小鬼退治
命名
姉 ユスティーナ・ゲルハルド
妹 ユスティーネ・ゲルハルド
ゲルハルド家に産まれた新たな命の名前だ。姉の愛称はティアナ、妹はティーネだ。二人とも順調に育っている。二人とも髪の色は黒で、うっすらと開いた瞳の色はショーンと同じ綺麗な碧だ。
産後のトラブルに見舞われたセイラはしばらくは起き上がるのも辛い様子だったが今は順調に回復しているようだ。特に目立った後遺症もないようで一安心だ。別の問題は起きてるみたいだけど。
双子が産まれて一番生き生きとしているのは、実はサンドラだったりする。すぐに泣いて何かを要求する双子の世話をするのが楽しくて仕方がないようだ。うん、俺は必要なときにしか呼ばなかったからね。手は掛からなかっただろうけど、やりがいという意味じゃ全く無かっただろうね。
「サンドラさん、赤ん坊ってこんなに手が掛かるんですか?カールお坊ちゃまの時はこんなには・・・。」
「お坊ちゃまが特殊すぎたのです。あれだけ手が掛からなかったのはあの方だけです。これこそ子育てですよ。」
「うへぇ。」
ニコラの方は元気な赤ん坊に振り回されて若干グロッキーなようだ。セイラも双子からの昼夜を問わないおっぱいの催促にちょっとお疲れ気味のようだ。この二人、何かあるとカールは楽だったと愚痴をこぼしているようだけど、俺は本当に特殊だからな?言わないけど。
さて、肝心な俺は今何をしているかというと、寝込んでいる。正直、本当の魔力枯渇を舐めていた。セイラの子宮からの出血を止めた後、俺はすぐに気を失ってそのまま二日ほど眠り続けたみたいだ。目が覚めた今でも頭の中がボーッとして微熱が続いている。風邪の症状がないのがせめてもの救いだ。
頭が全く働かないのでせっかく思いついた木の属性の正体の仮説も全くまとめられていない。ターニャからもらった魔法陣の本も、この魔法陣かっこいいなーぐらいの感想しか浮かばないでこっちもしばらく進展しそうにない。
ターニャは俺が気を失っている間に戻ってきていて、戻ってくるなり予定より早く赤ん坊が産まれたことに驚いていた。それが双子なので驚きも二倍だ。そんなターニャは俺からセイラの血を止めた方法を知りたいようだけど、俺がご覧の有様状態なので聞くに聞けないでもやもやしている。ターニャに魔力を回復させる薬はないのか聞いてみたけど、返ってきた答えは
「飲んだだけで魔力を回復させるなんてどんな劇物ですか。そんなもの、たとえあっても飲みたくありませんよ。」
と、一蹴された。ファンタジーの定番なのでMPポーションはあると思ったけど残念ながら存在しないようだ。同様に回復薬の類も存在しない様子だ。ゲームやってて疑問に思わなかったけど、飲んだだけで回復するって体への負担は相当なものだよね。ラスボス戦とか中毒症状起こしそう。
どうでもいいけど、ショーンは親バカ全開で俺が起きてから毎度ゲイルに引きずられながら執務室に運ばれていっている。うん、いい加減仕事終わらせてからこっちに来い。
◆◆◆◆◆◆◆◆
都合一週間ほど寝込んで、やっと回復できた。魔力消費による疲労は何度か経験したけど、本当の意味での枯渇はたぶん今回が初めてだ。もうしないと言いつつもたぶんまたやるんだろうなー、と頭の中で考えつつも手は別のことをやっている。干渉力についてだ。
魔法に干渉するから干渉力と名付けたが、これはたぶん名前を変えた方がいい。干渉と言うよりは強化か念力に近い。むしろこの二つを足してにで割ったような力だ。その物体が持っているエネルギーや性質を底上げする。
今も、俺が投げた紙飛行機が部屋を一周してまた俺の手の中に戻ってきている。地面に置いた状態ではどうにもならないけど、一度投げて運動エネルギーを与えてやれば後は自由自在だ。欠点は呪文が存在しないので魔力消費が結構キツい。ただ、セイラの一件で限界まで酷使したので多少はましになっている。トレーニングを続ければもう少し楽になるだろう。
まだ試していないけど、この力で体全体を包めば恐らく身体強化みたいなことが出来るはず。問題は、やれば必ず屋敷の住人に怒られる未来が容易に想像できることだろう。絶対調子に乗って何かやらかす自信がある。
そうだ、干渉力の名前だ。手っ取り早く某SF大作の便利な力と同じで理力でいこう。なんかよく解らないけど凄い力という点は同じだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆
赤ん坊の成長って恐ろしいぐらい速いな。産まれて四ヶ月で大分重さも大きさも変わった。大きくなれば当然世話をするのも大変で俺のお付きだったニコラは完全に双子に振り回されて今、俺の事なんて眼中にない。頑張ればティアナとティーネにお姉ちゃんと呼んでもらえるかもな。
そんなことを考えていると小さな瞳が俺をとらえた。とても不思議そうな顔で俺を見ている。異様な悪臭が鼻につくがそんなことは気にならない。何故俺はこんなのと向き合っているのだろうか。肌は緑色で餓鬼道の番人のような容姿。天使のような柔らかい肌を持つあの二人とは似ても似つかないそいつは、ゴブリンだ。どうしてこうなった。
話は朝食の時まで遡る。
「山の中にゴブリンの巣が出来た。」
朝食を食べているとショーンが開口一番そんなことを言い出した。領内の話題がでることは偶にあったが魔物関係の話題は今回が初めてだ。ほとんど話題にあがらないので、てっきりこの地方にはでないと思っていたがそうではないようだ。
「あら、じゃあ町の方から人を借りて討伐しないと。」
「いや、そうしようと思たんだがちょっと数が多い。」
「そうなの。どれくらい?」
「上がっている話だと最低で二十らしい。」
「それはちょっと多いわね。じゃあ、あなたがでるの?」
「そうするしかないだろうね。」
「大丈夫なの?古傷は。」
「ゴブリン相手なら大丈夫さ。」
最低が二十って事はそれ以上間違いなくいるよな。二十と聞くと少ないように思えるけどサッカーの試合中にグラウンドに出ている人数が二十二人だ。それを考えると例え相手が子供サイズでも結構な数だ。集団で来られるとけが人は避けられないだろう。こういう話題は大人が決めることであって俺が口を挟むことではない。さて、今日のオートミールに入れるものは何にしようか。確か新作のジャムをソフィーアが作っていたはずだからそれを
「カール、父さんと一緒に来るか?」
入れようと思ったら父親が世迷い事を言い始めた。なんだって?
「ショーン、それはいくら何でも。彼はまだ四歳ですよ。魔法に長けていても体はか弱い子供です。」
中身はもう三十過ぎてっけどな。いや、みたいか見たくないかで言えば怖いもの見たさで見てみたい。ただ、ターニャが言ったように俺の体は四歳児だ。筋力も弱いし自分の身の守り方も知らない。そんな子供をコイツは魔物退治に連れて行くというのか。
「町民だけの討伐隊なら不安だが今回は俺だけだ。逆に安全だと思うが。」
「むしろ、あなたの攻撃の余波の方が危険かと思いますよ?」
「だったら、ターニャ。お前も来てくれ。それならいいだろ。」
「何故私を。ゲイルでは駄目なのですか?」
「俺がいない間に町に何かあったらどうする。ゲイルはそのための保険だ。それに、魔法使いが二人いれば俺も楽だ。」
どうもショーンは俺に良いところを見せれるこのチャンスをどうあっても手放すつもりはないようだ。わかった、ショーン。そこまで言うなら付き合おう。
朝食が終わってしばらくして出発の準備となった。ショーンは現役時代からの愛剣(魔道具としての機能を兼ね備えているもの)に革の胸当てとかなり軽装備だ。ターニャはローブに自分の身長と変わらない長さの杖。で、俺は特になし。強いて言うならいつもの杖に動きやすい格好だ。ゲイルにもっと何か無いのかと聞いたけど子供用のサイズは流石にないと言われてしまった。あったらあったで問題だけど。
そう言えば産まれて初めて屋敷の外に出るな。ちょっと楽しみだ。
ルーレは地方の名前であってショーンが納める町でもある。小さな山に囲まれた広大な平地で土地の大半は麦畑だ。町と言われる部分は屋敷から馬で十分ほどの位置にあって住人の四分の一はここで暮らしている。残りは自分の持っている畑のそばに家を構えている。地方全体の人口は二千人前後、特産品は麦を使ったエールだ。
ショーンの屋敷は山を背にした形で建っていた。何でそんなところにと思ったけど万が一攻められたときに屋敷にこもれば背後の山からは攻められない。
そんな説明をショーンから受けながら俺は馬に揺られていた。一人では乗れないのでショーンと一緒の馬だ。そのうち馬の乗り方も教えてもらおう。馬に乗れないが為に女性に幻滅されるのはごめん被りたい。
ルーレの町に着いて出迎えてくれた町長と二言三言会話をしたら特に立ち寄ることなくそのまま目的の山の方へ向かっていった。そのまま一時間ほど馬に揺られて目的の山の麓に家を構えている農家に馬を預けた。ここからは徒歩だ。
幸いなことに山の中にはある程度道が出来ていた。どうやら山の恵みを取りに頻繁に人の出入りがあるようだ。そのまま登り続けて三十分ほどすぎた辺りでショーンが立ち止まった。
「ここからは道をそれて林の中に入っていく。この先にゴブリンの巣があるからはぐれないようにな。」
そう言ってそのまま林の中に入っていった。俺とターニャもそれに続く。隊列は先頭がショーン、殿がターニャで俺は二人の間で守られながら進んでいる。
しばらく進んでいると悪臭が漂ってきた。生き物独特のにおいと言えばにおいだが、酸えたにおいに腐乱臭が混ざったような独特なにおい。一番近い表現なら腋臭だろうか。においに顔をしかめていると、
「カール、これがゴブリンのにおいだ。あいつ等が近くにいるとだいたいこんなにおいが漂ってくるから目安にするといい。」
と教えてくれた。これ、仲間に腋臭が居たら解りづらいな。
そのまま進んでいると林が開けて窪地が見えた。ショーンの指示でそっと覗きこむと、三十前後のゴブリンがひしめいていた。においもあって気持ち悪い。
ゴブリンの見た目はよくゲームで見るそれと変わらない。身長一メートルに満たない大きさで緑色の肌に尖った耳、額には小さな角が生えている。装備は手入れのされていないナイフやショートソード、棍棒に適当な布を腰に巻いただけだ。貧相な装備とはいえ武器は武器だ。相手が弱くても無策で突っ込むのは馬鹿がやることだ。この辺は流石元軍人だ。俺たちに下がるように手で指示して一旦現場を離れる。
「さて、思ったより数が多いな。」
「手っ取り早いのはカールが火蓋を切って、ショーンが突っ込んで、逃げたゴブリンを私が仕留めていく方針ですが。」
「そうだな。カールいけるか?」
「大丈夫です。」
てっきりただ見ていろと言われると思ったら、開幕を俺に委ねられた。詠唱しなくて良いって事は無音でいきなり魔法が飛んでくると言うことなので奇襲にはうってつけだ。
大雑把な作戦ではあるけど何も決めずに行動するのは怖いし、細かく決めすぎても俺が覚えられる自信がない。初っ端派手にやって、後はターニャと後始末に回る。これで十分だ。早速元の位置に戻って準備をして、後は合図を待つだけだ。
ショーンのハンドシグナルで魔法を打ち込む。打ち込むのはドライアイスの弾。延焼の心配もなく水のように足下を泥にすることがないので非常に便利だ。狙いを付けずに適当に十発ほどたたき込む。
「「ギィィーー!」」
奇襲を受けたゴブリンたちが騒ぎ始めるがその時にはショーンはもうゴブリンの集団のど真ん中に飛び降りていた。
『風よ、我が剣に宿り敵を切り裂け』
ショーンが詠唱すると剣の周囲に風の刃がまとわりついて剣の切れ味を引き上げ、そのまま鋭い踏み込みと同時に横凪に剣を振るうとゴブリンたちが成す統べもなく切り裂かれた。そのまま、状況を理解していないゴブリンたちを次々に斬り伏せていく。文字通り鎧袖一触だ。
そのままショーンが暴れていても片付きそうだが、集団でいれば中には賢い奴もいる。早々に逃げ出す輩を俺とターニャが魔法で仕留めていく。
『水よ、我が前に玖となりて放たれよ』
ターニャが呪文を唱えると勢いよく放たれたウォーターボールがゴブリンの心臓や頭を打ち抜いていき、脳漿や血をまき散らしながらゴブリンが絶命する。倒した数が増えるにつれて周囲に立ちこめる血のにおいが増してきた。視覚的なグロさにあまり気にならないことに自分自身驚いているが、その分嗅覚からの気持ち悪さはかなり来ている。正直、ショーンが細切れにしているゴブリンから漂う血と内蔵のにおいが酷い。
吐きそうになりながらも歯を食いしばってドライアイスで敵をしとめていたが、鼻がバカになる前に体に来た。ふらつく体を支えようと窪みの縁に手をかけたら、
バキッ!
根本の方から嫌な音を立てて根本から折れた。体重を預ける形になっていた俺はそのまま木と一緒に窪みの中に転げ落ちていった。気持ち悪くなっていたところに体に回転がかかってとうとう俺の中の堤防が決壊した。四つん這いで起き上がったところでそのまま胃の中のものをぶちまけた。
「ーーーー!」
吐き終わったタイミングで誰かに呼ばれた気がして顔を上げた。正直まだ視界が回っているので誰が呼んだのか解らない。ぼやける焦点が定まってきたところでやっと、目の前にゴブリンが建っていることに気づいた。
ゴブリンの方も人が上から降ってきたと思ったらそいつがいきなり嘔吐したことに驚いたのだろうか。俺を見たまま固まっている。手にはナイフを持っている。
うん、まずいな。どうしようか。たぶん、杖を構えて魔法を撃つより目の前のゴブリンがナイフを突き出す方が速い。かといって何もしないと無様に刺されてしまう。胃の中が空っぽになったので気持ち悪さが一旦落ち着いてきた。思考の法は割と冷静だ。
ゴブリンがナイフを振り上げて俺に向かって振り下ろしてくる。緊張と恐怖でアドレナリンが分泌されているせいか動きがゆっくりに見える。もうあまり考えている時間はない。ぶっつけ本番だけど理力による身体強化を試してみよう。
セイラの子宮を包んだように、理力を体全体に行き渡らせる。イメージは血管と神経に乗せる感じで。そのまま骨格と筋肉を包むようにしたところで魔法としての形を完成させる。旨くいけば起死回生、失敗すればそこで終わりだ。ゴブリンの方はもうすでにモーションに入っている。こちらがとれる選択肢は一つしかない。体当たりだ。
両足に力を込めてそのままゴブリンに思いっきり突っ込む。足が土を抉る感触がいつもより深く感じる。そのまま相手にぶつかって
どごん!
おおよそ肉と肉がぶつかったと思えない音が耳に入ってきた。同時にぶつかった左肩の方から肉と骨がひしゃげる感覚が伝わってくる。痛みは感じないからたぶん俺の方じゃなくてゴブリンの方だな。そんなことを考えながら体当たりに勢いのまま十メートルほどを一気に跳んだ。勢い任せに動いた上に、普段の自分の体より身体能力が上がっているから体の制御が効かず、そのまま受け身も取れずに地面に落ちた。
「がはっ!」
落ちた衝撃で肺の中の空気が一気に押し出されて苦しい。体のあっちこっちが痛いが、ゴブリンの群れの真ん中に落ちていることを思い出してすぐに起き上がる。落ちた衝撃で集中力が切れたせいか強化はすでに解けている。
「カール!無事か!?」
起き上がると直ぐにショーンが駆け寄ってきた。返り血を気にせずに俺の方にゴブリンを倒しながら来たようで、全身酷いことになっている。もう鼻がバカになっているから解らないけどたぶん、においの方も凄いだろう。
「すまない、無理をさせすぎた。直ぐに片づけるから・・・。」
「もう片づけましたよ。」
声の方に視線を向けるとターニャの仏頂面があった。
「あなたが、カールの方に全力で突っ込んだのでほとんどその時に。残りは私がやっておきました。」
そう言われて周囲を見渡して、生きているゴブリンが一匹も居ないことに気づいた。一番凄惨な死体を晒しているのは、ターニャが言ったようにショーンが俺の方に突っ込んできた辺りだ。ほぼ、原形をとどめていない。
そして俺の体当たりを食らったゴブリンは、胸の辺りを陥没させて絶命していた。これ、骨格を強化していなかったら俺の骨も逝ってたな。
「カール、怪我はないか?ずいぶん凄い音がしていたが・・・。しかもあの動き。あれはいったいなんだ?」
「怪我は大丈夫です。」
「ショーン、詳しい話は後にしましょう。死体を片づけて戻らないと日が暮れます。」
「あ、ああ。そうだな。カール、かえって話をしよう。」
そう言って一旦会話を打ち切って作業に入る。
死体をそのまま放置すれば疫病の原因になるので、土魔法で掘った穴に放り込んで俺とターニャが魔法で焼き払った。火力が強すぎてで番の無かったガストーチが初めて日の目を見た瞬間だった。骨までこんがり綺麗に焼けた。これで疫病の心配はないな。
帰りに馬を預けた農家で水をもらって簡単に体を清めて屋敷への帰路に就いた。途中、ルーレの町で町長に報告するために立ち寄ったが日が傾き始めたので長話することなく直ぐに後にした。
帰り着くなり、俺のボロボロ具合に留守番組一同、悲鳴を上げて出迎えてくれた。ショーンはサンドラとセイラと珍しくゲイルにも怒られていた。俺はその間にニコラに風呂に連れて行かれて改めて体を綺麗にした。
風呂から出て居間のソファーに座った辺りで俺の意識は限界を迎えた。気を張っていたせいか思った以上に疲れていたみたいだ。ターニャとショーンの追求は明日以降だな。
次の日、筋肉痛で動くことが出来ずに一日ベッドの上で過ごす羽目になった。あの魔法改良しないと使えないや。
感想・評価お待ちしています。
誤字脱字を見かけましたら教えてください。
修正します。




