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木の属性

「あ・・・。」


俺が動かした駒の行く末を見て、ショーンが情けない声を挙げた。目の前の盤面では黒い駒が白い駒によって陣形を崩されている。黒がショーンで白が俺だ。天秤の(七月)の日射しの中、俺とショーンは裏庭で誕生日にもらったクリークで勝負をしていた。別に何かを賭けているわけじゃない。

 ターニャが王都の研究所からの手紙を受け取って一時的に帰ったのがちょうど一週間前。俺は内容を見ていないが手紙を見た彼女が、ちょっと放置しすぎましたかなどと言っていたので、直接指示を出しに行ったのだろう。

 と言うわけで暇を持て余していたところにショーンが声をかけてきてクリーク勝負となったのだ。当の本人も俺との時間をあまり作れていないことを気にしているみたいだ。


 クリークは駒の数三十、二十×二十の盤面で行うゲームだ。駒の内訳は歩兵が十五、残りの弓兵、騎兵、魔法使いが各五個の計三十だ。歩兵は数は多いが突出した能力がなく最も弱い。弓兵は近づかれると何もできないかわりに、この中で最も射程が長い。騎兵は機動力があるが魔法に滅法弱い。魔法使いは弓兵ほどの射程はないが一撃の威力はこの中で最強。反面、最が耐久力がない。ジャンケンのように弓兵<騎兵<魔法使い<弓兵となるようになっている。駒は升の中じゃなく、格子の上に置く。

 他のルールは前世のチェスや将棋とは大きく違う。駒の配置は決まっていないので自陣の中で好きなように配置ができる、自分のターンで一度に動かせる駒は五個、駒にそれぞれ耐久力がある、一ターンの持ち時間は二分間、二分を過ぎると相手の順になる。チェスや将棋よりは戦略シミュレーションにかなり近い。


「あなた・・・。カールに押されてるわよ。」

「・・・。」


横から見ていたセイラがショーンに情け容赦ない言葉を浴びせた。彼女のお腹は臨月で、もういつ生まれてもおかしくないように見える。出産に間に合うようにと頑張っていたエコーの魔法は完全習得には至らなかった。心臓や肺と言った分かり易いものなら何となく解るようにはなったけど、内蔵のあのゴチャゴチャした様子を理解しろと言うのは正直無理だ。まあ、出産の時に何もないのが一番だけど。


 話を盤面の上に戻そう。将棋やチェスのようにこのゲームにも定石がある。前面に歩兵、その後ろに騎兵と魔法使い、最後尾に弓兵を置く。歩兵同士がぶつかりあっているところに、後方からの射撃で陣に穴をあけて騎兵を突っ込ませてかき乱すのがそうだ。射撃のタイミングと突撃のタイミングで勝敗が分かれるというわけだ。

 ゲーム開始時のショーンの配置はこの定石通りだった。対して俺は歩兵の両隣を弓兵と魔法使いで固めて騎兵を遊撃のポジションに置いた。遠距離の駒を前面に出すなんてやはり子供だな、と言っていたショーンだが現状は俺の優勢だ。この手の戦略ゲームは入院中に散々やり込んだからな。悪いが誰にも負ける気がしない。

 ショーンが定石通りの戦いを仕掛ける中で、俺は両隣の駒で遠距離攻撃を仕掛けて相手の進軍速度を下げつつ敵の中に弱い部分を作っていく。厄介なのは騎兵よりも魔法使いだと当たりをつけて弓兵で魔法使いを集中的に狙っていく。魔法使いがあらかた片づいたら騎兵をあいた穴に突っ込ませては引く、ヒットアンドアウェイで後方の弓兵を削りにいく。ここまでが今までの流れで、ショーンは余裕の態度から一転、対応が後手に回って陣形をぼろぼろにされている。まあ、こっちも無傷とはいかず魔法使いと歩兵にかなりの損害を出していて陣形の維持がちょっと厳しい。それでもショーンに比べればかなりましだ。

 俺の騎兵の攻撃にじれたショーンが、同じ騎兵を使って反撃してきた。俺は心の中で膝をたたきながら騎兵を自陣の近くまで後退させてショーンの騎兵を引きずり出した。そのまま少なくなった歩兵で退路をふさぐようにして・・・。


「魔法使いで騎兵に攻撃。」

「待った!」

「待った無し。」


遠慮なく主戦力の騎兵を撃破した。これでショーンの勝ち目はほぼ無くなった。


「あらら、これはショーンの負けね。」

「いや、まだここから。」

「どうやって?」


ショーンの手に残っているのは半数の歩兵と弓兵と魔法使いが一つずつ。俺の方は数こそ減った物の全種類の駒が生き残っている。ここから負けるのはなかなか難しいな。


「弓兵を使って・・・駄目だ、騎兵が直ぐにくる。なら魔法使いを・・・これも無理か。・・・参りました。」

「勝ちました。」


いえーいとセイラとハイタッチをしているとショーンが盤面を見ながら渋い顔を押している。


「こんな戦い方をすると大抵は弓兵と魔法使いが駄目になって一気に勝てるはずなのに、・・・なんでんだ。」


種明かしをすると、弓兵に対して魔法使いを少し後ろに配置して弓兵からの攻撃が当たらない距離を維持、その間に歩兵を前進させて攻撃を行って歩兵を無視できないように立ち回っていたのだ。さらに、騎兵を右に左にと動かして狙いを誤魔化していたのも効いた。ショーンのような定石に則った戦い方は駒の使い方に順番があるけど、こっちは総攻撃に近い戦い方で相手の処理能力を飽和させてやったのだ。

 欠点は、機動力の高い騎兵が序盤から突っ込んでくると弓兵と魔法使いが成す統べなくやられて壊滅するんだけど、ショーンが舐めてかかってきてくれたので割と楽に勝てた。


 ショーンが完全にクリークの研究にハマっている横で俺とセイラの話題は自然と生まれてくる赤ん坊の話になった。


「もうそろそろねー。今度はどっちかしら?」

「名前はどうするんです?」

「まだ決めてないのよ。お父さんがまだ決めてくれないの。ひどいよねー。」


ねー、と語尾を伸ばしているのは俺にではなくお腹の赤ん坊に話しかけているからだ。っというかショーン、俺とのクリークなんてどうでもいいから名前考えてやれ、名前を。


「もうカールに決めてもらおうかしら。」

「僕ですか?」

「何かいい案はない?」


しばらく考えてみるけど、名前の候補が全く浮かばない。いや、浮かぶには浮かぶんだけどその候補が裕次郎とか遥とか前世の影響をモロに受けている。これは流石にないだろう。命名、宗一郎・ゲルハルドとか将来いじめの標的だろうな。うん、名前はちゃんとした人に頼んだ方がいい。


「どんな名前が良いのか解らないです。」

「そうよね。ほんと、どうしようかしら。」


息子と妻が頭を悩ませている横で別のことで頭を悩ませている夫。新聞に風刺画の文化があればさぞ良いネタになりそうな構図だ。

 



◆◆◆◆◆◆◆◆




 ターニャからそろそろルーレに戻ると連絡がきたのは蠍の月(八月)に入って直ぐだった。ここを出たときには双子の月の間には帰れると言っていたけど予定通りにはいかなかったようだ。

 届いた手紙には、長期休暇の書類の受理がうまくいっていなかった事と、研究所の方でのトラブルに巻き込まれて一旦落ち着いたのでそちらに逃げると書いてあった。

 で、ターニャに予定外のトラブルが発生したようにゲルハルド家の屋敷の中でもトラブルが発生したのだ。


セイラが産気づいた。


 予定では後二週間ほど猶予があったはずなのに昼を過ぎた当たりから、なんかおかしいと言いだしてその一時間後には破水が起きた。

 ショーンは町の方に馬を駆って出て俺を取り上げたときの産婆を呼びにいっている。残った俺たちは、サンドラとニコラがセイラの様子を見て、ゲイルとソフィーアと俺がお湯を沸かして清潔な布をかき集めている。お湯は俺が魔法で力任せに沸かしている。


 破水が起きて二時間ほど経過した。既にショーンが産婆を連れてきて万全な体制で構えている。こうなると俺にできることはもうほとんど残っていない。

 ゲイルとソフィーアは厨房の方で待機して、サンドラとニコラは俺を取り上げたときの経験から産婆の指示に従ってせわしなく動いている。ショーンはセイラの手を握ってひたすら励ましている。

 俺はと言うとこの場を離れるのも何となく不安で邪魔にならないように部屋の隅で大人しくしている。


 陣痛が起きたのはそれからさらに一時間経ってからだった。産婆を中心に慌ただしくなってセイラの絶叫が部屋に響く。初めて出産の現場に立ち会ったけど相当に痛いようだ。普段大人しいセイラが鬼のような形相になっている。


 陣痛が始まって二時間ほど経った。ちょっと遅いんじゃないかと不安になって産婆に聞いてみると陣痛がはじまってからが一番長いと教えてもらった。ドラマなんかじゃ放送時間の都合もあってその辺りをカットしているから知らなかった。

 既に日が落ちて、部屋が暗くなり始めたので明かりをつけて回る。魔法はあっても明かりは基本的にランタンだ。照明の魔道具もあるけど残念ながらこの屋敷には置いていない。この辺りが田舎な事もあって流通の関係からあまり向いていないそうだ。

 産婆の、暗いの一言に俺は杖の先端に明かりを灯して部屋を明るくした。ランタンの明かりじゃ手元をみるにはちょっと薄暗いので白熱灯の明かりで部屋の中を照らした。これなら大分手元も見えるだろう。産婆の方は俺が魔法を使ったことには目もくれず作業に集中している。


「産まれるぞい。」


しわがれた声が部屋の中に響いたのはそれからさらに二時間がたってだった。セイラの絶叫と産婆の声が部屋中に響いてさながら戦場のような慌ただしさになってきた。明かりを掲げている俺の方からは見えないが頭が出てきたようだ。

 そこからは比較的速かった。セイラが産婆の合図で思いっきり息むと赤ん坊が産まれた来た。女の子だ。赤ん坊を受け取ったサンドラが産湯で綺麗にしていると産婆の様子がおかしい。セイラの股の間をみてじっとしている。


「もう一人くるよ。」

「「「「え?」」」


あ、サンドラがちょっと間抜けな顔してる。ちょっと新鮮だ。なんて、考えている場合じゃない!一人だけと思っていたからお湯と布がたぶん足りていない。明かりの魔法に追加指示で杖から浮いて部屋の中を照らすようにする。成功したことを確認して急いで一階に降りゲイルとソフィーアに追加のお湯と布を頼む。


「客間のシーツを持ってきます。坊ちゃま、魔法で乾燥させることはできますか?」


ゲイルの質問に無言で頷いて、ソフィーアと一緒に追加のお湯を準備する。俺の身長と力じゃ水の入った寸胴鍋を持ち上げられない。

 火にかけられた鍋に杖を突っ込んで魔法で瞬間沸騰させる。沸騰したらゲイルの持ってきたシーツを投げ込んで煮沸消毒して、引き上げたら今度は生地が傷むことを覚悟して火と風の魔法で温風を作り出して乾燥させていく。火加減をかなり強力にしているので厨房の中は蒸気で何も見えない状態だ。準備ができた布とお湯は順次、ゲイルがセイラのいる部屋に送り届けている。

 二十分ほどで用意した布が無くなった。ここにいても出来ることはないので俺もセイラのいる部屋に向かう。扉を開けるとちょうど二人目が取り上げられたところだった。双子の女の子だ。わずかに生えている髪はセイラと同じ黒髪のようだ。産まれたばかりでしわしわの赤い猿みたいだけどショーンとセイラはどこがどっちに似ていると話し合っている。よくまあ、あんな状態で似ている部分を見つけられる物だ。愛のなせる技か?


 産婆とサンドラたちは産後の処置に入っていて既にあらかた終わったようだ。産婆がセイラの状態を確認していると急に動きを止めた。見ている先はまた、セイラの股の間だ。三人目?


「これはよろしくないねぇ。血が止まってない。」


その一言で、場の空気が凍った。出血が止まらない?出産が終わってからもう四十五分は過ぎている。いくら何でも止まっていないのはおかしいんじゃ?


「領主様、ちょいと覚悟しといた方がいいよ。」

「そんな、どうにかならないのか!」

「もちろんどうにかはすしますよ。ただ、何事も最悪って事は起きるさ。特に出産は命がけなんだからねぇ。」


そう言って産婆が処置に入った。


 さらに三十分が経過したが出血は止まる様子がない。出血自体はじわじわと出る様子で何処かの動脈が傷ついたようには見えない。


「これは本気でやばいね。」

「どう、まずいんですか?」


不安で訪ねると俺の方をちらっとみてきた。


「大事な血管が傷つくと血はもっと派手に出るんだよ。でもこれは違う。赤ちゃんを包んでいた子宮って言う袋は産んだ後は元の大きさに縮んでいくもんなんだけどねぇ、たまに縮みきらないでこういう風になるんだよ。特に今回みたいに双子や大きな子供が産まれたときにねぇ。」


てっきりお前には解らないと一蹴されると思っていたけど分かり易く教えてくれた。原因は子宮の収縮がうまくいっていないと。筋肉の収縮がうまくいってないとすると治癒魔法では効果が薄いだろう。あれは疲労からくるもので怪我とは違う。治癒魔法では疲労は消せない。


 筋肉の収縮はミオシンとアクチンという筋肉を構成している物が縮まって起きていたはず。子宮を構成しているそれを全部収縮させるように・・・駄目だ、イメージできない。

 治癒魔法ってそもそも木の属性の名残みたいなものだよな。なんで、木が傷を治すことに関係する。木の属性って事は植物に作用して意のままに操るとか?ん、植物(・・・)を意のまま?・・・試す価値はある。


 俺はセイラに近づくとお腹に向けてエコーを放った。反響してくる物に俺のお腹には無い物があった。たぶんこれが子宮だ。


「カール?」


ショーンが俺に縋るような目を向けてきた。セイラの方も少し顔色が悪くなってきている。ショーン、そんな顔するな。言われなくても何とかする。


 エコーでつかんだ子宮を干渉力で包み込む。たぶん、木の属性なんて魔法は本来存在しない。水も火も風も土も魔法で作り出した物に干渉していた。逆に木だけは既にある物に干渉している。治癒も同じだ。怪我をした体があって初めて魔法の要素を満たしている。木の属性の魔法だけ不完全すぎるのだ。

 だったら、木の属性とはなんなのか。答えは純粋な干渉力だと思う。思えば、最初にウォーターボールを無詠唱で行ったときに干渉力だけ別口で操作していた。だったら壷も干渉力で浮くはずだと思うがたぶん無理だ。干渉力が及ぶ範囲は魔法で出来たものと干渉対象にその機能があるときだけじゃないだろうか。壷には浮く機能はない。

 そう考えると木の属性と言われた背景が見えてくる。干渉力で木の成長力に干渉して相手を絡め取るような形に成長するように指示すれば木を意のままに操っているように見えるはずだ。治癒魔法も本来、体が持っている治癒能力に干渉していると思えば辻褄があう。

 干渉力で包んだ子宮に収縮するように指示を送ってみる。初めての試みなので消費が激しい。干渉力を緩めると子宮が弛緩するのが何となく解る。このまま血が止まるまでとなるとどうだろう。持つかな?


 


 消耗が激しくて意識が朦朧としてきた。どれくらい時間が経ったのかが解らない。


「む、止まったようだねぇ。何をやったか解らないけどもう大丈夫だよ。」


産婆の声に安堵してゆっくりと干渉力を解く。干渉力が弱くなっても子宮が弛む感覚が無いことに安堵してそのまま杖をおろした。セイラの方をみると若干顔色が悪い物の呼吸は安定している。不安そうな顔を俺に向けてくる。たぶん、自分のことよりも俺がボロボロになっているのが見ていて辛いのだろう。大丈夫だ、この程度で死にはしないよ。今にも気を失いそうなほどキツいけど。

 セイラが俺に向けてゆっくりと手を向けてくる。俺はその手をつかんでそのままゆっくりと気を失っていった。完全に気を失う前にセイラの言葉が聞こえた。


「ありがとう、カール。」


 






 

感想、評価受け付けています。


誤字脱字を見かけたら教えてください。

修正いたします。

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