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deep  作者: 白米
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いつかのあなたにもう会えないから

 私は走っていた。まだ授業中なのに家へ帰ろうとするなんてなんて非行少女だって思うかもしれないけれど、今はそんなこと言っている場合じゃない。なんたってこの街は普通じゃないのだから。

 上から悲鳴とぐちゃあという温い音が聞こえる。多分、嫌と思っていたのは私だけじゃないんだ。シャチくんもそうなんだ。クラス中、学校中、街中、いや、世界中が自分を恐れてイカれた考えを持っていたってことに気づいて、彼自身も狂ってしまった。

 私は靴を履くのも忘れて校庭へ出た――するとそこには、世界の終わり、という表現が最も適切であろう光景が広がっていた。濁流の如くの鮮血。血走った目。獣の牙。雄叫びもたくさん。乱交パーティかというくらいの男女で乱れ、烈火のごとく獣同士が殺し合いをしている光景がそこにはあった。――この街には私一人しか人間がいないんだ。他の人間は、守ってくれる獣人がいなかったから。

 とりあえずバレてはまずいと靴箱に寄り添って待った。幸いその後校庭に出る生徒はいなかった。きっと中でシャチくんが殺したか、疑心暗鬼になってみんなで殺し合いをして自滅したかのどっちかだろう。

 暫くすると校庭も静かになった。恐る恐る顔を覗かせると、動いている者は誰一人いなかった。



 ここから語る話に事実かそうでないかの根拠はない。もしかしたら幼い頃の夢遊病が、偶然にも再発してしまったのかもしれない。


 私は何も考えないで街を歩いていた。本当に何も考えていなかった。獣人たちが居なかった時の、今では平穏と呼ぶべきだろうあの時間が、殺し合いが起きているというのに私の中で漂っていた。不思議だ。

 そうやって“普通”に歩いていると、誰かが電柱の影にいた。な、なんと【人間】だ。

 その時ぱちんと、私の中で摩擦が起こった。静電気に触れたときのように、ぱちんと。儚く。

 その瞬間、吐瀉物のように恐怖が靴の底から沸き上がってきて、私は体中の血が凍ってしまったようになって、本当に吐きそうになった。夢が覚めたんだ。

 私が非常に顔色を悪くして立っていると、彼女が私に気づいたようだ。とても目付きの悪い瞳だった。


「……誰?」


 っていうか、人間、いたんだ。という彼女のナイフのように丸裸の言葉が突き刺さる。私はよろけながらも、口から吐瀉物が溢れ出しそうな勢いで彼女に問いただす。


「どうしてここにいるの?」


 自分が猿人類か何かと錯覚したほどだ。赤ちゃんが無理やり言葉を発したような稚拙なものに、彼女は笑いもせず、というか聞こえていなかったような態度を取る。


「震えているの?」


 彼女の手が両肩に置かれ、私は泣きそうになった。人間の手だ。どうしようもなく華奢で弱い人間の手だ。私じゃない。他人の手だ。視界がぼやけて、このまま天国へ行けてしまいそう。


「……もう、いないから」

「は?」

「もう、いない」


 私を守ってくれていたヒーローは狂って人殺しになってしまったんだよ。


「いいや、元々あなたを守ってくれていた人は狂っていた」

「違う」

「あなたはそれにおんぶでだっこ」

「ち……違うよ」

「愛のまね事はしたの?」

「し……してない!」


 彼女の顔がとても近くて、人間臭さに顔を寄せたくなったけれど、計り知れない恐怖の方が怖くてたまらなくて、私は目を背けた。

 なんだか彼女は人間じゃないみたいだ。いいや、人間なんだけれど。半分、人間じゃないみたい。


「……本当にその人が愛してくれているといいね」


 震えて、怯えて、目を地面に向けていて、けれど。

 彼女の手が離れたのに気づくと彼女はずっと遠くに行っていた。私は涙と涎でぐしょぐしょになった顔も、ボロボロに引き裂かれたセーラー服も、いつの間にか傷だらけになっていた身体も厭わずに、ずっとずっと、遠くへ行ってしまう彼女を見つめていた。

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