まさかの実戦
無詠唱発覚から数ヶ月が過ぎて、今は蠍の月の中頃だ。一年を通して寒暖の差が緩いこの世界でも、この時期は多少暑くなる。とは言っても前世のように異常気象だと連日、摂氏四十度を記録するような猛暑にはならない。着ている物を半袖か薄手の物に変えれば十分やっていける暑さだ。
そんな俺はこの数ヶ月、ターニャから魔法の講義と並行してこの国の簡単な歴史や地理、一般教養の類を教えてもらっている。数学と言うよりは算数、簡単な四則演算の授業の時にターニャが、
「君のその、ある分野においてえらく突出した能力がいったい何なんでしょうね。まあ、ショーンの血があまり入っていないというのは喜ぶべき事でしょうけど。」
と言ってきたが。ショーンが計算が苦手なだけなのか、勉強全般が苦手なのかは本人の名誉のために聞かないでおこう。領地任されるぐらいだから馬鹿じゃないはずだ。
そんな感じで午前中はターニャの授業、午後は無詠唱の訓練を少しやって後は自由時間というのがここ最近の流れだ。この中に数日に一回、サンドラによるマナー講習が入る。今は午前の授業中だ。
ターニャだがあの一件以来、身だしなみに若干気を使うようになっている。髪は三つ編みから流れるようなストレートにして服装も体のサイズにあった物を着ている。本人の意向もだが屋敷の女性陣のテコ入れでかなり改善された。どうもセイラたちは彼女の格好が我慢できなかったようだ。
着ている物が変われば印象もがらりと変わる。今は白い半袖のブラウスに濃紺の膝丈のスカート、腰に革のベルトの装いだ。だぼっとした服に隠れて解らなかったが結構女性らしい体つきだ。胸は割合平均的だ。前世のサブカルチャーならデカいか無いかの二択だったから、これはちょっと新鮮だ。
ああ、一つ大きな変化がある。彼女、メガネをかけるのをやめた。あの瓶底メガネを外したら何も見えなくて支障があるのでは、と心配していたけどそこはいろいろと魔法でやりようがあるらしく、特に支障なく日常を送っている。たまに、あの瓶底ほどじゃない普通のメガネをかけているけど、どうもそれに秘密があるようだ。詳しくは教えてもらっていない。
外した理由は聞いてみたいが、薮蛇になりそうなのでノータッチだ。その辺はもう少し時間かけても良いよな?
「さて、今日はどんな話をしましょうか。国の歴史は大体話し終えましたし、地理は細かくあげればキリがありませんね。」
歴史は過去に戦争があったとかお家騒動が発展して内戦にまで膨れ上がったとかだ。地理は詳しい山脈の位置を省いて簡単な説明をすれば、国の形は東西に長く菱形のような形で北側が南側より延びている形だ。南は完全に海に面していて、北の二辺は北西がパレンバーグ帝国、北東がマルシャン連合国と接している。
王都の位置は最南端の点に位置してルーレはそこから北に馬車で一日の距離だ。
「魔族や魔物というのは何が違うんでしょう?知能とかですか?」
「そう言えばその辺はいつもボカしていましたね。わかりました。良い話題が浮かばないので今日はその辺を話しましょう。
魔族と魔物の違いは、さっきカールが言ったように知能の有無で分ける事もありますが、魔物は生物の枠から外れた存在と言えば解りやすいかと。代表例はスライムでしょうね。何をどうやればあんな生物が生まれるのか全く解りません。
厄介なのは魔族と魔物の間にいる連中です。代表はゴブリン、リザードマン、オーク、オーガですね。知能に差がありすぎて人里で暮らしているのがいる傍ら、山の中で野生化した物まで居ます。魔族の中でもそう言った連中は頭が痛いらしく、野生化した物をモンスターと呼んでいますね。」
実際に見たことがないから信じられないが、スライムにゴブリンとファンタジー代表格はこの世界にいるようだ。俺の魔法が通用するか試してみたい気もするけど止めておこう。その時になったらビビって醜態晒しそうだし。
「さらっと魔族のことが出てますけど、彼らは嫌われていたりしないのですか?」
「大災害があったのがそもそもいつかも解らないのですよ?彼らを嫌っているのは聖神教の中でも一部の過激な連中だけです。私から言わせれば直接何かされたわけでもないのにいつまで根に持っているんだと。
彼らはこの国から西の海を渡った大陸にいます。大陸の名前は魔大陸。国という概念はありません。基本的にはそこから出てこないのですが、たまにこちらに渡ってきますね。
国として成り立たないのは種族が多すぎて国として纏まろうとすると必ず軋轢が生まれて戦争になるからです。種族は本当に多岐にわたりますよ。代表的な魔人種に始まって吸血種、鬼種、竜種とあげればキリがありません。
私の研究所に魔人種の男が一人居ますから機会があったら会わせてあげましょう。私が知っている情報よりもっと詳しいことが解りますよ。魔物に関してはショーンの方が詳しいかもしれませね。彼の方が実際に対峙していますし。」
魔族ってもっと忌避されている存在と思ったけど案外その辺にいるのか。
「先生、魔族ってやっぱり強いのですか?」
「その質問は何を持って強いかにもよりますね。」
「僕のイメージですと力が強くて、魔法が得意で、不死身に近い。」
「ああ、私も似たようなことを彼に聞いたことがありますね。そんな奴がいればそいつが魔大陸を統治してもっとましな場所になっていると笑われましたよ。
腕力は確かに普通に人より強いですし、生命力も強いですよ。ですが魔法は他のエルフや人族と大して変わらないそうです。無詠唱を会得しているのも人口の比率から考えるとこちら側とあまり変わらないそうです。魔道具に頼らないと魔法が使えないのも同じですね。
大昔は魔道具なしの無詠唱で魔法が使えた記述があるそうですが、今ではただの妄想かその類と思われているそうです。」
「夢がないですね。」
「ありませんね。
いえ、一つだけありました。魔族は魔法陣の知識が豊富です。それこそ人間の知識を総動員しても彼らには解析において及びません。彼らが魔大陸から出てくるまでは魔道具の複製は困難を極めていましたからね。
私のところの魔族も研究内容は魔法陣関連ですから種と何かしら関係があるかもしれませんね。」
へえ、魔法陣か。魔族が魔法が得意と言う話もここから来ている可能性があるかもしれない。
「魔法陣か。」
「興味あります?簡単なものなら私も覚えているので教えられますよ。複雑な制御の陣は無理でも増幅と各属性の強化の基礎部分なら何とかなります。」
「本当ですか。お願いします!」
と、こんな感じで話が脱線したりまた戻ったりを繰り返しながらの授業が週三日だ。残りは休みでのんびりやっている。
ああ、このとき書いてもらった魔法陣だけどどうにも見たことがあってずっと気になっている。デジャビュ?
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さらに一ヶ月ほど過ぎて山羊の月の終わり、屋敷でちょっとした騒ぎが起きた。セイラが体調を崩したのだ。急な目眩や頭痛、体の痛み、発熱といった風邪の症状なのだが一週間経っても改善しないのだ。酷いときは食べた物をもどしている。
「やばい病気じゃないだろうな。」
ショーンもここ最近は落ち着かず仕事に手がついていない。家の奥の仕事場にってもすぐにまた戻ってきている。因みに家の奥に続くあの謎のSFチックな扉は魔道具で、決められた人間にしか開けられないようになっている。下手に領地の資料に手を出されれば何が起こるか解らないから大体どこの領主の家にはあるそうだ。
「ショーン、君はこの家の主なんですよ?少しは落ち着いたらどうですか。」
「おまえはセイラが心配じゃないのか!?」
思わずだったのだろうが、いきなりの大声に居間に集まっていたみんなが驚く。ショーン自身もそれほどの声を出すつもりが無かったらしく驚いた顔をしてすぐにばつが悪そうな顔になった。
「いや、すまない。どうも気が立ってて。」
「私こそ無神経でした。すみません。」
ショーンとターニャの謝罪の後に居間にまた張りつめた空気が漂い始めた。
屋敷の住人が雁首そろえて居間に集まって何をしているのかというと、王都からの医者を待っているのだ。一週間経っても症状が改善しないので、王都の医者に手紙を送ったのが六日前。一昨日の夜にこちらに向かうと返事が来て教が到着予定日なのだ。
セイラの症状が出てもうすぐ二週間になる。未だ症状は改善せず、サンドラが二階の部屋で看護している。流行病だと厄介なので俺もショーンも彼女とは一週間近くあっていない。あー、だめだ。前世のあの嫌な記憶が出てくる。俺の場合は伝染すじゃなくて伝染されることが問題だったから、よく面会謝絶になっていた。人に会いたくてもあえないというのは病人側にしろ健康側にしろ辛いことには変わりないな。
待ち人は西の空が赤くなり始めた夕方になって到着した。小太りの禿げたおっさんで白衣を着れば、いかにも医者ですって感じがする。
「ゲルハルド様、申し訳ありません。予定より遅れてしまいました。」
「ゴーン先生!よく来てくれた。挨拶は良いから上がってくれ。」
ショーンがゴーン先生を家に招き入れて居間に通す。ゴーン先生の方もかなり急いできたらしく顔に疲労が浮かんでいて体の汚れが目立つ。
そのまま病人のセイラのところに行くなら全力で止める。例え魔法を使っても。
「ゲルハルド様、奥様のご様子は?」
「手紙に書いたとおりだ。最近は異常な眠気を訴えている。」
「そうですか、ではすぐに診察しましょう。案内をお願いします。」
そう言って、ショーンを先頭に二階に移動し始めた。
「・・・カール、それは何のつもりだ?」
俺は、階段の踊場に先回ってショーンたちに杖を向ける。誰がそのまま行かせるか。ショーンから静かに怒っていることを感じとれるがここは俺にも引けない。
「カール、おふざけは止めろ。」
「ふざけていません。お父様こそふざけないでください。そんな人をお母様には近づけさせません。」
「カール!!」
おお、怖ぇ。流石は元軍人。襲ってくる気迫が一般人のそれとは全然違う。だがこっちも引けない。
「お父様、僕にはその人が医者の格好には見えません。」
「カール、そこを退け。命令だ。」
「退きません。出直してください。」
「もう一度だけ言う。退け。」
「嫌です。」
二度目の拒否をするとショーンが動いた。上体を低くしながら階段を一気に駆け上がってくる。
って、速すぎだ!もうちょっと選択肢があると思ったけどそんな余裕は全くない!とっさの判断で一番馴れているウォーターボールをショーンの顔面に向けて放つ。ショーンはそれを素手で弾き飛ばしてさらに俺への距離を積めようとしている。ウォーターボールを弾くときに少しだけ動きが鈍ったのは見えたが、実戦経験がなさすぎて次の手が浮かばない。ええい!考える暇をくれ!ああ、もうこうなりゃ自棄だ!
俺はとっさに土魔法でショーンが登ろうとしている、残りの階段の段差をすべて埋めて急な坂道を創った。
「うお!?」
これには流石にショーンも驚くだろう。足を止めてくれればそれで良い、と思ったら。
「あ。」
踏んだ坂にバランスを崩してそのままもの凄い音をたてながら一番下まで転げ落ちた。あれ、大丈夫かな?
そう思ったがムクっと起きあがって俺をそのまま視線で射殺さんとばかりに睨みつけてきた。本気で怖い。
「カール、きさガッ!」
俺に再び飛びかかろうとしたショーンは後ろから伸びた手に髪を掴まれてガクンとなってそのまま止まった。ターニャだ。
「ショーン、落ち着きなさい。あのカールが何の理由もなくこんな馬鹿なことをする訳ないでしょう。」
「ターニャ!奴はまだ三歳だぞ!」
「・・・ショーン。」
ショーンの放つ気迫にターニャも負けじと睨む。しばらく睨み合っていたが先に折れたのはショーンだった。
「わかった。」
「それでこそ聖騎士ショーンです。
さて、カール。ここまでのことをするからにはよほどの理由があるのですね?」
ターニャが俺に諭すように言っているが目がくだらない理由なら承知しないと言っている。これで衛生観念の違いで俺の分が悪かったらどうしようか?ショーンに殺されるかもな。殺されるのは嫌だがセイラの体調が悪化するのも避けたい。正直に行こう。
「ゴーン先生が汚いからです。」
「は?」「え?」「あ?」
ゴーン先生、ターニャ、ショーンが俺の発言にポカーンとする。これは、俺の考えがおかしかったのかも。
ターニャとショーンはゴーン先生の体を見てゴーン先生も自分の格好を見て固まっている。
「「「あ。」」」
おい、お前等もしかして気づいてなかっただけか?
「あー、ゲイル。ゴーン先生にお湯を。それと清潔なタオルも。」
「それならお湯は私が準備しましょう。魔法でやればすぐに出来ます。」
「すみません、皆さん。私が一番気をつけないといけませんのに。」
ゴーン先生とターニャはゲイルと一緒に浴場の方に消えていった。俺とショーンはその場に残っている。空気がすごく気まずい。
「あー、そのー、なんだ。・・・すまなかった、カール。」
「いえ、僕の方こそすみません。・・・体大丈夫ですか?」
「打ち身程度だよ。気にするな。
将来、お前と組み手をすると大変そうだな。無詠唱だと何が飛んでくるかさっぱり解らん。」
「そう言いながらウォーターボールを弾いてましたよね?」
「まっすぐ飛んでくる物なら条件反射で何とかなるさ。その後の足下のアレは解らなかった。・・・ありゃ一体なんだ?」
「ストーンウォール・・・っぽい何か?とっさに組んだので。」
「・・・あれ、即興かよ。」
その後、ショーンと特にわだかまりもなく実戦経験で役に立つ豆知識を居間で聞きながらゴーン先生の準備が整うのを待っていた。
医者も貴族を相手にすると緊張するようで、今回は特にあまり聞かない症状のオンパレードでかなりテンパっていたようだ。お湯で体を清めた先生は来たときのうす汚れた格好じゃなく、白衣を纏ったちゃんと医者だった。
診察の間、俺たちは再び居間に集まっていた。ゴーン先生がセイラの部屋に入って三十分が経過して彼が居間に降りてきた。
「先生、セイラは?」
「一ヶ月ってところでしょう。」
「・・・え、そんな。」
ショーンが青い顔をしてその場に崩れる。が、ゴーン先生の言葉は止まらない。
「原因はあなたですよゲルハルド様。」
「そんな・・・。助からないのか?」
「・・・何か勘違いしているようですが、後九ヶ月ほど安静にしていればいいだけですよ。」
流石にその言葉でショーンも気がついたようだ。俺とターニャは最初の方で気がついたので、一緒になってニヤニヤとショーンを眺めていた。
「おめでとう、ショーン。あまりの取り乱しっぷりに笑いをこらえるのが大変でしたよ。」
「おめでとうございます、ゲルハルド様。しかし、二人目のはずですが以前は?」
「いや、こんなのは初めてだ。カールの時は月の物が来なくて初めて気づいたからな。」
「なるほど。何にせよあまり無茶はさせないようにしてください。こればかりはご家族の方が気にしていただかないと、どうにもなりませんから。」
その後は屋敷全体でお祝いモードだ。セイラも病気じゃないと解って居間に降りてきて会話に加わっている。相変わらず辛そうだがどこかうれしそうだ。ゴーン先生の話では後一週間もすれば症状が落ち着き始めると言っていた。
「不思議よね。カールの時はこんな事無かったのに。」
「そうだよな。今度は女の子かな?」
ショーンが早速親バカモードに移行し始めた。気が早すぎる。締まりのないショーンの顔を皆が呆れながら見ているとサンドラが、ふと俺のことを言い始めた。
「そう言えば、カールお坊ちゃまがお生まれになったときお坊ちゃまがお泣きにならないので肝が冷えたのを思い出しました。」
「え?」
「あー、そう言えば泣かなかったな。アレは本気で肝が冷えた。」
「そうそう。カールの声が挙がったときは本当に安心したわ。泣かないと言えば、その後も泣かなかったわよね。サンドラがあまり泣かない子供は病気の子が多いって脅してくるから怖かったわよ。全然そんなこと無かったけど。」
「申し訳ございません。」
サンドラのあの視線ってそう言う意味か。気持ち悪いじゃなくて憐れみか。それよりも、俺が病院での死に際と思っていたのは出産の時だったのか。
まて、俺いつ死んだんだ?
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