9:箕村家
「美帆」
「ごめん!!父親に、男友達の家に行くって言ったらお説教じみたことされちゃって…」
ハァハァ…
息があがる。
待ち合わせ場所は、箕村家の最寄り駅近くにある公園。
「迎えに行った方が良かったかな」
「いぇ!!父親、ちょっと心配性なんですょ。犬見に行くだけだから大丈夫だって言ったのに」
笑いながら言ってから、少ししまったと思った。
でも今更、私は心配してない等と伝えるのは逆効果だと思い、敢えて何も言わなかった。
「箱入り娘ってやつか」
笑う雄三。
「あ、着いたよ」
見るとそこには真っ白な外壁の豪邸が。
「これが雄三さん家なんですかぁ?めっちゃ大きいですね…っ」
美帆の家が三つ丸々入りそうな巨大な家。
それプラス、広く整った庭も見える。
話によると、裏にはバスケットコートやテニスコートもあるらしい…。
「いらっしゃい、お待ちしてました」
初老の女性が玄関に出迎えてくれた。
「初めまして、こんにちは。雄三さんの友達の嘉山美帆です。お邪魔します」
「こんにちは。ごゆっくりなさってくださいね」
にこやかに笑い、スリッパを差し出す。
「有難うございます。あの…粗末な物ですがお土産にケーキを持って来ました」
「あら、前も頂きましたわ。もしかして…倒れた方?」
「あっ、そうなんです!その節もお世話になりまして…同じところのケーキですみません」
「いえいえ、前も奥様と一緒に頂いて、とても美味しかったわ」
…ん?奥様って…。
「あら、美帆ちゃんね?どうぞ入って。水嶋さん、早くご案内して」
奥の扉が開いて、すらっとしたモデル体型の女の人が歩いてきた。
無地のワイシャツにジーパンというラフな格好なのが、気取っていなくて親しみを持てた。
“奥様”ってことは…水嶋さんって人は家政婦さんだったんだ。
これだけ大きな家だから、よく考えたらいるに決まってるよね。
でも…なんの仕事してる家なんだろぅ?
急に自分は場違いなのではないかという不安にかられながらも、雄三に促されリビングに足を入れた。
並ぶ家具はとても高価そうで、威厳がある。
けれどゴテゴテと飾り立てられているのではなく、シンプルで持ち主の趣味の良さが反映されているようだ。
フローリングに敷かれたふわふわの真っ白なカーペットには汚れが一点も見当たらず、掃除が行き届いている。
「じゃぁこの辺に荷物置いちゃって。座るのは椅子でもカーペットでも良いから」
「あ、えぇと…」
雄三に言われた通り、これまた立派なソファの上に鞄と帽子を置きながら、
「カーペットにします」
ふわふわな見た目にとてつもなく惹かれた。
「うん、じゃぁ座ってて。飲み物持って来るよ」
キッチンか何処かへ向かおうとする雄三。
「あら、おぼっちゃま。紅茶とクッキーをお出ししますので、お座りになっていてください」
さっきの家政婦さん―水嶋さんが雄三さんに向かってそう言う。
「有難う。じゃぁ、今もらったケーキもお願いします」
ぱたぱたと部屋を出る水嶋さん。
「すごぃね、雄三さん。おぼっちゃまなんだぁ…」
驚きでぽーっとしてしまう。
こうと知っていれば今日の服装―花柄の膝上三センチのスカートに、シンプルなキャミソール、そしてターコイズのネックレス―も、もう少し落ち着きのあるワンピースにしたのに。
「昔からこうなんだ。おぼっちゃまとかいい加減恥ずかしいんだけど…」
照れ臭そうに話す。
「あんなに素敵なお母様と…家政婦さん?憧れちゃうよ☆」
「そっかなι」
また恥ずかしそうな顔をしながら、
「あっ、梅持って来るよ」
うめ…?
食べ物のすっぱい梅を想像しながら、
「うん」
と頷く。
チャカチャカチャカチャカ…
ドアが開いて、足音が聞こえてくる。
「あっ、梅ちゃん!」
先程思い描いた物とは全く異なる可愛い生き物―プードルの梅ちゃんだ。
ここに来た目的をすっかり忘れてしまっていた。
「爪切るのさぼってるから痛いかも」
雄三が苦笑いする。
「爪切りとかシャンプーとか、店に頼むつもりだったんだけど、恵実が自分でやんなきゃ意味ない!とか騒いでさ。なのに今は勉強ばっかで梅を放ったらかしてんだよ。困ったやつだ」
美帆の隣に座りながら溜め息混じりにそう言う。
梅は雄三にだっこをねだっている。
「コイツ、恵実のこと好きだから、寂しがってさ…代わりに俺に甘えるってワケ」
「そうなんだぁ…」
つんつんと梅の鼻をつつきながら、
「おぃで」
と呼んでみる。
余程甘えん坊らしく飛び付いてくる。
「あっははははっ」
顔をぺろぺろ舐められながら騒ぐ美帆。
「本当にちっちゃいねぇ!食べちゃうぞぉ〜っ」
ぐわ〜と言いながら梅の前で口を開ける。
梅は閉じた口をぺろぺろ舐める。
「可愛いよなぁ」
とんっ
しんみりと言いながら、美帆の肩に顔を乗せる雄三。
「誰が?」
と、肩の顔を見ながら訊いてみる美帆。
じっと美帆の顔を見つめて、
「美帆が」
と囁く。
思わず顔を赤らめる美帆。
「ちょっっと、やめて。私すぐ顔、赤くなっちゃうんだからっ」
少しテンパりながら肩を上げて雄三を離し、その顔に梅をくっつけた。
「む〜っ」
梅は物凄い勢いで雄三の顔を舐める。
そこで水嶋さんがやって来た。
「まぁまぁ、楽しそうで良いですねぇ」
にこやかにテーブルに紅茶のポットとカップ、そしてクッキーとケーキを置く。
「うわぁっ、美味しそう!有難うございますっ☆」
感激する美帆。
「じゃ、手ぇ洗いに行こう」
「あっ、はい」
二人の後ろをちまちまと着いて歩く梅。その後美味しくお茶を頂き、一息ついたところで、
「俺の部屋でアルバムでも見るか?」
と提案する。
「あっ、見たい!です」
「よし☆」
嬉しそうににかっと笑う雄三。
「―うっわぁ!お部屋大っきいですね」
「美帆が来るから、マジ掃除した(笑 元々物は少ないんだけど」
ふっと笑って、本棚に向かう雄三。
ガラスの戸を開けて、
「俺が子供のときからの、たくさんあるから。つまんないもんだけど、どれでも見て」
「うわぁーっ」
ガラス戸の前にぺたりと座り、取り敢えず一番左端にある“雄三0〜2歳”というのを手に取る。
一番最初のページには幸せそうに涙ぐむお母さんと、まだ目も開いていない産まれたての赤ちゃん―雄三が写っていた。
パラパラと見て行き、中学生時代のアルバムになる。
ふと、中二からよく一緒に写るようになったらしい女の子が気になった。
―すごく、可愛い…。
「雄三さん?」
思いきって尋ねてみる。
「この、すごく可愛い人って誰ですか?」
一瞬ぴくっと体を動揺させ、
「中学ん時のクラスメイト。皆が仲良いクラスだったから」
「…ふぅん?」
少し違和感を感じたが、あまり突っ込まずにページを進もうとした。
すると、
「ってかその辺は本当につまんないから、高校のにしなよ。なっ」
慌てながら別の物を出してくる。
「そっちは後だもん☆」
パラ…
めくった先には手紙が一枚入っていた。
貼られている写真はさっきの女の子と、別の女の子、それに雄三と、もう一人の男の子の四人だ。
―Wデートかなぁ…。
ぼんやり考えながら写真を眺める。
「み…美帆??」
美帆が黙っているので怒っているのかと思い、声をかける。
「―あっ、なんか手紙入ってたよ?」
我にかえった美帆はまだ開封されていない花柄の封筒を手渡した。
「―…え?」
思いがけないものだったらしく、目を見開いて受けとる。
美帆からチラッと見えた文字は、はっきり“実悠より”と書かれていた。
そのまま読まずにポケットに入れようとする雄三。
「えっ、なんで読まないんですか?」
美帆はアルバムの続きを見始める。
「あ……うん」
それでも手紙を読まずに、雑誌を読み始める雄三。
「……」
チラッ
雄三にそっと目をやる。
雄三はいかにも先程の手紙が気になっているようで、かさかさとポケットに手を入れたりと落ち着かない様子だ。
ふぅっ
漏れない程に軽く溜め息をつき、
「雄三さんっ、おトイレ拝借して良いですか?」
「あぁ、うん。階段の突き当たりだから」
はーい、と言いながら立ち、スカートをぱんっとはらう。
ガチャ…
パタン
廊下に出て、くすっと笑う。
―雄三さん、これであの手紙読めるかなぁ?
変に遠慮したりして…付き合ってるワケでもないのに。
ぷっ
なんか面白いなぁ。
カチャ
パタン
時間を見計らってから部屋に入る。
少し慌てた風の雄三。
―少し早かったかな。
くすっ
また笑ってしまう。
「雄三さん、私もう帰りますよ」
少し口角を上げながら、平坦な口調で告げる。
「えっ、なんでっ」
ベッドにもたれかかっていた体を乗り出し、少し慌てる。
「もう梅ちゃんも見ましたし…」
やることないんだもの。
「あっ、じゃぁDVDでも見る?防音のDVDルーム作ったから」
「かっこいいですね☆でもまたいつかにしますょ」
雄三は何か悪いことをしたかと焦った。
「―そう、わかった」
がっかりしながらも引き止める術を知らないので、引き下がる。
玄関で。
「おもてなし出来ませんで…またいらしてくださいね」
と、水嶋さんが言ってくれる。
「いたせりつくせりで、嬉しかったです。本当にお世話になりました」
にこやかにお礼を言う。
―お母さんには、もう会えないかな。
もう一目、あの颯爽とした女性を見たかった。
とても惹かれる何かを持った、凛とした人だと思った。
「そう言って頂けると光栄です。お気を付けてお帰りください」
「はい、有難うございました」
「美帆、駅まで送ってくよ?」
雄三さんが何度も言ってくれる。
「一本道なんで平気です。まだ三時だし」
「―うん。そうだけど…」
まだ何か言いたいことがあるような雄三。
それを感じながらも、
「それじゃぁ失礼しますね」
さようなら、と言いながらドアを開ける。
一度振り返り、お辞儀をしてドアを閉めた。
カシャンと門を閉め、駅に向かおうとする。
すると、その駅の方面からやって来た、可愛い顔立ちの、でも無表情な黒髪の少女がじっと美帆を見つめてくるのに気付いた。
一瞬戸惑ったが、気にせずに歩き出すと、
カシャン
さっきの美帆と同じ音を立てて門を開けた。
!
驚き振り向いた時にはもう少女の姿はなく、湿った風が頬を撫でただけだった。
今回、長かったですね。元々パソコンで書いていた話で、長いという意識がなかったのですが…携帯で打ち直すと、親指が痛くて(笑)でも本当、小説は楽しいです。どうか皆様、ご感想送ってくださいね。