールでもあるのか、わたしを含む五人は急遽集められ、日之出国の混沌の使者と会談の場に立たされた。
「初めまして、かねぇ?」
日之出国の混沌の使者は男四人、女一人の構成だった。全員が帯刀しており、見た目から武将という印象を抱いた。その時、わたしが抱いた印象は決して間違っていなかった。
「とりあえず自己紹介をしよう。俺の名は信長、織田前右府信長だ。ここでは信長の方が通りやすいから、貴様たちもそう呼ぶが良い」
歴史に詳しくないわたしでも聞いた事のある名が耳に届いた。一瞬、彼が偽名を名乗っているのかと思った。しかし信長を見ているだけで、言い様のない恐怖が背筋を凍らせた。
物的証拠など関係ない、身体が彼を織田信長だと理解している感じだった。知らず知らずのうちにわたしは身体を震わせていた。
「……イェーガーだ。好きに呼べ」
「はっはっは、狩人か。良い名前だ、気に入った」
信長はイェーガーの殺気が篭った視線を受けても、それを安々と受け流していた。自分に向けられた訳ではないのに、寒気を覚えたわたしと段違いだ。
同じ日本人なのにあまりにも違う、わたしはそう思わずにはいられなかった。
「長い話は好きじゃない、単刀直入に行こう。うちと同盟を組まないか?」
「あ?」
この時、イェーガーは本気で信長の頭を疑ったそうだ。彼女は過去の五年戦争を調べられる限り調べたが、他国と同盟を結ぶという行動は一度としてなかったそうだ。
言い換えればそれほど信長の行動は突拍子もない事だ。
「同盟だよ、同盟。言葉の説明からしなきゃーならんかね?」
「いらねぇよ。お前の頭は大丈夫か?」
「大丈夫、大丈夫。お前よりは大丈夫だよ」
机にヒビが入った。信長の挑発にイェーガーが反応し、片手を強く握りしめたのだ。あれだけで机を破壊しかけた事に、吸血鬼の力は恐るべきものだとわたしは現実逃避をした。
「気に入った。お前は最後に殺してやる」
「ひゃっひゃっひゃ、短気は損気だぞ。まずは俺の話を聞け。殺し合いはそれから受けてやる」
イェーガーの素敵な笑顔を前に、あれだけひょうきんな態度を取れるとは、信長は恐るべき人間だと思わずにいられなかった。
焔など机にヒビが入った瞬間、意識を失ってぶっ倒れたから。パラケルススが面倒臭そうな表情で起こしていたが、それで飽きたのかそのまま放置していた。
結局、見かねたJが焔を介抱していた。
寡黙な雰囲気に反して面倒見が良いのだろう、だから焔もJにだけは懐いているのか、とわたしは漠然と理解した。
信長のひょうきんな態度に毒気が抜けたのか、荒々しくもイェーガーは再び椅子に座った。
満足気に頷くと、それまで緩やかな表情の信長が一転して真面目な顔つきになった。
「知っているだろうが、この世界は四つの大国が百年に一度領土争いをしている。その戦争に神の代理人たる使者が五人選定される。ここまでは良いな?」
「まどろっこしいな、早く要件を言え」
「ものには順序があるのだよ。でな、この五人というのが厄介な問題だ。どれだけ強い奴がいても身体は一つだ。一人でノコノコ行けば、総出で潰されるのが目に見えている。だからと言って一カ国に全力を注ぐのはもっと愚策だ。残り二カ国が容赦なく攻めてくるからな」
そこまで話を聞けば愚鈍なわたしでも理解出来た。だから一番話を聞いていたイェーガーはもっと理解出来たと思う。事実、彼女は悪どい表情をしていた。
「そういう事か」
「お、理解してくれたかね。どうよ、同盟を組む事は旨い話だろう?」
「馬鹿か。一つ大事な事が抜けているだろう」
乗り気な信長にイェーガーは肩をすくめながらそう言った。大事な事、と言われてもわたしには思いつかず、Jの方を見るが彼もまた分からず首を横にふった。
わたしは視線をイェーガーに戻し、彼女の次の言葉を待った。
「おや? そうかね」
「おいおい信長さん。私に同盟を承諾させたいのなら、こっちに利得を見せなきゃーな。さっきの話は確かに美味しい、検討する価値は十分ある。だがそれが日之出国と同盟を組む理由にはならない。こっちは同盟の組み先として、日之出国の他に第四帝国とアヴァロンという選択肢がある。さて第六天魔王さんよ、どういう利得を見せて、私に同盟先は日之出国でなければ駄目と納得させるよ?」
なるほど、とわたしは納得した。信長の話は確かに美味しい話だが、それは向こう側にとって美味しいだけで、こちら側の利得は小さい。
むしろ他国に睨まれる事で、敵が増えるという事にもなる。だがこれだけ大それた事をした信長だ。必ず納得出来る利得をこちらに提供出来るだろう。
「ひゃっひゃっひゃ、残念だ。そう簡単に上手くはいかないな。確かに話の通り、深淵の王朝には利得が小さく見えるな。だが軍事同盟は使いようだ。もう一歩前に進めば、見えてくると思うぞ?」
「……チッ、食えないおっさんだ」
信長の言わんとする事を理解したのか、苦虫を噛み潰した表情のイェーガーが舌打ちをした。
全くもって分からなかったが、とりあえず分かった風な顔をしておこうとわたしは思った。下手に何か言われる可能性もあったが。その内、イェーガーが語ってくれるという淡い期待もあった。
「理解出来たようだな。そう、同盟を組めば必ず一対一になる。仮にアヴァロンと深淵の王朝、第四帝国とうちがやりあった場合、他国に侵攻する余力なんざねぇからな。仮に兵を派遣しても、使者の前では毛ほどの役にも立たねぇし」
「あー、ったく。嫌がらせに関しては天才的だな、信長さんよ。確かに同盟の組み先は日之出国しかない。アヴァロンは不倶戴天の敵だし、第四帝国は科学信仰が強すぎて、同盟など結べるはずもない」
「戦略といってくれ。ついでに俺の事はのぶりんで良いぞ」
「黙れ五十路のおっさん。だがアヴァロンに全力を注げるのは、確かに私らにとって利得だな。ヴァンパイア・ネクストもオーベロンを特に嫌っているから、反対はしないだろう」
何だか分からない内に話がまとまったように聞こえた。しかし同盟を組む事で、必ず一対一になるのはこちらとしても利点だとわたしは思った。
同盟を組まず四カ国でやりあう場合、軍略を練るのは間違いなくイェーガーだ。しかし同盟を組めば一対一になり、彼女の負担も軽減される。
「即答は出来ないが、まぁ悪くはないとだけ言っておこう」
「それだけ聞ければ問題ない」
話が終わりかけた時、信長の後ろに控えている四人の内の一人が彼の肩を叩いた。
「条件を伝え忘れているぞ」
「ん? おお、忘れていた。イェーガーよ、同盟の話だが、こっちとしては条件を一つつけたい」
条件、という言葉にイェーガーの顔つきが変わった。だが相変わらず信長の方はひょうきんな態度だ。しかしひょうきんな態度という事は、腹の底が見えないという事でもある、と理解した。
今までの会話で彼は明言を避け、相手が断言するような会話だった。それは相手に選ばせているのではなく、相手を望む回答に誘導しているのでは、とわたしは漠然と理解した。
「何、簡単な話だ。使者を一人ずつ交換したい。ま、端的に言えば裏切らないよって証だ」
「ほぅ」
「悪い話じゃないぜ。こっちは全員生粋の戦闘馬鹿だ。おたくらの使者は戦闘能力のある奴が少ないと聞くが?」
「どこから聞きつけてくるか知らんが、後でスパイはぶち殺しておこう。そうだ、直接的な戦闘能力は私だけ、他はほぼないと言って良い」
あっさりイェーガーが認めた事に、わたしは驚きを隠せなかった。
確かにJは戦闘より武器製造を担当、パラケルススは治療、唯一攻撃能力を持つ焔だが、性格が戦闘向きではなかった。わたしも焔と同様だ。
イェーガーは能力こそ戦闘向きではないが、吸血鬼としての力が戦いを可能にしている。
一言で言えば、深淵の王朝はいかにイェーガーを補佐するか、が肝になってくるのだ。
「とりあえずこちらの面子を紹介しよう」
信長が言うと同時、後ろに立っていた人物が一歩前に出て拱手した。
「私の名は曹孟徳だ。この世界では様々な呼び方がある故、各自好きに呼んで貰って構わない」
「……呂奉先」
「島津義弘だ。信長が阿呆をやらないか監視するのが仕事だ」
「立花誾千代だ、よろしく頼むぞ」
歴史に疎いわたしでも知っている人物の名が耳に届いた。呂奉先と言えば三国志で最強と名高い武将、そして曹孟徳は乱世の奸雄と呼ばれた英傑ではないか。
島津の名も良く耳にするが、わたしの頭では島津義弘が何をした人物かまで分からなかった。さらに言えば立花誾千代がどの時代の人間かすら分からなかった。
「うちからは立花誾千代を出そう。こいつは強いぞ? 何しろ手込めにしようとした禿ネズミに鉄砲向けたり、夫を斬り殺そうとしたりと、とんだじゃじゃ馬娘だからな!」
信長なりの冗談なのだろうが、あいにくとわたしにとっては全く笑えない内容ばかりだった。
今日はここまでにしよう。しかし極東の島国は日中の英雄か……色々な意味で凄い話だ。
問題ない、まだわたしの身体は保つ。故にしばし休憩の後、記録の続きを書くとしよう。