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軍師と、天の邪鬼な女侍

一族を皆殺しにした双子の兄・香月を捜しながら、日中は宿屋・鈴屋で女中を務める香炎。

そんな香炎だが、ある日、一人の侍の相手をする。

どうも、気に入られてしまったようで……?



それは、今から二月ふたつきほど前に遡る。

香炎が女中として勤める宿屋・鈴屋に、その男は客として現れた。


「香炎ちゃん、菊乃間にお膳一つお願いねっ」

「はあい!」


栗色と萌葱の混ざった髪を揺らして、一人の女中が厨房へとまろんで行く。

年の頃は十代後半、ほっそりとした美しい少女だ。


「今日のお客様は?」

「おや、珍しく知りたがりだね。けどあたしから教えるより、自分の目で見た方が早いよ……行っておいで」

「そ、それはそうですけど……」

「ぼやぼやしない、旦那がお待ちだよ」

やんわりと背を押されて、香炎は可愛らしい唇を尖らせる。

「もう、分かりましたよ……行って参ります」


香炎が、そこまで執拗に尋ねたのには訳があったのだ。

他よりも敏感な神経を持つ香炎は本能的な危機を感じ、数日前から身構えていたのである。

「失礼致します、膳をお持ちしました……」

「ああ、かたじけない」

目が合った瞬間、香炎は全身が粟立つのを感じた。

(こっ……この男!!)

目の前にいる男からは、自分と同じ気配がする。

『侍』独特の、重々しい気配。

(やはり…当たったな。侍が来る気配がしたんだ)

ここで一つ説明しておくが、香炎の本業は侍だ。

雇われの女侍と言うところか。


女中の仕事は、昼間の借の姿。

だが香炎は、この仕事が嫌いではない。

なぜならば、情報を聞き出すにはこれ程まで理にかなった職はないからである。

全て計算ずくだが、香炎はこの仕事が楽しかった。

「ん……どうした? なにかまだ所用でも?」

「いっ、いえ失礼致します…」

侍に見とれていた香炎は、彼の問いかけに言葉通り跳び上がってしまった。

「いや待て…」

「あっ」

手首を掴まれ、香炎の体温が上がる。

穏やかな琥珀色の瞳が、香炎を捕らえて離さない。

検分するようにじっと見つめられて、香炎は居心地悪そうに赤面する。

「な、なにか?」

「お主、よい目をしているな…」

「は、はあ…」

(なんだろう、この感じ……吸い寄せられる)

「お主、名は?」

「……香炎と申します」

(なっ…このオッサン、いきなり口説き!? でも、でも、いい男)

「香炎か、お主に似合いの…よい名だ」

「あの、そろそろ離していただけます? 戻らないと、怪しまれます」

「ああ、そうか……引き留めて済まなかったな」

「いえ……」

香炎はそそくさと礼を取って、部屋を出ようとした。

和隆かずたかという、儂の名だ。憶えておいてくれ」

「……はい」


見透かすような目だった。

廊下の途中で、香炎は未だ静まらない動悸を必死に抑える。

このまま戻ったら、確実に周囲の迷惑になるだろう。

「どうしよう……」

もしかしたら、あの時に正体を知られてしまったかも知れない。

真偽は分からないが、警戒するに越したことはないだろう。


冗談じゃない、冗談じゃないぞ。

他‐――‐特に男連中に正体がばれた時は碌な事がないんだ。

大方の奴らは、同情する素振りで付け入って体を求めてくる。

勿論、その場合は思いきり撃退してやるが。

「あらあら、怖い顔。どうしたの? あのお侍様がどうかした?」

「えっ…いいえ、少し気になっただけです」

厨房で洗い物をしていた隣で、女将が楽しそうに訊いてくる。

(触られた場所……熱い。どうしたんだあたし!)


あの男‐‐―――あたしと10…いや、20は離れているだろう。

しっかりとした中にも鋭さを感じさせる、歴戦の侍の雰囲気だ。


褐色の肌…焦げ茶色の髪に、それと同色の瞳。

もっと触れて欲しかった、など思った自分が呪わしいが、本心なので仕方ない。

おそらく、同業に思いがけず出逢って嬉しかったのだろう。

未だ揺れる思いが、もどかしくて堪らない。


恋なんか知らない。


いや、知らなくていい。


私は『侍』なのだから。


自分は女であり、女ではない。


『あの時』にそう誓っただろう。


知ってしまえば、どうなるかなど明白。


(でも、離れたくないと思ったのは……なぜ?)


世間的に言う、これが一目惚れというやつなんだろうか?


だが分かっている。


それは、知ってはならない禁忌。


自分は『ある目的』ただ一つのためだけに生きている。

無用な感情など、持つべきではないと。


その侍が帰ってしまってからも、香炎はいつまでもぼぅっと彼が去った方角を見つめていた。

どこからか、『あれは絶対に恋患いだわ』とからかう声があったが、その声は香炎に届いてはいなかった。


 「さて……」

小高い丘の上で、一人の侍が呟いた。

月光に透ける色の薄い髪を高く一つに結い、漆黒の着物を着流しにして、腰には刀をいている。

ほっそりとした立ち姿が美しい若侍は、街を一望できるこの丘で時々休むのだ。

生温かい夜風が隠れていた月を押し出して、一頻りに辺りを照らし出す。

侍の素顔が、明らかになった。

「なんだ、今日は月夜だったか……読み違えたな」

呟いた侍は香炎の顔‐―――‐否、香炎その人だった。


香炎は、毎晩捜しているのだ。

家族を、一族を皆殺しにした自らの片割れを。

「香月……」


香炎の双子の兄・香月かづきは、一族の中でも一目置かれる存在だった。

香炎は、いつも兄を誇らしく思っていたのに。


惨劇は、ある日突然襲い掛かった。


「見つけて討ち果たすまで、死ぬ訳には行かぬ」


あの時、同胞の血を浴びて嗤っていた鬼を討ち果たすまで。

ぎりり、と噛みしめた唇が白くなる。

「先客がおったとはな、お主も月見か?」

思いきり振り向いた先には、昼間鈴屋に来た侍が佇んでいた。

今更隠してもムダだろうが、一応覆面で鼻先までを覆い隠す。

「何奴…っ」

「そう警戒するな、敵意はない…」

目前に佇む壮年の男は、昼間見た時とは違い軍服を身に纏っていた。

「儂は和隆……島津和隆と申す。お主は?」

「香炎……杣崎香炎」

はっとして一歩退いたが、察しのいい軍人にはしっかりと正体を見極められていた。

「香炎……? お主、昼間鈴屋にいた女中か…」

「……っ」

「答えぬ所を見ると、そうなのだな…」

「だったらどうした…」

「やはりな。お主の目は、どうも他の女とは違う……もう一度逢いたいと思っていたところを、早それが叶うとは」

顎髭を撫でながら笑った和隆に、香炎はなぜか固まってしまった。

「あたしに、逢いたいと? なぜ…」

「昼間お主に逢った時……同じものを感じたからだ。それは抑えていても分かるものには分かる」


(やはり、この男は本物だ!)

香炎は覆面をずらすと、素顔で和隆を見あげた。

そして跪く。

それがし、杣崎香炎と申す。貴男に弟子入りを志願したい」

「顔を上げてくれぬか、香炎」

顔を上げた香炎は、きりりと背筋を正して和隆を見あげる。

「儂は弟子を取る気はない。だが……お主を見初めた」

香炎の表情が、一瞬のうちに驚愕のものに変わる。

「見…初めた?」


それは、どういう意味だろう。


侍として? 


それとも、女として?


「香炎…儂はお主と友になりたい」

「友……あたしとか」

「…いやか?」

和隆の言葉を内心で反芻する。

意味合いとしては、どうやら前者のようだ。

暫しの沈黙の後で、香炎は消え入りそうな声音で返事を返したのだった。



「こちらこそ……頼む」


どうも、最近おっさま好きなことが判明しました銀流です。(笑)ヒロインとおっさま侍の恋を描いていこうと思いますので是非ご覧くださいませ。

それでは。

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