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満月の夜 筒長早紀 ヨーグルト

一話完結で地の文を少なく、読んでくださる方が楽しめるように書いていきます。

必ず完結させるので騙されたと思って読んでみてください。

よろしくお願いします。


タイトルは尊敬する中田ヤスタカさんの楽曲 sleeping girl から。


この曲が好きすぎて、そこに見える風景だったり、ストーリーを展開させたくなりました。


それが創作動機です。

そこから歌詞に出てくる単語もオマージュとして許される範囲内で、できるだけ拾っていくつもりです。


ですが、最終的には全く別物になる予定ですので「オリジナル作品」として投稿させて頂きます。


 満月の夜。

 時刻は夜の10時。アルバイトを終えて、家に帰る。信号を待っているその時に、背後で鋭く鈍い音がした。何かが爆発して潰れるような音。恐る恐る振り返った先にこれといった異変はなかった。なんだったんだろうと思いながらも背後で点滅する信号にせかされるようにして歩道を渡っていく。

私は先ほどまで何かをしようと考えていたはずだった。けれど、轟音がそれを吹き飛ばしたのだ。

いったいなんだったんだろう。と考える。けれど思い出せそうになかった。

最終的には、これくらいのことで忘れるその程度のことなんだろうなと強引に結論づけることにした。


私は決して深く考えることが苦手なわけではない。それがなんであれ、曖昧な状態で保留しておくことが出来ない性格なのだ。強引に結論付けた、その解釈が仮に間違っていたとしても、早晩それは是正せざるを得ない状況の中で是正されることになる。私はそれを経験的に理解している。そして、それを受け入れさえすれば、心の成長が止まることはないだろうと考える。


親しくなった人には、言葉遣いや見た目の割に男っぽい性格しているねとよく言われる。けれど、それが通用するのは自分に関してだけであって、他人との関わりあいの中でその流儀を突き通すことは出来ない性格でもある。

その二重基準のお陰で、世渡りは苦手だ。当然、友達も一握りだ。それで満足しているはずなのに、人に友達が少ないとみられたくないと思うのはなぜだろう。そしてこんな風に考えてしまうくらいに人付き合いも不得意だ。


しばらくして、青と白のコンビニ照明が目に入る。それが鍵となって、昼から何も食べていないことと、コンビニで何か買おうと考えていたことを思い出した。こういう風に是正されるのだ。

自動ドアをくぐり辺りをサッと見回す。私を除いて店内に客は二人組だけだった。彼らは仲良く一冊の雑誌に目を通しながら、親しげに何かを小声で語り合っている。恐らく恋人なのだろう。

惣菜の並ぶ棚からボリュームの割に安かったナポリタンスパゲッティとヨーグルトを、それから隣の棚に並んでいたパックのお茶を持ってレジに向かう。眠たげに応対する短髪の男から渡されたレジ袋を手に再び自動ドアをくぐる。


そして私はベンチを目指す。ベンチは私の住む部屋とアルバイト先を分かつようにして流れる川の岸辺にある。私の部屋には電子レンジがないから、出来合いのものを温かいうちに食べるにはそこに立ち寄る他ないからのだ。

 満月の夜。

 時刻は夜の10時。まばらに浮かぶ星々は燦然と輝いている。

橋のたもとから土手に入って行くにつれ、川のせせらぎや虫の音がさらさらと鼓膜を揺らし始める。そして文明の存在感が薄れていく。


レジ袋と私の手がかさかさと音を立てる。ラップを引き裂くのに夢中になっていた私が目を上げると目の前に少女が立っていた。

それ、ナポリタン?

そうだよ

パイナップル入ってる?

入ってないよ、酢豚じゃないんだからさ

ちがくて、ヨーグルトのほう


勘違いしていたのは私のほうだった。彼女はつかつかと私のもとに歩み寄り、トンと跳ねるようにしてベンチに腰掛けて、私が視界に入らない地点まで顔を背けた。彼女は足を揺らしている。まるでブランコに揺られているみたいだった。眺めているこちらがはっとするくらい力強い眼差しで、彼女はどこか一辺をじっと見つめていた。まるで誰かを待っているみたいに。


誰かを待ってるの?

ううん

ひとりなんだ?

うん

もう遅いよ?

そうかな?

そうだよ。おうちの人心配してるんじゃないかな?

お母さんはちょっと出かけてるだけだよ

だったら家にいるってこと?

いないよ。けど、お母さんにそう言いなさいって言われてるの

だったらさ、言ったらだめじゃん


私がそう言って初めて彼女は自分が犯した過ちに気づいたようだった。


まあいいよ。だったら、おうちに大人はいないんだね?

うん。でも大丈夫だよ

どうして?

サキもう子供じゃないし

そうなんだ?

うん


プラスチックのホークをパスタに突き刺して、自由になった右手を袋に突っ込む。そしてなかから紙容器に収まるヨーグルトを取り出して、彼女のほうに差し出した。


あげる

欲しいなんて一言も言ってないのに


彼女は不服そうにそう言った。そしてそのように言いながらも、しれっとした顔のままヨーグルトを受け取った。今風の子だなと私は感心した。

彼女は垂れる髪が風を受けて、たなびくのもお構いなしに容器の側面をのぞき込んでいる。


こういう時はありがとうって言うんだよ?


私がそう言おうとした時に、


ありがと

と彼女は囁くように言った。そしてその目が私の方へと帰ってくる。


やっぱりパイナップル入ってるじゃん


彼女はそう言って両手で支えていたヨーグルトを、左手の指先と手のひらで抱えるように持ち直して私を見上げた。


スプーンある?

あるとお思う。ちょっと待って


そして私は彼女にスプーンを手渡そうとしたが、その手を押し留めた。彼女は真剣な目で慎重に容器のふたを剥がそうとしていた。


私がしようか?

いい。自分でする


徐々に込められていく力とそれに呼応するように細められていくまぶた。ただそれだけのことなのになんだか微笑ましかった。そして声をかけずにはいられなかった。


最初が大事だからね

わかってるよ


やがてペリッという音がして、紙のふたは剥がされた。サキの口角がみるみる立ち上がっていく。太陽に微笑み返す向日葵のような笑顔だった。そして私たちはふたとスプーンを交換した。


ぬるい


彼女は不服そうにいった。


だったら返せよ

いやですぅ


彼女は不服そうにいった。慣れたからだろうか、なぜだか悪い気はしなかった。


食べたら帰るんだよ

わかった


 彼女が食べ終わると私たちはベンチを後にして歩き出した。

名前はツツナガサキ、母子家庭のようだった。家はどこかと尋ねると、彼女はベンチの裏手を指さして口を開いた。


そこのマンションだよ


指さす先にあったのは道路と川を隔てる木立だった。けれど、ここからは見えないその奥にマンションが立っているのを私は知っていた。どうやらサキの家はその一室らしい。

 歩き始めて分かったことだが、彼女は落ち着きなくふらふら歩く。まるで手綱なしで犬の散歩をしているみたいだった。そのうえ声量調節が苦手のようで、たびたび口元に人差し指を当てて注意を促す必要があった。けれど肝心の効き目はせいぜい5秒くらいのものだった。

自分が子供の頃もそうだったのかと考えたけれど、覚えてなどいなかった。サキの呼ぶ声がして私は顔を下げる。それからは家につくまでの道すがら、私は彼女から質問攻めを受けることとなった。


名前はなんていうの?

織田信長。あだ名は殿だよ

嘘つき

へー知ってるんだ?

バカにしないでよ

本当は野崎有

ノザキユウ?

そう。野崎有、今20歳で大学に通ってるんだ

携帯は持ってる?

うん。もしかしてサキも持ってるの?

持ってるよ。おかしい?


私と自分のポケットの間を彼女の視線が行ったり来たりする。


いいや、そんなことない。ただ年取ったなってだけ

そうなの?

そうだよ


スカートのポケットから引っぱり出されたサキの携帯を受け取る。私たちはアドレスを交換をすることにした。とは言っても私からかけることはまずないだろうし、彼女かかってきたところで私たちは何を話すのだろうと、そう思いながら二つの携帯を交互に操作していく。


有はどこに住んでるの?

川を超えた向こう。ほら、橋を渡って、少し行ったら赤いレンガの大学あるじゃん?


私はそう言ってサキの反応を待った。そして彼女がうなづくのを見届けてから再び口を開いた。


あそこが私の通う大学で、家はそのすぐ近くだよ


彼女の携帯に私のがきちんと記憶されているかを確かめるためにアドレス帳を開く。登録されているのは母親のアドレス一件だけだった。


今度遊びに行ってもいい?


私は驚いてサキのほうを見た。彼女は拒絶されるのを恐れるような目をしていた。だから私は、いいよ、もちろん。と答えた。そう答えるしかなかった。


けれど、何もない部屋だよ

いいの


そして私たちは彼女の家の玄関にたどり着いた。私は彼女に携帯を返し、そのまま立ち去ろうとした。けれど、結論から言うと、帰ろうにも帰れなかった。サキが私の服の袖口を引っ張って離さないのだ。彼女の主張はこうだった。


隣で本を呼んでくれないと眠れないの


私は交渉ごとが苦手だった。誰かと揉めるとき妥協するのは往々にして私なのだ。そして今回も。


わかった

ほんと?

けれど一冊だけだよ?

どうして?

私だって早く家で寝たいんだよ

だったら泊まってけばいいじゃん

いやいや無理だから

どうして?

サキのお母さんにどう説明するんだよ。下手したら警察行きだよ?

そうなの?

そうだよ

わかった。だったら一冊でいいよ


いやいやながら彼女はそう言って、ようやく私の袖から手を離した。

玄関の扉が開いていく。

こういう時はありがとうって言うんだよ?

私がそう言おうとした時、

ありがと。

と小声で彼女はそう言った。

なんでもいいので感想を書いていただけるとすごく嬉しいです。

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