二
アレから一週間。
俺は毎日図書館に、通い続けた。
彼女とまた会えたらいいなというのもあるが、何より図書館が快適すぎる場所なのだ。
勉強がいつもの倍の速さで進む。
もうすぐ買ってきた問題集が一冊終わるとこまできている。
でも、もっと、もっと勉強しなきゃ。
そして九時ぴったりに図書館につく能力も身についた。
いつも通り八時五十九分につくと、管理人さんがちょうど開館しようとしているところだった。
管理人さんはヒロキくんおはよう、と言ってくれた。
「おはようございます…っ」
ぎこちないながらに笑って見せた。
お昼近くになり、お腹が空いてきた。
それに、制服を着た女の子がパラパラと見えてきた気がする。
それは彼女と同じ、黒と紺色の間の色をしたスカートだ。
もしかしたら会えるかもしれない。
勉強するペンを動かそうとすると盛大にお腹が鳴った。
「く、くっ…!!」
周りに聞こえてないとはわかっていても恥ずかしさで顔が熱くなる。
いつもなら一旦ご飯を食べる為に帰るのだが、それで彼女に会えなかったら…
いや、彼女ならまた会える機会が来るかもしれない、今はこの腹の鳴りが更に大きくなり周りに迷惑をかける前にここをでなくてはならない !
ここにアカラギがいたなら、サッとお米をだしておにぎりを作ってくれたかもしれないのに…!アカラギのバカ!
腹に力をいれお腹が鳴らないようにしながらも席をたった。
「あれ、この前の…」
「あっ…」
聞き覚えのある声に振り向くとそこにはあの時の彼女がいて、一気に力が緩み腹が鳴るのであった。
俺は今、どんな運が舞い降りたのかわからないが図書館の休憩ペースで彼女の隣りに座り、彼女が作ったであろう手作りおにぎりを食べている。
「あ、あの、本当すみません…」
「いいのいいの、よっぽどお腹が空いてる音だったから…」
クスッと笑われる。
今の自分は耳まで真っ赤なのではないだろうか。
それよりもおにぎりが美味しい。
きっと女の子が作ったから美味しいんだ…これが彼女の母様が作ったものだとしても同じDNAの汗が染み付いたおにぎりだと思って俺は美味しく召し上がる。
「もしかしていつもここで勉強してるの…?」
「う、うん。」
「へぇ…えらいね。」
え、えらい…俺はえらいのか、そうか、偉いのか!
褒められたのかと思うととても嬉しくなる。
ただここではしゃぐのも恥ずかしいため、必死に嬉しい気持ちを隠した。
「そ、そんなことないですよ…」
赤くなる顔を冷やそうと何故か米をたくさん口にいれる。
「ふふ、ゆっくり食べないと口に米ついてるよ?」
彼女の指が俺の口に触れる。
「あっ、」
漫画みたいに彼女の口に米が運ばれるのかと思ったがその予想を遥か斜め上に行き俺の口へと運ばれた。
女性に顔を触られたのは初めてで心臓が飛び出しそうだ。
そんな彼女の顔も少し、赤く染まっている気がした。
「本当にご馳走様でした、美味しかったです、すごく!」
おにぎりの入っていた巾着をカバンにしまうと彼女は優しく微笑んだ。
「よかった、喜んでもらえて。私もちょっと今日は多く作りすぎちゃっていたから困っていたところなの。」
やった!この子が作ったおにぎりだった!
「あの、学校終わるの早いんですね、どこの高校も三時とか四時に終わるものだと思ってて。」
「ああ、今日までテストだったから。」
テスト。
まだ俺が一度も体験したことのないものだ。
そういえばアキトもテストで最近遊べていない。
テストとは、そんな恐ろしいものなのだろうか。
アキトはノーベン!ノーベン!と叫んでいた。
…ノーベル賞の間違いかもしれない。
「へぇ…」
会話が途切れる。
コミュニケーション能力のない俺にしてみたらここまで話せたことは奇跡に等しい。
「そういえば名前は何て言うの?」
「えっ!?えっと、中ざ……じゃなくて、赤羅魏、赤羅魏弘樹、です。」
つっかえながらもなんとか言ってみせる。
赤羅魏とは何て言いづらい名前なんだ。
「アカラギくん、アカラギくん、私は柊菜摘よ。」
俺は忘れないよう、柊菜摘を心に深く、刻んだ。
「柊、さん。」
アカラギと少し似てるね。
可愛い名前だね。
何から話せばいいんだろう。
「ナツミでいいよ。…ヒロキくん。」
「あ…うん、ナツミ、ちゃん…。」
なんだか、一気に心の距離が近くなった気がした。
それは気のせいではなく、身体と身体の距離がさっきより確かに縮まっている。
「私もよくここに来るの、また会えるかしら。」
「う、うん、僕毎日来てるから…!だから、だからまた会えるよ、絶対!」
クーラーで涼しくなりきった室内の中汗が伝う俺はなかなか滑稽な姿な気がする。
「あ、ナツミそこにいたの?」
ナツミちゃんの友達と思われる子が来た。
「私今日は友達と遊ぶ約束してて、帰らなきゃいけないの…ねぇ、また会いましょ、約束。」
差し出された小指にそっと自分の小指を絡めた。
ニコリとまた微笑むと、ナツミちゃんは友達の方へと走って行った。
「ナツミ、ちゃん…」
俺は誰にも聞こえないような、小さい声でその名前をぼそりとつぶやいては一人ドキドキしていた。