詠唱と美女
彼女の宣言通り昨日は休みとなり、今は屋敷の居間に屋敷の住人とターニャが集まっている。会話もなく、ただただ静まり返っている。
「ターニャ、確認するが、カールが無詠唱で魔法を使ったと?」
「何度でも言いましょう。彼は無詠唱で魔法を発動できます。」
重い沈黙の原因はもちろん、俺の無詠唱を家族に打ち明けたことが原因だ。こういう事になりたくないから黙っていたんだ。
マイノリティと言うのはそれだけでハンデになりえる。前世でもそうだった。先天性の物で虚弱体質と解ったのは俺が物心ついたときだ。ただの風邪なはずなのに症状が重篤化して入院したのが切っ掛けだった。今のこの沈黙は医者から、体が弱く成人するまで持つかどうかと言われたときのあの重苦しい空気を思い起こさせる。思い出したら、胃が痛くなってきた。吐くかも。
あの後からだったか。普通やヒーローじみた物に憧れたのは。いや、ヒールでもよかったな。とにかく弱くない普通以上の何かに憧れたんだった。体質じゃなくて自分の手で何かが出来る存在になりたいと、そう思うようになった。その結果が自らの手で作り上げた物が自分の知らない世界まで飛んでいくロケットに駆り立てたのかもしれない。結局失敗したけど。
「論より証拠ですね。カール、家の物を壊さない程度のウォーターボールは出せますか?無理なら外に出ましょう。」
「あ、出来ます。」
思考がネガティブな方向ばかりに傾いているとターニャからご指名が入った。うん、ここまで来たらポジティブに考えてやろう。二度目の人生だ。前回は体が弱いマイナス補正だったが今回は健康な体に珍しい能力付きだ。多少のマイナスは吹き飛ばせる。
ターニャからの注文は家を壊さないウォーターボール。だったら水の収束は甘くしてフニャフニャした感じに、杖から出たらゆっくり上昇する。こんな感じでいこう。
杖を取り出してトリガーを明確にしていく。水の大きさ、状態、移動方向、移動速度。鮮明にイメージすると杖の先端から無重力実験でよく見るブルブルと震える水の固まりが出てきてゆっくりと天井に向かって上っていき始めた。・・・今思ったけど、これって水芸に似てないか?
「「「・・・。」」」
ショーンとセイラを筆頭に、屋敷の使用人たちも唖然とした表情で天上に昇っていく水を見ていた。全員、ポカーンと口を開けて同じ表情になっているのがちょっとだけ笑える。っと、このまま天井に当たるとシミが出来るか。追加でウォーターボールに指示を与えたことはなかったがちょっとやってみよう。
天井付近まで上がったウォーターボールに向けて杖を構える。そのまま干渉力を伸ばして捕まえ、ゆっくりと自分の手元に戻っていくようにイメージする。手元に戻ったところでホバリングさせる。やっぱり詠唱がないと消耗が激しい。
ちょっときついので、テーブルの上にあった水差しをとるとウォーターボールの下に持ってきて、そのまま魔法を解除する。空中に待機していたウォーターボールはそのまま水差しの中に落下していった。
「カール、魔力はどうです?」
「だいぶ消耗しました。特に追加で動かしたときは。」
そう、一度指示を与えた魔法に追加で指示を与えようとすると異常に魔力を消費する。まっすぐ飛んでいる魔法に右か左に曲がれ、ぐらいなら消耗は激しくないが、複雑な指示や移動方向を全く違うベクトルに変更しようとすると消費量が一気に跳ね上がるのだ。魔法にも運動エネルギーがあるとか?
「カール、本当に詠唱していないんだな。」
半信半疑だったショーンがさっきの光景からやっと復帰したようだ。他はまだ立ち直れていない。
「信じられない。いや、実際目の前にカールがやって見せたから信じざるをえないんだが。宮廷魔導師が出来ないことを三歳の子供が・・・。」
「私は見たことがありますよ。あなたが騎士になる・・・いえ、よく考えると産まれていませんね。当時の宮廷魔導師の指導顧問を務めていた人です。私が会ったときには既に棺桶に片足つっこんだようなヨボヨボジジイでしたが、一応無詠唱で魔法が使えていました。」
「・・・それ、もしかしてメーメット様のことか?」
「ああ、そんな名前でしたね。羊の鳴き声みたいな名前だとは覚えていましたが。」
ターニャの言葉に随分とトゲがあるが何かあったのだろうか。
「その、メーメーですが不完全ながら無詠唱が使えていましたよ。」
「メーメット様な。・・・記録ではあの人が不完全でも無詠唱が使えたとか聞いてないぞ。」
「カールの無詠唱に比べればお笑いですよ。あの人がやっていたのは杖の先端に魔法を出すとこまでしかできなかったのですから。そこから動かしたり飛ばしたりは出来ていません。人の尻を触ることに執念を燃やしていたから不完全で終わったのでしょう。」
不完全ながら使えただけでも対したものじゃないだろうか。俺だって干渉力に気づかなければそのエロジジイと同列で終わっていたのだから。
しかし、そのメーメットっていう爺さんはなんでターニャの尻なんて追いかけていたんだろうか。見た目からして喪女代表みたいな格好なのに。
そんな俺の視線にセイラが気づいた。
「カール、やめなさい。ターニャに失礼よ。」
「す、すみません。」
しまった、顔に出てたか。
そんなやりとりにターニャがしばらく考え込んでいたが、ポンッと手をたたいて納得の表情を浮かべた。
「ああ、そうですね。今の格好を見ればそう思いますよね。これでも当時はお洒落をしていたんですよ?ただ、研究ばかりやっているとお洒落に使う時間を段々と研究に回しだして、最終的には私みたいになります。私が言うのも何ですが、あの研究所にいる女性は化粧の具合を見れば在籍期間が解るぐらいに悲惨です。」
そう言うと、彼女は適当に結っていた三つ編みをほどいて手櫛で簡単に梳いてからメガネを外した。現れたのは美人エルフだった。
瓶底メガネで顔のパーツが解らなかったが今ならよくわかる。絵に描いたような青い瞳のつり目な金髪美人エルフがそこにいた。適当に結っていた髪は癖がついてしまっているが綺麗に梳かせば元のストレートに戻るはずだ。っというか勿体ない。何やってんだこの人。
「むぅ、メガネを外すとよく見えませんね。」
「相変わらず、残念美人って言葉がよく似合うよな、お前。素材生かせば結婚なんて引く手数多だろうに。」
「嫌ですよ。私はアホな男と結婚するつもりはありません。私の研究を理解できるのが最低条件ですね。」
「厳しいな。候補もいないのか?」
「候補ですか?・・・特には。いえ、一人居ますね。」
「ほう、お前でもコイツならって思う相手がついに出来たか。」
「ええ、つい最近ですが。」
「つい最近?・・・おまえ、まさか!?」
「カールは最有力候補ですね。魔法の実力は見ての通りで、おまけに三歳とは思えない理解力です。今のうちに私の知識で染めてしまうのもアリかと思えるぐらいです。」
「おまえ!カールはまだ三歳だぞ!」
「三百年の寿命を持つエルフにとって十年待つぐらいなんて大した苦痛ではありませんよ?どうでしょうカール。君さえよければ将来私と結婚しませんか?」
「へ!?」
なんかターニャが暴走し始めた!いや、美人と結婚できるのはうれしいよ?エルフだと見た目が変わらないだろうから、割とこのまんまなんだろうけど。だが、妄想と実行は別物だ。経済感覚がゼロの女性と付き合うことがどれほどの地雷かなんて言うまでもないだろ。俺は彼女とのバラ色の結婚生活を妄想することなく、頭の中でデカデカと却下の文字を婚姻届に押すことにした。
下手に言質取られないようにきっぱりと言っておこう。
「先生、それはいくら何でも考えられません。」
「そうですね。ああ、でもカールは男爵家の嫡男でしたね。ショーン、側室か妾はどうでしょう?割と現実的と思いますが。」
回り込まれた!?視線でショーンに助けを求める。
「ターニャ、カールが怯えている。その辺にしてやってくれ。」
「あら、私は案外お似合いと思ったけど。」
「セイラの承認は得られましたね。まあ、家庭教師は始まったばかりです。そのうちショーンから言質を取りましょう。」
いかん、気づいたら女性からの包囲網が完成しつつある。これはよろしくない。ショーンがよけいなことを言う前に話の流れを変えよう。
「せ、先生。無詠唱ってそんなに難しい物なのですか?」
「ああ、そうでした。私の結婚の話でなくカールの無詠唱の話でした。これもあのジジイのせいですね。」
話を逸らすことに成功して俺はほっと胸をなで下ろした。それにしてもよっぽど嫌いなのか、そのメーメットのことが。
「無詠唱は難しいという次元ではなく、実質ほぼ不可能と言われているものです。もちろん過去には出来る人物もいたことが記録に残っています。ただ、国内の歴史を紐解いても恐らく、本当の意味で使えた人は五百人もいないでしょう。先ほどから話に出てきているジジイのように不完全な無詠唱を成し遂げた人も居たと考えれば・・・そうですね、ぎりぎり千人ぐらいでしょうか。これでもだいぶ多く見積もった数字ですが。」
「不完全な無詠唱ですか。」
「そうです、不完全な無詠唱です。トリガーがはっきりとイメージできればそれは魔法に反映されます。不完全な無詠唱者で一番多いのが火事や水難事故と言った類に巻き込まれた人たちです。彼らの頭には火や水と言った物がトラウマレベルで頭に焼き付いています。それはもう一般人には理解できないレベルで。
普通は恐怖心が先走って魔法そのものを発動させることが出来ないのですが、極希にイメージが打ち勝って魔法が発動するのです。ですが基本的にそこまでです。最後は恐怖で魔法の制御が出来なくなって魔法が霧散するか、最悪暴走します。記録上存在する無詠唱者は、だいたいがこのトラウマを克服した人たちですね。
そのせいか、無詠唱で発動できるのは決まって原因となった単一の属性です。」
「じゃあ、メーメット様もですか?」
「カール、アレに様をつける必要はありません。」
ショーンが、おい!っと突っ込みを入れるがターニャは無視して続ける。
「杖の先端に出せるとだけ、いう形での無詠唱は歳を食った人に多いですね。属性に関係なく出せるけど飛ばしたり出来ないのが特徴です。
一昨日の話ではウォーターボールだけでなく他の属性も出来なくはないと言ってましたが、出来そうですか?」
言われて初めて、ウォーターボール以外は無詠唱で試したことがないことに気づいた。ちょっと試してみよう。危なくないもので解りやすいのは土だろうか。
土・・・は散らかるからいっそ石で。形は綺麗な球状で、打ち出しは軽く真上にボールを投げる感じで・・・イメージが固まったら口には出さず頭の中で「ショット」と唱える。
黒い野球ボールほどの大きさの石が天井付近まで打ち上がって目の前に落ちてきた。格好良く取ろうとして・・・意外と重量があって俺の手からこぼれて床にゴンっとぶつかった。絨毯の上だがたぶん下の床板に痕がついたな。
「本当に問題なく使えましたね。こうもあっさりやられるとこちらが自信を無くしてきます。」
「もう、打ち止めです。これ以上は無理です。」
水には慣れていたけど土で無詠唱は初めてだったので疲労が激しい。無詠唱が一般的ではない、もしくは誰も出来ない理由に燃費の悪さがあるなら俺は全力でその説を信じよう。
「カール、大丈夫?目に力がないわよ?」
「すごくねむいです。」
頭の疲労がピークに達して脳の方から休ませろと命令がくる。まだ話が終わっていないのでここで意識を手放したくない。気合いと意地で持ちこたえているけど、そう長くは持ちそうにない。
「カールもこれ以上は無理ですね。簡単にですが、今後の方針はカールに色んな魔法を見てもらいまし、使ってもらいます。彼に呪文は必要ありませんからこのままひたすら無詠唱を極めてもらいましょう。
あとは、一般常識とかでしょうか。国の歴史だとか割と本では退屈な分野でも人と一緒に学べば大分ましでしょう。」
「わかった、その方向でお願いしよう。くわし・・・。」
ターニャの今後の方針を聞き届けたところで俺の意識は完全に落ちた。
次の日、ニコラからあの後何をやっても起きない俺を見て、セイラとショーンが若干青ざめ、ターニャも俺に無茶をさせすぎたとちょっとした騒ぎになったことを聞いた。魔力切れで死ぬことはないってセイラが言ってたはずだけど、死なないだけで他はあるって事?ちょっと怖いんだけど。
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