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想う!

昼間は旅館・鈴屋で女中を務める香炎。

とある日の夕暮れ、私用で出かけていた香炎は裏道で一人の若侍に斬りかかられる。


一瞬、月光を含んだ白刃がきらめいた。 

紛う事なき殺気に、香炎はその場から飛び退く。


――‐ガキィイン!


夜闇に、剣戟が噛み合う音と火花が散った。

「貴様っ……なぜ刃を向けるか!」

香炎は、懐刀で辛うじて男の攻撃を防いでいた。

「お前からは……血の香がする」

斬りかかる男は、抑揚のない声で答えると身軽く間合いを取った。

「くっ……」

「お前、ただの女ではないな……侍か」

「だったらどうした」

「女侍か……珍しい。某、北軍の副官・島津隆幸しまづたかゆきと申す。是が非にも、我が軍に同行願いたい」

男、というより少年は間合いを取ったかと思うと、突然頭を下げた。

香炎は、驚くと同時に沸々と湧き上がる怒りを感じ、拳を握りしめる。

ぐぎゅうぅ、と音がするくらいにきつく握りしめた拳に爪が突き刺さった。

「〜〜〜〜〜〜っ…貴様ああっ!?」

ごつ、というなんともいやな音と、少年の無言の悲鳴が夜のしじまを一頻りに乱した。


 「全く、すれ違い様に斬りつけてくるなんて。何考えてるんですか……」

場所変わり、香炎が住まう離れ。

裏道で斬りかかってきた少年・隆幸の鼻柱に絆創膏を貼ってやりながら、香炎は大仰に溜息する。

私用で街まで買い物に出た帰り、この少年に斬りかかられたのだ。

おまけに正体まで見破られ、香炎は大損害。

「いや済まない、久々に骨のありそうな気配だったもので……つい」

「つい、って……それでもし違ったら、ただの人殺しでしょう!」

自分と大して年の変わらない少年に、香炎は怒りを隠せず思いきり棘のある口調で非難する。

(もうっ、この人も確か軍所属の侍って言ってたけど……和隆さまとは大違いよね。コイツの名前忘れちゃったけど……なんだっけ?)

「いや、違わない。現にお前の正体も当てただろう」

「でも、もし持って場合があります!」

フイと背を向けた少女に、隆幸は困った顔で頬を掻く。

「済まぬと言っているだろう……どうすればお主は許してくれるのだ。なんでもする、さあ言ってみろ」

(え……? 今、和隆さまと重なった?)

「なんでも…?」

ぱちりと瞬きする仕種がなんとも愛らしくて、隆幸は一瞬たじろいだ。

「じゃあ甘味が食べたいっ…明日、街一番の甘味処で甘味が食べたいな。なんでもいいのよね? いいでしょ?」

「ん…ああ、別にいいが。だが、普通そういう場所は好いた奴と行くものではないか?」

好いた奴という言葉に、香炎は和隆を思い出して赤面してしまう。


(だって、和隆さま……仕事が忙しいみたいで、軒先にもいらっしゃらないし。会えない日、これでもう10日過ぎちゃった)


「どうやら、いるみたいだが?」

「なっ、からかわないでくださいよ!!」

ニヤリとした隆幸に、香炎は思いきり噛みつく。

「ははは……明日な。明日は昼でいいか? 店の前で落ち合うぞ」

「もうっ……なにから何まで勝手な人っ」

「おい、どこ行く…」

隆幸は、とことこと奥に入っていった香炎を首を伸ばしてみる。

電熱器の前で水を注いでいる、どうやら茶を入れるようだった。

「おい、そういえばお前の名前…訊いてなかったと思うのだが」

「あ、そうでしたっけ?  杣崎といいます。以後お見知りおきを」

煎茶を注ぎながらおざなりな返事をする香炎に、隆幸は『嫌われたかな』と苦笑する。

「俺が知りたいのは名の方だ。名字じゃない……愛想のない奴め」

「……香炎、杣崎香炎……憶えましたかっ?」

「気が強いお前に似合いだな。お、茶が入ったか」

(腕の立つ女侍か……兄上にも逢わせてやりたいものだな。即戦力決定だ)

「……どうぞ」


 帰っていく隆幸の後ろ姿に舌を出して、香炎は勢いよく戸口を閉める。

秋も終わりの、張りつめた外気がぴりりと頬を灼いて、香炎は無意識に両手で頬を覆った。

「和隆さま……」

(おかしな男に会ってしまいましたよ。早く貴男に逢いたいです)

「なにを、考えているんだあたしは……」


女としての幸せが望めないのは、承知の筈。


なのに、それを切に望んでいる自分がいる。


「分かっているのに……分かっているのに、止められない。ダメなのに」

胸元を、きつく握りしめる香炎。

その目には、大粒の涙を湛えていた。

瞬間毎の、和隆の顔が香炎の脳裏にちらついては消えていく。

穏やかな、焦げ琥珀色の瞳。

低めの、心地よく響く声。

「ああ……こんなにも…」

(どうしても、貴男の前では『女』になってしまう。愚かな私を許して)

和隆への溢れる想いを抱いて、香炎は床に就いた。


 「隆幸か……」

知った気配けわいを背に感じて、自分の執務室の机に向かっていた和隆は、雲隠れしていた部下を一瞥する。

「怒ってますね、その様子だと…」

隆幸と呼ばれた少年は和隆の年の離れた実弟で、指揮官である兄の傍ら参謀を務めていた。


「どこに行っていた、酒臭い…このような事態に不謹慎だと思わぬか」

和隆を筆頭に統括される北軍は駐屯地である北方地域を治めているが、昨今、他軍に不穏な動きがあるので『草』に動向を探らせているのである。

いわゆる緊急配備、警戒態勢だ。

そのせいで香炎にも逢えず、和隆はストレスを感じつつあった。

「まあそう怒らず、今日いい人材ものを見つけましてね。こちらに引き込められれば即戦力になる」

「またお主の拾い癖か……」

彼の拾い癖は毎度のことなので、和隆も適当にあしらっていた。

だが次の言葉に、和隆は隆幸を思いきり睨みつけた。

「元気のいい牝鹿を見つけた。女侍ですよ……珍しいでしょう?」

(香炎!? こ奴、香炎と逢ったのか!?)

「隆幸……お主、その女侍になにをした」

「小手調べにと思って、つついただけですが……兄上? なぜお怒りで?」

それきり押し黙ってしまった兄に、隆幸は唐突に合点してニヤリとする。

「明日の正午、その女侍…ああ名は確か香炎というんですが…――と約束がありましてね、よければ兄上も来られますか?」

「いや……悪いがお主一人で行ってくれ。明日は会議があって出られぬ」

「左様で……」

(香炎の想い人は兄上だったのか。爺好みなのかな)


その興味本位が、後にどんな波乱を招くかも考えず。

その時、(兄の物だと分かって余計に)興味を湧かせた隆幸は、香炎を奪ってやろうと内心で企てた。

どうもこんばんわ。銀流です。

おっさま侍とヒロインの物語第3話です。

仕事が詰まっていて香炎に会えず、おっさまはストレス気味……。(笑)ヒロインはといえば、おっさまの年の離れた弟に懐かれてます。


こんな話ですが、よろしくです。

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