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工房

お待たせしました。

 王都に着いた翌日、休むことなくそれぞれが行動を開始した。マルコ叔父とショーンは王城で会議の事前打ち合わせ、ターニャは研究所にあれやこれやを処理しに行っている。

 俺の方もソルベの店を開くために諸々のことをやってしまおう。前準備に挨拶周りとやることは山積みだ。今はゲイルと一緒に馬車に揺られて移動中だ。ゲイルは本来ならショーンと一緒に王城に行っていなければならないけど、今回の滞在中は俺と行動を共にすることになっている。


 今向かっているのは、事業の要であるドライアイス製造機を作ってくれたゲルハルド家御用達の工房だ。御用達とは言ってもどんな無茶な注文でも受けてくれる訳ではなく、ある程度の融通が利いて守秘義務に応じてくれる方向でだ。

 今回のドライアイス製造機の注文は結構な無茶を聞いてもらっている。素人設計の魔道具を周りにバレないようにブラッシュアップして製造してほしい、なんて注文が来れば断られても文句は言えない。物を作るのには物材料が必要で、注文した材料から何を作ろうとしているか結構簡単に割れてしまう。

 注文を受けてくれたのは俺の作った魔道具が根幹部分の魔法陣がバレなければ複製不可能だったからだ。とは言っても神経を使わせたことに変わりはないので手土産片手にお礼に向かっているわけだ。


 着いたのは王都の東の一角、通称職人街の中の建物の一つだ。あっちこっちから金床を叩く音や釘を打つ音が響いてくる。例に漏れず目的の建物からも活気ある音が聞こえてくる。入り口に下がっている看板にはカルル工房と書かれている。

 出迎えもなければ勝手も分からないので、ゲイルに案内されるがままに扉を潜って中に入って一室に通された。通された部屋は装飾だとかそういった物が一切ない殺風景な応接室だ。あるのは向かい合ったソファと机だけ。学校の進路相談室みたいな部屋だ。

 片側のソファには一人の男が座っていた。白髪を短く刈り上げて、白い髭を口の周りに蓄えた背の低いムキムキなおっさんだ。見た目は完全に頑固な職人。この人がここの工房主なのだろうか?


「お待たせしました、カルルさん。依頼されたカールハインツ様をお連れしました。」

「ふん、話には聞いていたが本当に子供なんだな。本当にこのお坊ちゃんがあの魔法陣を設計したのかい?」


工房と同じ名前なので恐らくそうなのだろう。しかしこのおっさん、仮にも貴族相手にすげー態度だな。それともこの世界じゃこれが普通なのか?


「カルルさん、私相手に敬語を使う必要はありませんが、こちらの方はゲルハルド男爵家の方です。そのような態度は控えていただけませんか?」

「貴族だろう王族だろうと実力や実績がなければ、ここじゃそんな肩書きはただの飾りだ。子供でも同じだ。親の名前一つでこっちがおとなしくなると思ったら大間違いだ。」


いいね、そういうの。嫌いじゃない。


「そうだね。口と態度ばかりでかくて中身の無い奴ほど滑稽な者は居ないよね。」


言ったとたん、カルルが一瞬きょとんとした顔になった。だが次の瞬間にはおもしろいと言わんばかりに歯をむき出しにして笑顔をこちらに向けてきた。


「言うねぇ、坊ちゃん。俺がそのハリボテだっていいたいのか?」

「まだ結果を見てないからね。」


売り言葉に買い言葉だけど、向こうも気を悪くしている様子はない。それどころか気に入ってもらえたようだ。


「違いない。じゃあ早速結果とやらをお見せしよう。ついて来な。」


カルルはそういって立ち上がると応接室を出て工房の奥に向かっていく。置いて行かれると面倒なので俺とゲイルもその後に続いている。

 進むにつれて明かり取りの窓が少なくなっていき薄暗くなっていく。同時に人気もなくなってきた。途中から通り過ぎる部屋の扉が木製から金属製に変わって、何部屋か通り過ぎたところで立ち止まった。


「ここは大体貴族からの依頼で魔道具を作るエリアだ。お前さんの依頼もこの中だ。」


鍵のかかった金属製の思い扉をカルルが開けると部屋は真っ暗だった。


『光よ、ここに』


短い呪文が聞こえると、部屋の中に設置された照明が一斉に点灯して部屋を明るくする。昼間と同じくらい、とまでは言かないけどそれでも何か作業するには十分な光量だ。

 部屋の中には旋盤や切断機といったおおよそ加工に必要な魔道具がそろっていて、広さも五人ぐらいが同時に作業しても十分余裕がある。中央の作業台には高さ五十センチほどの物体が布に覆われて鎮座している。あれが恐らく今回注文したものだろう。

 カルルがそれに近づいて布を取り去ると、銀の円柱が姿を現した。天辺は緩い角度の傘状になっている。底の方は漏斗のような物がついていて作業台との間に十センチから十五センチほどの空間を四本の足で作っている。正面には駆動用のクォーツが置かれている。それぞれのパーツを蝋着したところを隠すようにわずかな意匠が入っているだけで外観は非常にシンプルだ。イメージとしてはホテルの朝食ビュッフェに置かれているステンレス製のコーヒーサーバーに近い。


「注文通り外観を整えて魔力の消費を抑えた。食い物を扱う店に置くって言うから、素材は酸化しにくくて汚れを落としやすいミスリルで表面を薄く覆っている。魔法陣に関しては素材のミスリルの純度を上げて親和性を高めることで消費を抑えている。他はノータッチだ。何か質問は?」

「ノータッチって、陣には手を加えなかったの?」

「ほとんど無駄がねぇよ。弄ったところで誤差の範囲だ。試作機を見せてもらったけど、あの魔法陣もどうやったら素人があんなにきれいに彫れるんだ?」

「そこは秘密。」


別に教えてもいいんだけど、王水レベルの強酸が市場に流れるってどうよ?万が一盗まれでもしたら目も当てられない。

 

 さて、大体の説明は聞いたから動作確認と行こうか。


「ゲイル、動かしてみて。」

「かしこまりました。カルルさん、よろしいですか?」

「問題ねぇよ。呪文は注文通り『舞い踊れ、粉雪』だ。」


この呪文は俺が考えたもので装置の秘密を守っている。

 なにも知らない人間がこの魔道具を手に入れても起動するときに浮かべるトリガーは、冷たいものからの連想で氷から水を選ぶはずだ。呪文にも雪と入っているからそこで引っかかる人もいると考えている。

 で、ドライアイスは二酸化炭素の固まりなので実際に必要なトリガーは風になる。呪文には風の文言は入れていないけど風をイメージしながら呪文を読めば人によっては粉雪舞う冷たい北風を思い浮かべるだろう。そこを狙ってこの呪文を考えた。

 因みに、水をトリガーにして呪文を唱えるとドライアイスじゃなくてパウダースノー・・・ではなくてみぞれ(・・・)状のべちゃっとした氷が出るように設計してある。


 ゲイルが装置に手をかざして呪文を唱えると、勢いよくドライアイスが出てきて下に置いた受け皿に溜まっていった。


「問題ありません。特に疲労を感じませんから魔力の消費もかなり抑えられていますね。」


ゲイルが言うなら、差ほど問題はないだろう。カルルがハリボテではないと証明してくれたので、次は俺の番だ。


「正直な話、オーダーメイドの魔道具の相場が全くわからない。」

「その歳だ。知らなくて無理はないだろう。そうだな、この魔道具なら・・・」

「ああ、まって。この魔道具にお金を払うつもりはないんだ。」


そう言った瞬間、カルルの目が険しい物になった。


「ほぅ、そりゃあれかい?貴族様には奉仕するのが当たり前ってことかい?そんな考えで済むと思ったら大間違・・・」

「話は最後まで聞こうか。お金じゃなくて変わりのものを用意したから見てほしいんだ。」


言いながら懐から折り畳んだ紙を俺は取り出した。カルルさん、そのでかいスパナ降ろして。殴られたら死んでしまいます。

 畳まれた紙を魔道具の置いてある作業机の空きスペースに広げてみせる。


「なんだこれは?」

「馬車の揺れを抑える装置。の草案。」

「聞かせろ。」


この辺の切り替えの早さは、さすが熟練の職人だ。俺はカルルにダンパーの説明を始めた。

 王都に着いて、実家の馬車の足廻りを見てみたら案の定ただの板バネだった。バネがあれば衝撃を吸収することはできるけど、問題は吸収した後だ。衝撃を受けて変形したバネは元の状態に戻るまでずっと揺れ続ける。これが王都に着くまでの間、俺を苦しめていたものだ。

 一番分かりやすい例えは、シンバルだろう。叩いて振動している間、ずっと音を出し続ける。早く音を消そうと思ったら指で押さえるなどして振動を止めてやらなければいけない。この振動を止めるのがダンパーだ。

 この工房でどれだけのことができるのかさっぱり分からないので、俺が知っている限りの知識を紙にスケッチして持ってきた。具体的には重ね板バネに始まって、巻きバネによる衝撃吸収、独立懸架等々。


「むぅ、直ぐに出来そうなのは重ね板バネか。この独立懸架ってのをもう少し詳しく描いてくれないか?」

「いいけど、何か描く物ある?道具があればもう少し詳しく描けるよ。」

「おう、ちょっと待ってろ。」


部屋の隅からカルルがいろいろ持ってきて、俺の前に並べてくるが・・・定規、コンパス、分度器、三角定規・・・


「ナンデスカコレハ?」

「なにって、・・・ああ、使い方が分からないのか。いいか、これは分度器といってだな・・・」

「そんな事を言ってるんじゃない。もっとマシな物は?」

「これよりマシってなんだ。俺らは普段からこれで描いてるぞ。」

「カール様、部屋に置いてあるアレのこと仰られているのでしたら、恐らくアレはカール様の部屋を除いてどこにもないかと・・・。」


工房に製図台(ドラフター)が無いのかよ!いや、よく俺の注文した魔道具完成したな。


 取りあえず簡単に製図台の説明を紙に書いてカルルにする。説明を終えたらしばらくボーッとしていたけど急に紙を引ったくって部屋を飛び出していった。俺とゲイルが唖然としていると五分ぐらいしてカルルではなく別の工房の人がやってきた。


「すんません、最初の部屋に案内するので着いてきてください。ああなったら親方どうにもならないので。」


そう言われるとどうしようもない。仕方がないので最初の部屋でおとなしく待つことにする。案内してくれた人が言うには多分一時間はかかると言っていたので、その間にこの工房で取り扱っている商品を少し見せてもらった。・・・照明の魔道具は改良できそうだな。


 一時間を少し過ぎて、これは日を改めた方がいいかもしれないとゲイルと話していると部屋のドアが開いてカルルが入ってきた。手には画板のような物を持っている。おいおい、まさか一時間で・・・


「坊・・・カールハインツ様、試作品を作ったので見てもらえませんか?」


口調が変わった!?急な態度の変化に驚いていると手に持っていた画板をこっちに渡してきた。上下の設置されたレールを跨ぐように板がついていてその板から角度を変えられるL時の定規が生えている。急拵えなためかあっちこっちに引っかかりはあるけど間違いなくレール式の製図台だ。


「一時間でよく形に出来たね。欲を言えばもっとスムーズに動いてほしいけど。」

「それは今後の課題ですね。他には?」


動かしながら問題点を指摘していく。せっかくなので、試作製図台を使って独立懸架の仕組みを簡単に描いていく。

 片手で動かせるぐらいに動きを軽く、L字定規の角度を固定する機能、紙を貼り付ける板のゆがみ等々。あげた問題点はカルルが全部メモを取っていく。独立懸架の内容が描き終わる頃にはカルルがメモを取っていた紙は真っ黒になっていた。やばい、やっぱ物作り楽しい。


「ありがとうございやす。それと数々の非礼をお許しください。」


そう言って頭を下げてきた。


「そんな事はどうでも良いよ。お互い長い付き合いになりそうだし。それよりもさっき言ってた独立懸架だけど・・・」


態度なんか気にしてないと言って話を強引に変える。軸の連結部分をどうするかだとかアライメントの調整について、ついでに馬の進行方向で車輪の向きが変わるステアリング機構やボールベアリングも教える。貰いすぎだと言われたけど、今後も無茶な要望に応えてもらうことと新しい馬車の発案者が俺だと明言してもらうことで納得してもらった。・・・後にこのやりすぎた馬車が問題を起こすわけだけどそれはまた別の話。


 帰り際に俺の生意気な言葉遣いについて謝罪しておいた。個人的には実力を持った相手には敬意を表したいけど貴族至上主義の人間に俺が平民相手に敬語を使っていたことを知られると、やれ貴族の自覚がー、威厳がー、顔に泥をー、と五月蠅いのでカルル相手にこんな態度をとっている。当の本人はと言うと、


「カールハインツ様はちゃんと実力を持っているので気にしないでください。ピーチクパーチク喚くだけのバカ共とは違います。」


と、全く気にしていなかった。

 何はともあれ、王都での用事一つが片づいた。


 


諸事情で投稿ペースが大幅に落ちています。楽しみにされている方、まことに申し訳ありません。


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