魔法の授業
「カール、君は魔法についてどのぐらい知っていますか?」
「ほとんど解っていないという事は。」
今俺は自室でターニャから魔法の講釈を受けている。昨日の俺の魔法を見たターニャが、出来ない奴は体で覚えさせますが君の場合は先ず頭で理解させないと危険が大きすぎますね、と言ったことが発端だ。松明の魔法を火炎放射の魔法にすればそうなるよな。
「そうですね、魔法は殆どが解明できていません。ですが、解っていることも幾つかあります。例えば魔法の発動に欠かせない魔道具については比較的、解明が進んでいる分野ですね。
そうでないと君が使っているような杖を作り出すことも出来ませんから。」
なるほど。魔法と言えば発動したウォーターボールやトーチを浮かべるが魔法の三要素となれば魔道具も絡んでくるか。そうなると呪文と魔力については殆ど解っていないのか。
「先生、それだと魔力と呪文は何も解らないのですか?」
「そうです。その分野は解らないことが多すぎて、どこから手を着けていいのかすら解っていない状況ですね。まあ、魔道具の発掘品が比較的多くて解析しやすかったのもありますが。」
魔力はともかく、呪文については結構聞きたいことがあったんだが・・・解る範囲でいいから後で聞いてみよう。今は魔道具だ。
「では、今日は魔道具について軽く説明しましょう。とは言っても、魔道具の構成は大雑把に言ってしまえば駆動石と魔法陣から構成されています。」
クォーツは解る。俺の杖の根本の方に埋め込まれている楕円形の石だ。魔法陣は、この杖の表面に刻まれている装飾のことだろうか?俺は杖の表面に刻まれた紋様を指さして首を傾げてみる。
「それはただの装飾ですね。杖を貸してください。」
これが魔法陣じゃないとすれば一体どこに?よくわからないので素直に杖を彼女に渡す。俺から受け取った杖をしばらく見ていた彼女は杖の尻に付いていたリングをクルクルとネジを回すように回し始めた。
そのまま回し続けると杖の尻が蓋のようにパカッと外れ、杖より一回り小さい透明な棒を中からとりだした。その透明な棒にはクォーツも一緒に引っ付いている。
「これが、魔法陣です。表面と中をよく見てください。細かく線が刻まれているのが解るはずです。」
彼女の手にある透明な棒に目を近づけると、確かに細かな線が幾重にも刻まれている。よく見ると大体五センチごとの四つのブロックに分かれていてそれを組み合わせているようだ。
「この魔法陣に刻まれている内容とクォーツの大きさで魔道具の方向性が決まります。君が知っているものなら魔法判定装置ですね。あれは発光するだけの魔道具ですから他のことは出来ません。他の物ですと指輪でしょうか。魔法陣の内容が生活魔法に特化していますしクォーツも大きくないのでそれ以上のことをしようとすれば、よくて魔法が発動しない、悪ければクォーツが砕けるか魔法陣が焼き切れるでしょう。」
ここら辺はセイラから聞いた内容とかぶっているな。見た目はアレだが授業はわかりやすいな。
「魔道具が魔法を発動させる仕組みですが、この部分は肝心の魔力が謎のままなので実はよくわかっていません。ただ、これは仮説ですがクォーツが魔力を受け取って魔法陣に流れることによって魔法が発動待機状態になって呪文を唱えることで発動するというのが今のところ一番有力な説です。」
「先生、クォーツと魔法陣って結局どう言うものですか?」
「ああ、それを説明していませんでしたね。クォーツはガラスに特殊な人工鉱物、ミスリルやオリハルコンを混ぜることで作ることが出来ます。
大きさで使える魔法の規模が決まりますね。指輪の石サイズで生活魔法。君の杖ぐらいの大きさなら、そうですね・・・大体の魔法は使えますが都市を壊滅させるとなると厳しいでしょうね。そんな規模の魔法なんて使うこともないですけど。」
まった。今聞き捨てならないこと言ったぞ。
「ミスリルとオリハルコンが人工鉱物?」
「そうですよ?ああ、もちろん物語に出てくるよな天然の物も僅かには存在しますが今現在、流通している物の大半は人工物ですね。詳しい製法は各工房が秘匿しているので解りませんが、ミスリルは銀、オリハルコンは銅をベースに作られているそうです。」
ゆ、夢がない。いや、前世でも人工ダイヤモンドとかあったからその金属版に当たると思っておこう。そうでもないと俺の精神衛生上よくない。
「ショックを受けているところすみませんが、君の杖の外装もミスリルですからね?」
「・・・。」
夢を見るのはやめよう。
「次に行きますよ。魔法陣の役割はクォーツで受け取った魔力の増幅と制御ですね。魔法陣の大きさで増幅できる規模が決まります。制御は魔法の暴走の阻止とか発動できる魔法の制限ですね。一般的にはミスリルやオリハルコンに刻みますが、君の杖のように結晶に刻む物は珍しいです。
誕生日プレゼントと聞きましたが、その杖、安くないはずですので大事にしてください。」
プレゼントの値段ほど知りたくない物はないな。高くても安くても扱いに困る。
「先生、結晶とは?」
「人工水晶をベースにいろいろと混ぜて作ったものです。君が壊した光結晶もその一つですよ。純度、製造コスト、属性調整がネックであまり一般的ではありません。
魔道具についてはこんなところでしょうか。他に聞きたいことはありますか?」
「大丈夫です。」
かなりの情報が頭に入ってきたので整理に時間がかかりそうだ。これ以上は混乱するだけなのでやめておこう。
「わかりました。では、休憩を挟んで実技と行きましょう。知識だけの頭でっかちは私の方針じゃありませんから。」
・・・前世でも思っていたけど、研究職って以外と体育会系なんだよな。この人も例外じゃなさそうだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆
長めの休憩を挟んでターニャと俺は裏庭に立っていた。
「さて、新しい呪文と行きたいところですが、カールの場合は安定したトリガーを設定しないと大変なことになりそうですね。」
「安定したトリガーですか?」
「そうです。トリガーイメージが安定しないと魔法の威力が安定しません。ですので、イメージする物をある程度決めてしまいます。
例えば、火なら最小を蝋燭、中程度を暖炉、最大火力を火竜のブレスと言った感じです。これは私の設定しているトリガーなので必ずしも同じでなくて大丈夫です。自分のイメージし安いもので大丈夫ですよ。とりあえず火から行ってみましょうか。」
急に言われると難しい物があるな。
そのまま、五、六分ほど考えてトリガーを決めてみた。最小はターニャと同じ蝋燭、中程度はキャンプファイヤー、最大威力は・・・アレかな?
「決まりました。」
「では、さっそくトーチの魔法を使ってみましょう。まずは最小から。」
「はい。」
言われたとおりに蝋燭をイメージして呪文を唱える。
『火よ、我が前に集いて点りたまえ』
昨日のように青白い炎が吹き出すことなく杖の先端にポッと灯りになる程度の火がともった。おお、これが本来の灯火か。火興しの種火にも使えそうだな。
「うまく行きましたね。次は中程度を。」
言われて、同じようにトリガーを頭に描いて呪文を詠唱する。昨日のような火炎放射・・・ではなく、今回は松明のように大きな炎が杖の先端に宿った。
疑問なのがトリガーに対して発動している魔法の規模が小さいような。せっかくなので聞いてみると、
「それは、呪文の効果ですね。トーチの呪文は攻撃魔法ではなくどちらかと言えば生活魔法に近いですから。灯りに使ったり種火に使ったりとそんな感じです。
同じ蝋燭をトリガーにしても、ファイアーボールの呪文ではこれくらいの大きさになりますから。」
そう言った彼女はゴルフボールぐらいの円を手で作って見せてくれた。そうか、これは呪文の効果なのか。
「では・・・本当はあまりやってほしくはないのですが最大威力のトリガーを。あ、私は少し離れますから遠慮なくどうぞ。」
言いながら十メートルほど後ずさった。逃げたな。
確かに近くに人がいない方が安心できるので遠慮なく最大威力を試してみましょう。生前、散々見てきたものだ。イメージするのは容易い。
『火よ、我が前に集いて点りたまえ』
唱えると、杖の先端から勢いよく閃光に近い炎が吹き出した。おお、流石は固体燃料ロケットエンジンの噴射炎!いつ見てもすばらしい。ゴーッと凄まじい音を立てながら庭の芝を広範囲で焼き尽くしていく。トーチでこれならファイアボールはどうなるのか?
しばらく炎を出していると頭の奥に疲れがたまる感じがやってきた。この辺にしておこう。魔法を止めて離れたところにいるターニャを見ると何故か頭を抱えていた。なんぞ?
「あのー、先生?」
「・・・カール。その最大威力は、よほどのことがないと使っては駄目です。その下にもう一個、昨日の青白い炎程度の物をトリガーにしてください。お願いします。でないと、私の精神が持ちません。」
すんません。調子に乗りすぎました。
その後も魔法の練習は続いた。ファイアーボールは火事になると大変なので呪文だけ教えてもらい、他にも風の突風、土の石壁と各属性のトリガーをセットしていった。最大威力改め、危険威力にならないように自重しましたよ?使ってないだけ、だけど。
「ふと思ったのですが、カール、魔力は大丈夫ですか?」
今はウォーターボールの熟練度上げ中だ。魔法は使えば使うだけ魔力は使えば使うだけ増えると考えられているのでとにかく使っているのだ。もちろん、増加量には個人の限界値があるようだが。
「いえ、あまり疲れは感じません。まだ余裕はあります。」
「強がり・・・には見えませんね。もしかしたら君の魔力量は私を上回っているかもしれませんね。高純度の光結晶を叩き割ったと聞いたときは、もしやとは思いましたが。
そう言えばメイドの、ニコラですか?彼女に聞きましたが色付きの光も出したとか。もし本当なら、将来は私のところに来てほしいですね。」
「色付きの光はやっぱり珍しいのですか?」
魔法を放ちながらも彼女に質問をする。
「そうですね。王宮の中にも三人ほどしか居ませんね。何をどうやれば色が出るのか、出せる人間が少なすぎてデータさえ揃わないのが現状ですから。出せる人に聞いても、何となくやったら出来たが共通した回答です。」
出せるかどうかはトリガーの差だとは思うけど長年の研究で解っていないなら別の原因もあり得るかもしれないな。となると単一じゃなくて複合的な要因だろうか?例えばトリガーと魔力量とか。いや、それだと最初の豆電球程度の出力じゃ説明が付かないか。いっそ魔力に波長みたいな物があるとすればどうだろうか。これなら出せる人も少なくて低出力でもあまり問題にならない。しかしそうなるとクォーツを波長ごとに調節する必要が出てきたりしないか?同時に魔法陣もその人専用に調節しないと。こうなると波長説はあまり現実的ではないな。ならいっそ・・・。
「カール、今ウォーターボールを出しましたが、君は今詠唱をしていましたか?」
「え?」
やっばい!考え事をしながらやっていたからいつもの癖で無詠唱でやってしまった!ウォーターボールは普段から使っていたからあまり深く考えなくても、って今はそこじゃない。何とかして誤魔化さないと。
「えっと、唱えてましたよ?」
さっきから心臓がうるさい。俺は今平静を装えているか?目を反らすと一発でバレそうだからなるべく視線は合わせたまま。彼女も俺をジーッと見つめてきている。バレませんように。
「そうですか。さっきのは気のせいですね。お騒がせしました。」
ほっ、よかった。誤魔化せたみたいだ。でもこれからは気をつけて、
「では、今あなたの杖の先端にあるのは何ですか?」
「え!?今はやってない! あ。」
「そうですか。今はやってないのですね。では、さっきはやっていたと?」
ターニャは、それはもう、すごく意地の悪い笑顔を浮かべていた。完全にしてやられた。相変わらず瓶底メガネで目が見えないが恐らく、目は笑っていないだろう。彼女から出るオーラが、コイツどうしてくれようかと言っているのが解る。これは・・・駄目だな。
「何時からですか?」
「先生が来る前、誕生日の直ぐ後です。」
「使えるのはウォーターボールだけですか?」
「他を試したことがないので解りません。ただ、やってやれない事はないと思います。」
「解りました。最後に、このことを知っているのは?」
「今のところ、先生と僕だけです。」
しばらく俺と先生は見つめ合っていたが、
「解りました。方針を変えますので今日はここまでにします。明日は休みにして、明後日からまた始めましょう。あと、この事はショーンとセイラにも教えます。」
「はい。」
隠したままとは行かなかったか。そういや彼女、国の研究機関の幹部って言ってたよな。モルモットとかにはならないよね?
「先生、あの僕は・・・。」
「何を不安に思っているのかは知りませんがそれは異常ではなく誇って良いものです。あと、私があなたの体を実験と称して弄くり回すこともありません。そこは、私にもプライドという物があります。」
そう言うと彼女は踵を返して屋敷に戻っていった。去り際に一言だけ残して。
「恨みますよ、ショーン。」
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