魔法の先生
ウォーターボールの魔法で屋根に派手な風穴を開けた翌日、俺は自分の部屋で杖を構えて唸っていた。理由は単純。昨日起きたあの現象の再現だ。で、朝から杖を片手の必死にやっているのだが全く成功していない。駄目だ、昨日のようにやっているはずで何かを見落としている。
魔法禁止令がセイラから出されたが、そんなものこれほどおもしろい物を前に意味などなさない。魔法の先生が来るまでなんて我慢できるか。
もう一度、頭から考え直してみよう。セイラからウォーターボールの呪文を教えてもらい唱えた後、もう一度同じ事をしようとしてより詳細なイメージを頭に浮かべていた。セイラたちの声に驚いて目を開けたら魔法が完成直前の状態にあって、集中を切らしたとたんに制御をはずれて飛んでいった。
問題は二つ・・・いや、三つか。まずは詠唱をしていないのに魔法が形をなした。次は、魔法の指示が直前のイメージと合致している。最後は以前使った判定装置の時はこんな事にならなかった。一つ一つ潰していこう。
一番簡単に理由が思いつくのは判定装置の件だな。あの装置は安全機構が幾重にも張り巡らされていた。その中に「呪文を唱えないと装置が起動しない」と条件付けされている物が有ればこの件は蹴りが付く。装置自体が使えないので検証できないからこの仮説は保留で。
次は魔法とイメージの合致か。あの時のイメージで決まっていたのは、形状、状態、撃ち出したときのスピードまでで「撃ち出す方向」までは決めていなかった。これが原因なら明後日の方向に飛んでいったなら納得だ。もし、詠唱せずに魔法が使えるのならそれだけでアドバンテージだ。
で、最後の詠唱なしでの魔法の発動。さっきからイメージを開けた窓の向こうに飛んでいくようにしているんだが、どうにも魔法そのものが発動しない。イメージは昨日の威力で明後日の方向に飛ばれると面倒なのでビー玉サイズでスピードもかなりゆっくりだ。たまに発動するが杖の先端に留まって飛んでいく気配がない。・・・まて、飛んでいく?水の玉がどうやって?
物が飛んでいくにはエネルギーが必要だ。ミサイルだろうが紙飛行機だろうが同じだ。魔法にしたって飛んでいくには何かしらの力場が働いていることにかわりはない。ではどんな力だ?もっと根本的なところから考え直してみよう。
魔法の発動には魔道具、トリガーイメージ、呪文の三つが必要だと言われた。このうち呪文が無くても術の発動が確認できた。唱えなくても使えるなら呪文の必要性がない。呪文とは何だ。
知ってる呪文に注目してみよう。ウォーターボール「水よ、我が前に玖となりて放たれよ」。最初の「水」はトリガーとの関連づけだろう。次に「我が前」で魔法の出現場所、「玖」で魔法の形、「放たれよ」で魔法の効果を決めているように思える。なるほど、少しだけ見えてきた。
昨日のトリガーイメージは水道水でウォーターボールとは同じ水という点を除けば、まるで別物だ。ここで、呪文を唱えるとトリガーイメージは呪文の内容に引っ張られる形になる。魔法でトリガーイメージが重要であることは判定の魔法の時に解っている。もし、呪文が魔法の発動に至らない状態のトリガーイメージを補完していると考えると、いろいろと都合がいいように思える。
仮説が立ったなら実験してみよう。今回は魔法を放つところまでイメージせずにビー玉サイズの水の玉を想像するだけにする。すると今までうまく行かなかったのが嘘のように杖の先端に水の玉が形成された。イメージとして不完全な放つ部分が邪魔していたのか。後はこれを放つだけだが、「放たれよ」ではどうも俺の中でイメージを補完できる気がしない。撃ち出すとなると・・・
『ショット』
試しにつぶやいたら勢いよく水の玉が窓の外に飛んでいった。おお、うまくいった。ちょっと楽しい。
『ショット』
『ショット』
『ショット』
いちいち長い詠唱をしなくていいのでポンポンと魔法をとばせる。これは便利だ。だが、ここまで来ると完全に無詠唱で行ってみたくなる。
さっきから「ショット」と唱える度にイメージだけで作った水の玉を俺の中の何かが掴んで撃ち出しているのが解る。これが魔法を撃ち出している力場なのだろう。今度は全てをイメージで練り上げる。
水の玉を作って、杖の前に固定、「ショット」と唱えたときに感じた掴むイメージを出すと俺の中から何かが出て魔法を掴んだ。掴んだ水の玉をゆっくり遠くに飛ばす。イメージ通り人が歩くぐらいのスピードで水の玉が飛んでいった。無詠唱成功!
と、喜ぶまもなく頭の中がずんっと重くなった。まるで知恵熱が出たような感覚とでも言えばいいのだろうか。セイラから事前に聞いておいてよかった。これがたぶん魔力切れなんだろう。
いろいろと考えたい事は浮かんだが全く頭の中がまとまらない。これはイメージなんてとても出来るもんじゃない。手近なところにあった紙にちょっと気になったことを書き留めて俺は昼寝をすることにした。
◆◆◆◆◆◆◆◆
午前中のサンドラの作法の授業が終わって俺は一人、昨日のメモと睨み合っていた。
・無詠唱が一般的でない理由
・魔法を掴んだあれは何か
・全部をイメージでやると急に魔力がつきた
全く解らん。最後のは呪文がイメージの補完をやっていると仮説すると、魔法そのものを効率よく発動に導いていると考えられるか?そうなると呪文ってのは思考誘導とか自己暗示の類なのだろうか。とりあえず呪文の短縮だとか無詠唱は絶対一般的ではないことだけは今朝、セイラたちから直接聞いたので間違いないだろう。ショーンも宮廷魔導師の中にそんな曲芸を出来る奴は昔は居たらしいが現役ではいないと言われた。この離れ技はちょっと秘密にしておこう。
比較対象が存在しない上にやり方がイレギュラーすぎて下手にバレると大騒ぎになりそうだ。
さて、メモの最初の二つに至っては全く解らない。ショーンもセイラも無詠唱なんて万人が試して万人が挫折するやるだけ無駄なことだと言っていた。たぶん、子供の頃にみんな憧れて試して早々に諦めるんだろうな。俺もあんな切っ掛けがなければ諦めていただろう。
魔法を掴んだあれ。あれに関してもう、魔法に干渉できる何かとして扱おう。さっき、魔法が操れるなら念動力のように遠くの物も操れるかと思ったが手応えなしだった。うん、あれはああ言うものだ。
検証が出来ないので、復習といこうか。昨日のように窓の外に向けて無詠唱でウォーターボールを放ってみる。一発撃つごとに頭の奥が疲れてくるが昨日のように一発で疲れる感じはない。というか昨日よりちょっとスムーズだな。馴れた?
そんな感じで数日間、魔法を無詠唱で放っていたのだが、うん、明らかに打てる回数が増えている。例のあれ(干渉力って呼ぶことにした)も日に日に使える幅が増えてきて、今では簡単な誘導も出来るようになった。飛んでいた鳥を狙ったらそれに向かっていったのだ。当たりそうになったから反らしたけど。
他にもウォーターボール二つぐらいなら問題なく制御できるようになってきた。この調子でいけばさらに数を増やせそうだ。ただ、いい加減ウォーターボールだけというのも飽きてくる。予定ではそろそろのはずなんだけど・・・すっぽかされた?
◆◆◆◆◆◆◆◆
魔法の先生と聞いてどんな姿を浮かべるか。一般人なら白い髭を蓄えた仙人みたいな老人かおとぎ話の魔女のような老婆じゃないだろうか。サブカルチャーに毒された人ならグラマラスな肢体を惜しげもなく晒した妖艶な美女か年寄り臭い言葉を喋る幼女をイメージするだろう。
俺の前に立っているのはそんなイメージからは完全にかけ離れた人物だ。一言で言うなら貧乏くさい。身長百六十後半ほど。頭の金髪はボサボサで適当に三つ編みにしてお下げにしたのかかなり乱れている。服装も適当に買ってきた物を使っているのかサイズがあっておらずだぼっとしている。纏っているローブも毛羽立っていて汚れが目立つ。顔は瓶底みたいなメガネをかけているせいで表情が読みづらい。肌も荒れていて色白というよりは病的に白い。この人物の中で唯一,目を引くのが尖って長い耳だ。エルフ、長命で魔法の扱いに長けた種族。肌荒れのせいもあって読みづらい年齢がさらに読めなくなった。
「ターニャ!よく来てくれた。疲れただろう、まずはあがってくれ。」
「お久しぶりです、ショーン。お言葉に甘えさせてもらいます。」
ターニャって事はこの人女性か。格好が余りに酷いから男性と言われても驚かなかったと思うぞ。胸の辺りを見ても・・・駄目だ。服がだぼついてて全く解らん。
そのまま居間に全員で集まってお茶をすることになった。
「魔法の先生ってターニャのことだったのね。」
「お久しぶりです、セイラ。ええ、ショーンに昔の借りを返せと言われましたし、ちょうど今研究費が底をついて働く宛を探していたので、次いでとばかりに話に乗ってみました。」
「前々から気になっていたけど、あなた一体どんな借りをショーンに作ったの?」
「それは・・・」
「食費だよ。大体コイツのところに行くと飢えて死にそうになっているんだよ。いい加減自己管理ぐらいしてくれ。」
「ショーン、恥ずかしいからそれ以上言わないでください。一応、自覚は有るんですから。」
「食費?国からの研究費でかなり持ってるって聞いてたけど?」
「ああ、全部研究費につっこむから次の支給の前には極貧生活さ。現役時代に何度面倒を見たことか。」
「うぅ。」
大丈夫かこの人。
「こんなのが国の研究機関の幹部の一人なんだから酷い話だよ。」
・・・大丈夫かこの国。
「大丈夫です。他の方は私よりしっかりしていますし優秀な秘書もついているようですから。」
「お前も秘書つけろよ。」
「ショーンほど優秀な秘書が居ないんですよ。ご飯おごってくれませんし。」
「・・・お前、秘書にちゃんと給料あげてないとか?」
「え、秘書の給料は別から出るのでは?」
「・・・。」
もう、いよいよ不安になってきた。
「あの、お父様。この方は?」
「ああ、そうだったな。コイツはターニャ・コヴァル。俺の、現役時代の知り合いだ。で、ターニャ。これがうちの、」
「息子のカールハインツです。」
「・・・ショーン、本当に大丈夫ですか?三歳児に魔法なんて。受け答えははっきりしていますが正直、親バカを疑っているのですが。」
「そう思うだろ。証拠を見せてやる。ゲイル!」
ターニャが疑いのまなざしを俺とショーンに向けているとショーンがゲイルを呼んだ。呼ばれたゲイルの手には割れた光結晶があった。
「これが何か解るよな?」
「拝見します。・・・光結晶ですか?ですが随分と酷い劣化の仕方ですね。」
「ああ、カールがやったんだ。」
「・・・詳しく聞いても?」
「もちろん。とは言っても話は単純だ。魔法判定装置、あれについている光結晶をカールが一発でこの状態にしたんだ。もちろん、使う前にゲイルが念入りに点検しているから、最初から劣化していたってことは無い。」
居間にいる人間の視線が俺に集まっている。うん、反省しているから許して。
「それは、確かにちゃんと教えた方が良さそうですね。」
「そうなのよ。この間もウォーターボールを教えたら暴発させて屋根に穴を空けちゃったのよ。」
「三歳でウォーターボールを成功させたのですか!?」
うお!?びっくりした。ターニャがえらく食いついてきたがそんなに驚くことか?
「ええ。一回で成功させて、サンドラと話している間に二回目をやろうとしたみたいだけど、暴走して全然違う物になっていたわ。」
へぇ、あれは暴走扱いになるのか。そりゃそうか。本来なら水の玉を作って飛ばすだけなんだから、ライフル弾のように回転してたら異常だよな。
「暴走ですか。穏やかじゃありませんね。」
「俺もその話を聞いたときは驚いた。と言うわけで、ターニャ。改めてよろしく頼むよ。」
「はい、任されましょう。」
「よろしくお願いします、ターニャ先生。」
いろいろと不安はあるが俺の魔法の先生がこの日決まった。先生と言ったときに彼女が、先生・・・いい響きと言ったのは聞かなかったことにしよう。
「早速ですが実際の力をみたいので庭を借りてもいいですか?」
「それはいいが、休まなくていいのか?」
「軽くですよ。ではカールハインツ、行きましょうか。」
「カールでいいですよ。」
「解りました、カール。」
そう言うと彼女は席を立って裏庭に向かいだした。俺も後をついていくと何故かぞろぞろと後ろについて来る。振り返ると全員着いてきている。あ、ソフィーアもいる。珍しい。
そんなこんなで屋敷の住人が取り巻く中、俺とターニャは裏庭の真ん中に立っていた。
「では、カール。ウォーターボールをお願いします。」
「わかりました。」
メガネ越しで解らないが、恐らく自分の目で確認するまでは信じないと言いたいのだろう。だったら・・・無詠唱は問題が多そうなので却下。イメージを巨大にしてみよう。海や湖は・・・水ってイメージより風景の一部だな。水族館の大水槽・・・これならいけそうだ。
『水よ、我が前に玖となりて放たれよ』
目の前に直径一メートル、バランスボールほどの大きさのウォーターボールが出来上がって彼方に飛んでいく。疲れは殆どない。イメージはでかいが呪文のアシスト付きだ。普段の練習と比べれば疲労度は大したことはない。
「今のが最大威力ですか?あと、頭が疲れる感覚はありますか?」
「疲れは殆どないです。水は・・・正直わかりません。イメージしづらいので。」
これは本音だ。イメージは出来てもそれがトリガーとなり得るのかがよくわからない。
「そうですか。なら、イメージしやすい物はありますか?」
「イメージしやすい物ですか。炎でしょうか。」
そう言うとターニャはなにやら考え始めた。
「ファイアボールは・・・林が燃えたら大変ですね。短いものですと・・・ああ、灯火が有りますね。」
「吹管ですか。わかりました。呪文を教えてください。」
「呪文は『火よ、我が前に集いて点りたまえ』です。」
吹管っていう割には点れって随分と優しい表現だな。まあいいか。アレならわかりやすい。何せ生活の一部だったからな。
ガスに酸素を送り込むイメージで・・・それも最大火力をイメージして
『火よ、我が前に集いて点りたまえ』
唱えると同時に杖の先端から勢いよく青白い高温の炎が吹き出した。庭の芝が炎にあぶられて一瞬で炭化してるけど、大丈夫だよね?最大火力のガストーチで。あ、出し続けてると疲労が激しい。
「カール!?魔法を止めてください!早く!」
ターニャが悲鳴を上げるので急いで魔法を止める。止めたとたんに疲労がはっきりした形で襲ってきた。それでも疲労度としては四割ぐらいだろうか。まだまだいけるな。
「ショーン!あなたの家の灯りはあんなに物騒な物なのですか!?」
「そんなわけ無いだろ!普通の灯りだ!」
ここで初めて俺は自分の間違いに気づいた。トーチって松明の方か。おかしいとは思ったが前世でのガストーチのイメージが強すぎて松明に結びつかなかった。また失敗した。
「ごめんなさい。失敗しました。」
「いえ、失敗じゃないです。失敗じゃないですが・・・カール、あなた何をトリガーにしたのですか?」
「(ガス)トーチです。」
うん、間違ったことは言ってない。前世の記憶のガストーチを想像しましたなんて怖くて言えるわけがない。
ターニャの表情は・・・引き受けたことを若干後悔した表情になっているな。
「実力は大体わかりました。疲労の方はどうですか?」
「ちょっと疲れたぐらいです。もう一回ぐらいならトーチの魔法は使えます。」
「使わなくて大丈夫です。」
ターニャの表情に疲労が色濃くでている。ごめんなさい、ちょっとは自重するようにします。・・・可能な範囲で。
「とにかく今日はここまでにしましょう。改めて、よろしくお願いしますカール。」
「こちらこそ。よろしくお願いします。ターニャ先生。」
さぁ!明日から念願の魔法の授業だ!
ヒロイン(?)登場です。
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