変身
ある時、僕は毒虫だった。
うぞうぞと這いずり、仲間と共に葉の裏に所狭しと身を寄せて、もさもさと葉を食む。そんな中の一匹だった。
ある日のこと、明確な時期は覚えていないが、とても暑い日だった。
いつものようにもぞもぞと動いていると、突然、隣にいる毛深い同族達に対して耐え難い殺意のようなものが芽生えた。
それは今考えたところで分からない。ある種、宿命的ななにかであり、生存本能と同レベルの根源的な欲求であったように思われる。
ともかく、当時は考える頭を持たない毒虫であったが故、すぐに隣にいた仲間の柔らかな腹に勢い良く噛り付き、擦り潰すように食んで、食い破った。
毒虫としての記憶はそこで途切れた。
ある時、僕は蛇だった。
暗褐色の舌をチロチロと動かしながら滑らかに地を這い、かつて、天敵であった小鳥を一飲みに食らう。そんな日々を淡々と過ごしていた。
ある日のこと、詳しく覚えてないが、日差しがとても強い日だった。
いつものようにユルユルと林道を通っていると、一匹の綺麗な淡褐色の体色を持つ仲間に出会った。メスだった。
すぐに僕は求愛し、彼女と交わりはじめた。まさにその最中のことである。
突然、僕の中に前世で感じたのと同種の耐え難い殺意がふつふつと湧いてきた。
やはり、今考え直しても、その抗い難い衝動は、もしや神の思し召しなのではないかと思ってしまうほどに強烈なものだった。
気づけば僕は自身の毒牙を彼女の頭に思い切り突き立て、そのまま一飲みしていた。
蛇としての記憶はそこで途切れた。
そしてある時、僕は人間だった。
いや、冗談さ。当然ながら今も僕は人間である。
世間一般的な家庭で生まれ、小学校からの幼馴染で、恋人である君にこうして経験した不思議な体験について語っている。
そういえば......君に最初に出会った日も、たしか今日みたいに太陽が燦々と照ってた日だったっけ。
静かに話を聞いている彼女の顔をちらりと盗み見し、話を続けた。
そんなに蒼ざめないでくれよ。
大丈夫、あの恐ろしい欲求に駆られることはもう二度とない。
何故だか、僕には確信がある。
僕はそう言い、涙目の彼女の手を優しく握りながら考える。
そう、あの衝動が訪れることは決してないだろう。
ただ、『知的好奇心』という名の毒が脳へ、今も甘美に囁き続けていた。
彼女を殺したら、僕は一体何になるのだろうか......と。