何事もほどほどに
あけて翌日、俺は居間のテーブルの前に両親と向き合う形で座っていた。言うまでもなく昨日のことが原因です。本当にすみません。
あの閃光の後、俺は意識はあったものの体を動かすことが出来なかった。強烈な光を直視したために視界は白いままで、おまけに頭の中はひどい乗り物酔いみたいになって頭痛と吐き気に苛まれていた。ショーンが必死に俺に呼びかけてくれていたのは気づいていたけど動いたら吐きそうだったのでされるがままだ。
部屋に運んでもらった後、サンドラが俺に何か魔法をかけてくれたようでだいぶ楽になってそのまま寝こけて今朝、ようやく目覚めて朝食の後、今に至る。
「さて、カール。昨日、何が起きたんだ。いや違うな。なにを起こしたんだ?」
「えっと、何のことでしょうか?お父様。」
「・・・カール?」
あ、ダメだこれ。バレてはいないが絶対に感づかれている。装置の故障と言って誤魔化そうと思っていたがショーンの目が冗談は許さないと言っている。
「ごめんなさい、お父様。」
「謝罪はいい。別に父さんは怒っているわけじゃないんだ。何をやればあんなことになるのかを知りたいんだよ。」
さて困った。誤魔化しが効かないことは解ったがどうやって説明したものか。
うん、やりすぎたとは思っている。でもまさか閃光手榴弾をイメージしたらあんな事になるなんて思わないだろ?謎の緊張のせいで脇の辺りから流れる冷たい汗がさっきから不快だ。
バカ正直に答えるわけにはいかないのでうまく表現をぼかして場を凌ごう。
「その、最初の光が弱かったので眩しい光をイメージしたら、ああなりました。」
俺の答えに納得がいってないのか、ショーンは腕を組んで難しい顔をしながら目を瞑っている。
「ニコラ、あなた確かカールお坊ちゃまが色付きの光を出したと言いましたね?それは本当ですか?」
「は、はい!確かにこの目で見ました。嘘だとおっしゃるなら審問にかけていただいても構いません!」
サンドラの質問にニコラが何やら物騒なことを言い出した。審問ってあれだろ?縛って石と一緒に水に沈めて浮かぶか沈むかってやつ。まて、ニコラ!早まるな!
「まって、ニコラ!僕がもう一度あれを使えばいいだけなんだから!」
「いや、それはできない。」
「っ!お父様!?どうして!?」
俺のせいでニコラが死ぬかもしれないとパニックになっているとショーンがゲイルに視線を向けた。ゲイルは短く頷くと俺の前に布にくるまれた何かを持ってきた。
「お父様、これは?」
「開けてみなさい。」
まさか、もう審問の手続きが済んでいるとか言わないよな。
布を退けてみると中から昨日の装置にはまっていたあの六角形の結晶体が出てきた。しかしその姿は昨日と変わって真っ二つに割れていて、さらに透明ではなく白く濁っている。手に取ってみると濁っている原因は中に入っている細かなヒビだと解る。
惚けた顔を上げるとショーンが口を開いた。
「お前が倒れた後、魔道具を確認したらこうなっていた。ゲイル、説明を。」
「かしこまりました。」
ゲイルが一歩前に出て俺に視線を向ける。
「組み込まれていた安全装置は午前中の点検時ではどれも正常に作動しておりました。これは暴走や間違って攻撃的な魔法が発動しないようにするもので、異常を検知すると魔法陣の一部が切断されるようになっております。こうすることで魔道具を停止させます。お坊ちゃまが倒れられた後、すぐに安全装置を確認いたしましたがどれも作動した形跡はございませんでした。
ただ結晶体、これは光ることに特化して光源に利用できる光結晶と言うものですが、これに関してはカールお坊ちゃまの手元にあるように崩壊してしまっていました。この光結晶はかなり純度の高いものでそう簡単には劣化しないはずなのですが・・・お坊ちゃまの魔力に耐えられなかったみたいですね。」
「だ、そうだ。というわけで、魔道具に関してはお前が壊してしまったので確認しようにも出来ないわけだ。」
あの魔道具、確か骨董品で高かったはず。壊した理由がもの凄く阿呆なのでひどく申し訳ない気持ちになってくる。
「安心しろカール。あんなものお前が無事だったら大したことじゃない。」
そう言って俺をショーンが慰めてくれるのだが、
「そうよね、カールが無事なら大したことじゃないわ。・・・別の問題もあるけど。」
なんかセイラが物騒なことを言い出したぞ。
「そう、だな。どうしようかセイラ。」
「ええ、ほんと。どうしましょうあなた。」
二人の意図が分からずビクビクしていると背後からニコラが俺の頭を撫でてくれた。少しだけ気分が落ち着く。ニコラ、嬉しいんだがせめてその顔をどうにかしろ。俺への魂胆が隠せてない。
「予定では俺が魔法を教えるはずだったんだが、これは俺の手に余るな。」
「あなたが無理なら私は論外よ。」
「サンドラ、ゲイル。お前たちはどうだ?」
「「「無理です。」」
そんなきっぱり言わんでも。
「仕方がない。王都に行って昔の伝をあたってみよう。運が良ければちょうど暇な奴がいるだろう。」
そう言ってショーンはゲイルを連れて居間から出て行った。王都に行く準備をするのだろうか。俺のために動いてくれているのだが感謝よりも申し訳なさがこみ上げてくる。
「あの、お母様。わざわざ王都まで行かなくても。」
「カール、子供が遠慮するもんじゃありません。」
そう言って俺を優しく抱きしめてくれた。
「思うところはあるでしょうが、先ずはやってみなさい。どうしても肌に合わなかったらその時に考えましょう。」
それを言われると何も言い返せない。・・・ずるいぞセイラ。
◆◆◆◆◆◆◆◆
居間での一件の後、俺は部屋に戻って昨日のことを考えていた。光るイメージと光らないイメージ。違いはいったい何なのか?
実は、最後のスタングレネードのイメージの時に切っ掛けらしい物は掴めている。成功の鍵を握っているのはどれだけ詳細なイメージを浮かべているかだろう。
成功した電球、これは構造が単純だ。いろいろと端折った説明ならガラス管の中でフィラメントが赤熱することで光を発する。これに対して失敗した蛍光灯。蛍光管の中で放電で水銀が、紫外線がと内容が複雑なのもあるが、おそらく失敗した原因は蛍光灯の内側に塗られている蛍光塗料が発光する原理を俺が知らないからだ。同様にLEDの時も詳しい発光原理を知らないので失敗していた。次に浮かべた太陽なんて物は論外だ。核融合なんて文献ちら見して、なるほど解らんと言って速攻で閉じたからな。
少し整理してみよう。セイラがミルクを温めたとき、トリガーイメージは蝋燭程度の火だった。そして、俺が最初に発光させたときは豆電球。思い浮かべた火の大きさや光量で発動した魔法の強さが決定した。
ここに、一つだけ違いが発生している。セイラが浮かべたのはあくまで蝋燭ではなく蝋燭と同程度の火だ。そして俺が浮かべたのはオレンジ色の弱い光を放つ豆電球だ。あの発光の魔法ではこのイメージと全く同じ光が発生していた。となると、トリガーイメージによって魔法の方向性が大体決まるのではないのだろうか?
そうなると、ニコラが言っていた色付きの光が珍しいというのもうなずけてくる。あの発光の魔法は、本来はもっと抽象的なイメージで行うのだろう。そこに、より具体的な、俺の豆電球のような性格なイメージを送り込んだらあのオレンジの光が出てきた。恐らく、俺の他に色付きの光を出せる連中は、イメージの光がその色になる理由を知っているのだろう。
ん?そうなると失敗したイメージは抽象的なイメージとして扱われるのでは・・・。ああ、なるほど。抽象的イメージとしてに扱おうにも「原理が解らない」と言うイメージが具体性を持っているのか。これがネックになって発動を阻害すると考えればつじつまが合う。
まとめると、トリガーイメージを性格に描けば魔法の方向性をある程度、自分で決められる。ただし、イメージに自身の疑問が入り込むとそれがノイズとなって発動を阻害すると。
早速検証と行きたいところだが残念ながら肝心の魔道具を俺が壊しているので実験できない。阿呆なことやらなきゃよかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
ショーンはあの後、王都に一週間ほど滞在して戻ってきた。どうやら俺の魔法の先生探しは結果としては可もなく不可もなくと言った感じのようだ。なんでも、手頃なのが居なかったから昔の貸しを返してもらうことにしたとか。
その先生も直ぐにとはいかず、こちらの来るのは一ヶ月後になるそうだ。どんな人かは教えてもらっていない。・・・嫌な奴じゃありませんように。出来れば美人で。
ショーンが戻ってきて十日経った今日、屋敷の中では一つのイベントが起こっていた。俺の三歳の誕生日だ。この世界の暦で、聖神歴九三二年双子の月十七日が俺の誕生日となる。この聖神歴は最後の神様が災厄を止めた後に神託を出した年とされている。それ以前の暦は文献上にいくつか残っているがどれも名称がバラバラなため正確なことが解っていない。少なく見積もっても災厄から聖神歴元年までは五、六百年経っているらしい。
この世界の誕生日は前世の頃と似ていて、基本的に毎年祝ってもらえる。違うところは、風習的に成人する十五までだと言うところだろう。特に一般市民はその傾向が強い。貴族の場合は社交の場としての意味合いが出てくるので、成人後も行うそうだが子供の頃のような夢の日ではなくドロドロとした貴族社会の中で自らの生存確率を上げる顔繋ぎの日となる。
そんな遠くて近いような未来の話は何処かに放り投げて、今は食堂のテーブルに並んだご馳走だ。別に普段の食事が貧しいわけではないので不満なんて有るはずもないのだが、こういうお祝い事の席は何処か心沸き立つ物がある。・・・精神年齢アラサーだがそこは放って置いてくれ。病院じゃこんなことできなかったのだから。
目の前には焼きたての白いパン、肉と野菜のシチュー、色合いの綺麗なサラダ、鳥の丸焼きにと食べきれるか不安になる量の料理が並んでいる。極めつけはケーキだ。残念ながら生クリームがないので王道のショートケーキとはいかないが、シフォンケーキのような生地に果物のジャムと新鮮なフルーツが盛られたケーキは甘味が貴重なこの世界では十分すぎる代物だ。あ、蝋燭も割合貴重なので蝋燭の吹き消しもありません。
「カール、お誕生日おめでとう!」
「「「「「おめでとう(ございます)!カール(お坊ちゃま)!」」」」」
「ありがとうございます!」
ショーンの声に続いてセイラと使用人四人からも声が挙がる。いつもは厨房にいるソフィーアも今日はこっちに出てきてる。
家主であるショーンの計らいで今日は無礼講だ。食事の時には背後に控えている使用人たちも今日は一緒になって料理を楽しんでいる。ふと、ソフィーアが近づいてきた。
「味の方はどうですか?なるべく坊ちゃまの好きな物を選んだのですが。」
「ありがとう、ソフィーア。どれもおいしいよ。でも、いつ僕の好きな物を知ったの?普段から厨房にいるのに。」
「そりゃあ、下げられた皿を見れば何となく解りますよ?坊ちゃまの好き嫌いだけは他の使用人に負ける気はしません!」
去年の俺は殆ど喋ることが出来なかったのでソフィーアと絡むことがなかったのだが、この娘、使用人と言うよりは小さな食堂の厨房に立てる看板娘みたいな性格なんだな。料理マンガによくそんなキャラ居ただろ?
「ああ、あたしはショーン様がここに来るときに雇われたんですよ。使用人の中じゃ私が一番若輩なんです。」
俺の心を読んだのかソフィーアが軽い身の上話を始めてくれた。
ショーンが現役の騎士の時に通っていた食堂に勤めていたらしく、ちょうど独立を考えていた頃に声をかけられたそうだ。で、その誘いに乗って今に至ると。当の本人、料理が出来ればどこでも良いと思っているみたいだ。今度、前世の料理をこそっと教えてみよう。どんな風にしてくれるのか楽しみだ。
さて、腹が膨れたところでお決まりのプレゼントタイムだ。去年は俺が喜ぶと言うよりは俺に使える実用品、靴や服だったので今年は楽しみだ。先ずは、おや?使用人全員が俺の前にやってきた。プレゼントの箱を持っているのはゲイルだけだ。去年は一人一つずつだったのに。
箱を受け取って早速開けてみると、中には大きさの異なるナイフ、フォーク、スプーン一式が入っていた。
「私共からは昔ながらの風習に則って、銀食器をプレゼントです。この国、レーヴァンガルトの貴族の間では昔から三歳になった子供に銀食器を贈る風習があるのです。これは、殆どの方が三歳になる頃にはご自分でお食事をなされるようになるため健やかに育つようにと願いを込めて病気をしない、[不変]の意味を持つ銀を送るのです。お坊ちゃま、どうか健やかに御成長なさいませ。」
ゲイルが俺への贈り物の意味を教えてくれる。健やかにというのはやっぱり毒物による暗殺のことを言っているのだろうな。硫黄系の毒物なら銀食器の変色で見抜くことができるのでそこから来ているのだろう。
「ありがとう、ゲイル。大丈夫、そう簡単に体はこわさないよ。」
俺の答えに満足そうにゲイルが頷いていると、
「その銀食器を持つと言うことは貴族としての品格を身につけると言うことですよ、お坊ちゃま。これからはテーブルマナーを含む礼儀作法を身につけていただきますよ?」
なんかサンドラがとんでもないことを言い出したよ!?横でニコラがご愁傷様って顔をしているのが怖いんだが!ゲイルやっぱこんなのいらない!
そんなことを思っていると今度はショーンがやってきた。何やら細長い箱だ。受け取って開けてみると鞘に収まった一振りの剣、ショートソードが収まっていた。
「恐らく、お前がそれを振り回すにはまだ早すぎるとは思うが、貴族と剣は斬っても斬れない関係だ。貴族は国と民のために剣を取らなければならないときがある。騎士だった父さんからはその心構えとしてこの剣を贈る。・・・と、堅苦しい建前はここまでだな。本命はこっちだ。」
そう言って背中から小さな木剣取り出して俺に渡してきた。
「鉄の剣は無理でもそれならお前でも振り回せるだろ。本を読むのも良いがたまには庭に出て思いっきりそいつを振り回して見ろ。きっと気持ちいいぞ。時間が有れば稽古の一つもつけてやる。」
小さな木剣は俺の身長にも合っていて問題なく振ることができる。親子のキャッチボールがこの世界では木剣を使ったチャンバラになると考えれば、うん、悪くない。
「ありがとうございます、お父様。是非、稽古もお願いします。」
おうっ、と短い返事をしてショーンは回れ右をした。が、俺は見逃さなかったぞ。振り向ききる直前のそのにやけきった顔を。父よ、隠すなら最後まで隠し通してくれ。さっきまで騎士らしかったのが台無しだよ。
で、入れ替わるようにセイラがやってきた。握られている箱はこの中では一番小さい。
「私からのプレゼントはこれよ。たぶん、今のあなたに一番必要なもの。あなたなら使いこなせるわ。」
受け取った箱を開けると銀色の、細かな装飾の入った短い棒が入っていた。これは・・・
「お母様、これは・・・杖ですか?」
恐る恐る聞いてみると、
「そうよ。この前の一件であなたにはこれしかないと思ったの。気に入ってくれた?」
よくできました、という表情と共に答えが返ってきた。
魔道具だ。本物の杖型の魔道具だ。
「はい!とても!・・・でも、何で指輪型じゃないのですか?」
「ああ、お母さんが填めている指輪みたいなのは生活魔法が限界なのよ。それ以上は発動しないか指輪が壊れちゃうの。中には指輪で大きな魔法を使える物もあるけどお金のことを考えるとあまり現実的じゃないわ。それに、魔法の先生が来るのに杖がないとどうしようもないでしょ?」
「ありがとうございます!お母様!最高のプレゼントです!」
あまりの嬉しさに思わずセイラに抱きついてしまった。これにはセイラも驚いたみたいで目を丸くしている。そのまま俺を抱きしめて頭を撫でながら、
「ありがとう、カール。あなたが喜んでくれて私もうれしいわ。でも、この間みたいに無茶はだめよ。練習するときは私か父さんの前でね。」
「はい!お母様!」
まさか魔道具が手に入るとは思っても見なかった。三歳の誕生日は最高の気分のまま終わることができた。
その夜、俺はベッドに入ってもなかなか寝付けないで居た。手に入った魔道具のことも手伝って、先日の仮説の立証ができる興奮が俺の中で渦巻いていた。
俺は荒ぶる気持ちを落ち着けようとベッドの中で何度も寝返りをうってそのまま朝を迎えるのだった。