行き交う車の向こうに虹が架かっているのを見つける
上昇してきたエレベーターは文句も言わず私を乗せて地階に降りていく。
外は雨が降っていた。それは風が吹くたびに舞い上がるような霧雨で、薄く低く垂れ込める雲の向こうには太陽の兆しがあった。
サキは今この瞬間も母親を抱きしめているのだろうか。
ふと、そのような考えが頭に浮かび、私は振り返って二人の住むマンションを見上げる。
もちろん窓やベランダに二人の姿はなかった。何かを期待していたのではない。胸のつかえが少しでも解消できないかとの思いから、私はマンションを見上げたのだ。
サキの母親は、
「怖がらないで大丈夫だから」と言った後、
「今日は駄目、明日にして」と確かに言った。
その言葉が正しければ、私の抱える疑問符の数々は明日の早朝に解消されるということになる、そう考えると少しだけ体が軽くなったような気がした。
私は気を取り直して角を曲がり、橋を渡っていく。
行き交う車の向こうに虹が架かっているのを見つけた。空が深呼吸をするように雲の海が割れ、地表に光がさらさらと吹き込んでくる。
額に手をかざし空を仰ぎ見る。
今日一日を祝福するように太陽は微笑んでいた。
私は止まらずに歩き続ける。今夜も長くなるだろうから、早く家に帰ってバイトに出る時間までの間、眠れるだけ眠ろうと考えている。
歩いている国道を反れた瞬間から、急き立てるような車の音が遠ざかり、やがて生活の音が近づいてくる。
鳥のさえずり、エアコンの室外機、または犬の鳴き声も聞こえた。そして私の家がある山裾に近づくにつれて、朝の森が放つ清涼な香りが鼻先を掠めるようになる。
自生する生命の放つ匂いや音は私を遠くへと連れて行ってくれる。目を閉じるだけで宇宙と語り合えそうな気さえするくらいに。
並植されたシラカシの垣根を折れて坂道を登る。家々から低木が伸びてトンネルのようになっている道の更に上を目指し歩いて行く。
並び建つ家々は斜面にへばりつくようにして大地に根を下ろしている。
振り返りさえすれば町を一望することができる。私はその風景を愛しているし、その眺望が近隣住民たちの自慢でもある。その代わり、車でどこかに出かけようと思うたびに、坂の下にある駐車場まで歩かなければならない、そのような土地に私が住む家は建っている。
緑に囲まれた木造りの門扉を開くと、より多様な緑の広がりが視界に飛び込んでくる。この四月から 誰にも干渉されないでいる木々は、自由律の短歌のように思い思いに枝葉を伸ばし、それぞれの歌を編んでいる
足元には石畳の道が二手に伸びていて、左の道を辿ると玄関に、右手の道は中庭と温室に繋がっている。
家に入ると私はまず入浴し、それから冷蔵庫を開けてオレンジジュースをグラスに入れ、それを空けた。それから自室に入り、昨日開けたカーテンをきっちりと閉じてから横になった。
そしてまた、眠るまでの間サキに聞かせる物語を考える。
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