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野崎有 彼は幽霊を見ていた 

主人公である野崎有は小学3年生の少女筒長早紀と河原で出会う。


 

 その日以降、バイト帰りにそのベンチへと立ち寄る機会が増えた。

 私はサキのためにパイナップル入りのヨーグルトを買って、彼女がやってくるのを待つのだ。


有、遅かったじゃん

いや、いつもどおりだし


 私はそう言いながら彼女にヨーグルトを渡した。


そうかな?

そうだよ


その日の話題に上がったのは、私が彼女に話した物語についてだった。

ほとんど何も覚えていない彼女とは対照的に、私は病的なほど鮮明に覚えていた。


それで、眠り姫は目覚めたの?


サキはどう思う?


うーん


 待てど暮らせど彼女はうなり続けるだけだった。


だったらさ、サキはどういう結末がいい?


それじゃだめだよ


どうしてさ?


だって、有の物語でしょ?


 彼女は真剣な目でそう言った。

 確かにそうだと私も思った。


そうだね、だったら今から続き考えるよ


そして次に私が口を開くまで、サキは風の歌に耳を澄ませていた。


それから一万年が経った。

 人間と魔法から解放された世界は、次第に彩りを取り戻していく。

昔々に絶滅したイチゴやそれにパイナップルも実るようになって、森に住む動物たちはそれまでより楽に餌にありつけるようになった。

そして待ちに待った新月の夜に、薔薇は一斉に花開いた。

 城は様々な赤に包まれて、光を放つようだった。

 薔薇の花の匂いに誘われるようにして眠り姫は目を覚ました。

 彼女が目覚めるには薔薇の匂いを嗅がせる必要があったんだ。

 彼女の頬を涙が伝う。彼女はその涙を受け入れてわんわん泣くんだ。


どうして?


眠り姫は夢のなかで全てを見ていたんだ。男は彼女が囚われていた檻を壊すためなら自分の命を投げ出すことにさえ躊躇わなかった。その涙は彼のために流されたんだ。


ねえ、有?


どうした?


有が魔男だったら眠り姫を助ける?


死ねるかどうかってこと?


うん


もちろんだよ


ふうん、そうなんだ


 彼女は眠たげにまぶたをこすりながらそう言う。

 私は腕時計を見る。

 時刻は十時時半を少し待ったあたりだった。


サキ、そろそろ帰るよ

 

 私はそう言って彼女の手をとった。

 あの日、母親に怒られなかったのかとサキに尋ねたことがある。


怒るわけ無いじゃん


 それがサキから返ってきた言葉だった。


彼女の母親と初めて対面した時、私はひどく混乱した。

 初めて家に行ったあの日にサキのとなりで眠っていた女性。

 その女性こそ彼女の母親だと思っていたのだが、実際は違ったのだ。

 実際に見た、サキの母親は三十代半ばくらいで、あの日に見た女性よりも幾分老けていた。

 加えて彼女はサキとあまり似ていなかった。

 あれは誰だったのだろう。

 母親が出かけた後のサキにそう尋ねてみても、


そんな人しらないよ


 彼女は首を傾げながらそう答えるだけだった。


 やがて彼女のマンションにたどり着く。

 扉を開く。

 私達を出迎えたのは冷蔵庫の乾いた音だけだった。


 筒長未希子。

 それがサキの母親の名前だ。

 未希子さんは寛容な人で、私の知る限り、サキのすることに対して口出しをするところをみたことがない。

 とてもできた人のようだった。

 けれどサキはそんな母親に対して良い感情を抱いていないらしい。

 贅沢な話しだと思うかもしれない。

 けれど私にはサキの気持ちが理解できた。

 卒がないとも言えるのだが、なんというか二人の間には親子間によくある会話の手応えや。目に見えない家庭的な安心感のようなものが欠如している。だからこそサキは私を求めるのだろうと私は思う。


未希子さんは夜になると決まってどこかに出かけていく。

 帰ってくるのは明け方ちかく。

 夜の仕事をしているのだろうか。

 サキにそれとなく尋ねてみたことはある。

 けれど、彼女は尋ねる私から目を逸らして、とくに何もないリビングの壁を強い眼差しで見つめるだけだった。

 その姿はまるで何かを待っているようだった。

 そしてその目を私は覚えている。

 彼女のその目を見るのはこれが二度目だった。


 サキと出会ったあの晩に、彼女は今と同じ目をしていた。

 その仕草にはなにか特別な思いが込められている。

 私はそのように感じた。

 

ねえ有?


どうした?


ねむい


 そしてサキを寝かしつけるために、私たちは彼女の部屋へと向かった。

 私が電気をつけるより早く彼女は書架へとかけていく。

 そして私はベッドの側面にもたれかかり、彼女が本を携えてやってくるのを待つのだ。

 サキがこちらにかけてくる。

 彼女が選んだ本は昨日と同じだった。


だからさ、くれしんはだめだって


どうして?


JASRAC。つまりエライ人に怒られるんだよ


そうなの?


そうだよ


だったらさ、今日も有がお話しして?


今日も?


今日も


と彼女は言う。

 その瞳は産業の存在しない地平に浮かぶ夜空のように、隙間なく星屑で満たされていた。

 そうして私は彼女が布団に包まるのを待って話し始める。

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